スマホ依存症は「自己の脳内借金」?!(写真:OcusFocus/iStock)

「スマホは依存物です。人によっては、依存症に陥ります」

快楽と同時に不快も生じる、それが依存症の正体だ。快楽という「正の強化」と、不快という「負の強化」の二面性をもち、終わりなく続く不快感に耐え切れずに再び依存物に手を出してしまう──そんな依存症の恐ろしさを精神科医・中山秀紀氏の著著『スマホ依存から脳を守る』からお届けする。

依存症の複雑な因子

依存物は石コロと同様に、動きません。一見すると、人間のほうから勝手に「自分の意思」で引き寄せているだけです。しかし、実際に依存症になると、「正の強化(依存物を使用したときの「快楽」)」と「負の強化(依存物を使用しないときの「不快」)」の両方の作用によって、ブラックホールなみに依存物に吸い寄せられます。人間にはその「強い引力」が見えていないだけです。

スマホやオンラインゲームの重症の依存症の人で、「何となく」「簡単に」依存物を断つ人は稀です。いつでも自由に依存症から逃げられるように見えますが、実際には依存物からの見えない引力に捕まっているので、「いつでも止められるよ」といいながらスマホやゲームを続けてしまいます。

このような依存症の進行は、環境によっても左右されます。そもそもその依存物を手に入れやすい環境なのかどうか、周囲の人がその依存物を使っているかどうかは特に大きく影響するでしょう。たとえば家でも学校でも、スマホを使う人が誰もいなければ、またはインターネットやテレビ、雑誌などからそれらの情報を得なければ、子どもたちはオンラインゲームやスマホをしようとは思わないかもしれません(残念ながら、現在の日本ではそのような環境を作ることは困難です)。

また、学校や家庭環境、友人関係、外的ストレス、性格など、複雑な背景が関連していることもあります。依存症は別の因子にその悪影響の原因を押しつけて、自らはどこかに隠れてしまうのです。そのために、

「自分が1日中家でゲームをしているのは、学校で嫌なことがあるからだし、他に何もすることがないからだ……。決してスマホやゲームのせいじゃない」

と、患者本人も、病の責任を別のものに転嫁してしまいます。

依存症という病が、気づいた時点ですでに重篤であるのは、こうした原因の見えにくさのせいであることがおわかりいただけるでしょうか。だからこそ、未病の段階からの予防は、どんなにしてもし過ぎることはないのです。

こうした依存症は、借金にたとえることもできます。

借金といっても、たとえば会社の経営を大きくするためや、家を買うためのローンなどさまざまな種類がありますが、ここでは「生活のための借金」と考えてください。

最初は(買い物でも旅行でも何でもいいのですが)生活をより楽しむために、もしくは生活費が足りないので借金するとします。将来収入が増えることが見込めるのであれば、このような借金は、ある程度の合理性があります。

しかし、将来もほとんど収入の変化がない場合には、借金はそのまま将来への負担になります。それでも借入額が小さいうちは、あまり問題なく返済できます。借金を重ねると、次第に返済が苦しくなり、今度は借金の返済のためにさらに借金をするようになります。このような状態を世間では「自転車操業」といいます。

家計が「自転車操業」状態になると、収入は「給料」と「借金」になり、支出は「生活に最低限必要な消費」と「借金の返済」のみになってしまいます。酒でいいかえると「連続飲酒」といって、アルコールを体内から切らさないように1日中飲酒している状態がこれに相当します。生活に最低限必要な食事や睡眠ぐらいはとるでしょうけど、それ以外のほとんどが飲酒ということもあります(食事や睡眠もまともにとらなくなることもあります)。

タバコでたとえれば1日中喫煙している状態

タバコでたとえると、チェーンスモークといってニコチンを体内から切らさないように1日中喫煙している状態に相当します。違法薬物でもこのような状態になりえますし、スマホの場合には、1日のほとんどをオンラインゲームやSNS、インターネット動画などに費やしている状態に相当します。

さて、零細な町工場が借金をして「自転車操業」になっても、フィクションの世界では、破産寸前で自社商品がバカ売れしたり、たまたま道端で助けたおじいさんが大金持ちで資金援助を受けたりして立ち直るのですが、現実の世界ではそうはうまくいかないことが多いようです。借金自体がふくれ上がることや、何かの不意な出費が原因となって、「自転車操業」もやがて回せなくなり、「返済困難」に陥ります。

アルコールの場合は大量の連続飲酒を続けると、特に高齢者の場合はすぐ体がもたなくなりますし、若者でもそう長期間大量飲酒はできません。多くの違法薬物でも同様です。ギャンブルや違法薬物の場合では、まず初めにお金が底をつきます。借金でいう「返済困難」の状態です。体やお金がもたなくなると、いずれ何らかの手当てが必要になります。

ところが、タバコやスマホ、オンラインゲームの場合では少し状況が異なります。チェーンスモークで1日に100本タバコを吸い続けても、すぐに肺がんや肺気腫(肺の組織が壊れて穴だらけになる病気)、心筋梗塞にはなりません。参考までにですが、肺がんの罹患者数が多くなるのは、50代以降です。タバコを吸いながらでも仕事はできます。最近タバコは税率が非常に高いのでぜいたく品ですが、経済的に破綻するほどの値段でもありません。「自転車操業」の状態を、ある程度長く続けることは可能です。ここが怖いところなのです。

依存症の世界は生きている限り回復は可能

スマホやオンラインゲームの場合も同様です。1日のほとんどをスマホのSNSやオンラインゲームに費やしても、(運動不足になったり、食事や睡眠時間が乱れたりすることはあるかもしれませんが)短期間で体を壊すようなことにはなりません。

青少年の場合は、特に体がもちます。親がWi-Fiや電気、食事などを含めた最低限のライフラインを維持すれば、経済的にもそう簡単には破綻しません。親が最低限のライフラインを維持しない、もしくはできなくなると(借金でいう「返済困難」の状態)破綻に陥ることになりますが、一般的にかなりの長期間にわたって「自転車操業」の状態を続けられます。当然、「借金状態」や「自転車操業」状態が続くと、依存症は重症化していきます。


「自転車操業」状態になると、何となくまずいと感じて、依存症から自ら抜け出そうとするのではないか? と考える方もいるかもしれません。もちろん一部の人は、依存症の「自転車操業」状態になる前、もしくはなってからでも自ら(もしくは周囲の勧めから)決意して、回復に向かいます。しかし「自転車操業」状態になっても、当面の生活に強く困窮しなければ、依存症からの回復を先送りにしてしまう人も多くいます。その理由は、依存症からの回復の道がとても困難だからです。

さて、借金の世界では、返済困難の次は返済不能です。そして「破産」になります。または夜逃げや海外逃亡によって無理やり借金から逃れられるかもしれません。が、依存症とはいわば、「自己の脳内借金」なので、これを支払わずに逃れることはできません。夜逃げも海外逃亡も効かず、清算するしかない――。

でも、安心してください。依存症の世界は現実の借金の場合と異なり、生きている限り返済不能に陥ることはなく、破産という事態はありえません。そしてこの「脳内借金」を返済して、必ず回復することは可能なのです。