人間の視界の限界。サッカーの主審を責める前に認識しておくべきこと
ゴール裏という固定された位置で撮影に及ぶカメラマンに対し、主審は動体視力を、ピッチを往来しながら働かせなければならない。動きながらカメラのシャッターを切り続けるわけだ。カメラマン以上に優れていなければならない。
もう一つは被写界深度だ。少しカメラに詳しい人ならおわかりいただけると思うが、ピントが合っている場所だ。iPhone等のカメラ機能に搭載されているポートレートモードを連想していただければ話は早い。手前なのか、真ん中なのか。後ろなのか。視線の方向は正しくても前後の関係を誤ると、脳裏にはぼやけた絵しか残らない。周囲からは、さも見ているように写るかもしれないが、実は本人は見えていないという典型的なパターンになる。
それは「チコちゃんに叱られる」という人気番組で、「動いているタイヤのホイールが、止まって見えるのはなぜ」というお題の中で登場した、専門家の説明を聞いた瞬間だった。
人間は視界の絵が0.2秒ごとに1度途切れるのだという。1秒間では5回。すなわち5コマの絵としてしか記憶されていない。見たものすべてが記憶されるわけではないーーという解説を聞いて、見逃しや誤審の理由、見ているようで見えていない原因は、これだと確信した。
動体視力や被写界深度より説得力が何倍も高い話だった。目に飛び込んできたビジュアルすべてが脳裏に刻まれれば、確かに頭はパンクしてしまう。気絶して倒れてしまう可能性がある。
90分間、すべてのビジュアルを正確に記憶している審判などいるはずがないのだ。ところが、サッカーの試合はそうした人間の限界にお構いなく流れる。そこですべてのジャッジをノーミスでこなした主審は表彰ものだ。人間の限界に挑戦している職業といっても言いすぎではない。そのジャッジに異は唱えても、糾弾したりする気にはなれない。見逃しや誤審を防ごうとすれば、もうこれは機材に頼るしか手はないのである。
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スポーツライター杉山茂樹氏の本音コラム。