アメリカのトランプ大統領の支持率が下がり続けている。新型コロナウイルス感染対策と黒人差別に対する抗議運動への対応が批判を浴びているためだが、NY在住ジャーナリストのシェリーめぐみ氏は「デモ活動が盛り上がるほどトランプ支持者は差別感情で結束し、世論の分断が進んでいる」と指摘する--。
写真=AA/時事通信フォト
2020年6月20日、オクラホマ州タルサで約3カ月ぶりに選挙集会を再開させたドナルド・トランプ米大統領 - 写真=AA/時事通信フォト

■「黒人に攻撃される白人」の動画をリツイート

先月、ブラックライブスマター運動が盛り上がりを見せる中で、筆者が出演するラジオ番組のリスナーからツイッターでメッセージが届いた。

「日本では、スケボーを持った複数の黒人が寄ってたかって白人男性を打ちのめす動画が広まっています」

そんなビデオは見たことがない。あっそうかとひらめいて検索してみると、やはり出てきた。

これはテキサス州ダラスの抗議行動の中で起こった実際の出来事だ。しかし、この動画には肝心な部分が映っていない。この前には、デモ隊と一緒に歩くスケートボードを持った少年たちを狙って、突然白人男性がマシェットと呼ばれる鉈(なた)を振るいながら襲いかかっていたのだ。逃げ惑っていたスケボー少年たちはやがて白人男性を押さえつけて反撃した。

その反撃の様子だけを「自分の店を守るために戦って打ちのめされた白人」とコメント付きでツイッターにポストしたのは、ケーブルテレビの極右メディア「ブレイズTV」のプロデューサーだ。実はこの白人は店主かどうかも明らかではないのだが、トランプ大統領がそれをそのままリツイートしたために、トランプサポーターの間で広がり日本まで流れたというわけだ。

■デモ参加者を「アンティファの一員だ」

トランプ氏はブラックライブスマター運動が始まって以来、活動や黒人をバッシングするおびただしい数のツイートや発言を繰り返している。

ブラックライブスマター運動は基本的に平和な抗議行動だが、当初一部で起こった衝突や略奪に対し、「デモ参加者は犯罪者、略奪には武力で対応する」とツイートし大きな批判を浴びた。最近はブラックライブスマターを「憎しみのシンボル」ともツイート。また、デモとは全く関係のない犯罪(デパートの白人店員が黒人客に殴られた)も抗議行動と結びつけてツイートしている。

さらに警官に小突かれて倒れた75歳の白人男性を、「アンティファの一員」と呼んだために世論が沸騰し、「極左武装組織アンティファ」が一躍脚光を浴びた。

当初このアンティファがデモに入り込み暴力や略奪を繰り返しているとささやかれたが、そういった証拠は一切ない(略奪はデモに便乗した地元のギャングによるもの)ことは警察やFBIも認めている。それどころか、実際にはアンティファはヒトラーの時代に生まれたイデオロギーであり、今のアメリカでは特に目立った組織もない、実態不明の存在であることが分かっている。もちろん、くだんの白人男性もアンティファではない。

ちなみに冒頭の動画をめぐっても、トランプ氏は「アンティファの暴行を受けて白人男性が死亡した」(白人男性は病院に搬送されたが、容体は安定している)と虚偽の発言をし、混乱を招いている。

■トランプ支持者の結束が強まっている

こうしたトランプ氏のツイートにアンチトランプ派が反応し、怒りのツイートをすればするほど情報はさらに広がり、支持者の間での「ブラックライブスマター=黒人による暴力行為」というイメージを増幅させていく。

しかしそれ以上に実態を分かりにくくしているのは、こうした情報の多くは支持者の間だけを回遊し、それ以外のアメリカ人の目に触れることはほとんどないということだ。

そのいい例として、「アンティファが白人を殺しにくる」という情報がオレゴン州やアイダホ州などの小さな街に広がった。そのため武装した白人集団が突然現れ、街の人を驚かせた。彼らと対峙することになったブラックライブスマターのさまざまな肌の色の人々による平和なデモ隊には、何が起きているのか全く分からなかったことだろう。

この真偽不明の情報は、なぜ地方にいる限られた白人にだけ届いたのだろうか? 理由は、情報がソーシャルメディア上で特定の人間に絞って拡散されるからだ。

特にトランプ支持者の場合、フェイスブックでトランプ氏や選挙対策事務所をフォローしているだけでなく、前出のケーブルテレビやトランプ支持の政治家、政治評論家、団体、ブロガー、ユーチューバーなどを軒並みフォローしたり「いいね」したりしている。

逆にトランプ支持者でない人は、こうした人物やページをフォローすることはまずない。それだけ分断が進んでいるわけだが、結果的にトランプ支持者とそうでない人々が見聞きし、共有している情報はおのずと違うものになる。

■SNSや広告を駆使して支持基盤を狙い撃ち

加えて大統領選挙では、支持層を詳細に分析して狙い撃ちする「マイクロターゲティング」が与野党で活発に行われている。今や共和党とトランプ政権は住んでいる地域から学歴、勤務先、政治的イデオロギーから趣味や所属するサークルまで、一人につき3000種類もの個人情報を持っていて、これを利用してソーシャルメディアやグーグル広告などで特定の有権者に送り込む情報を細かく操作しているとされている。

こうした手法により、大量の情報や広告を受け手のSNSやメッセージに氾濫させることで、何が真実なのかが見えなくなる効果を狙うという、現代の独裁者が反対勢力に対して使う手法でもあるともいわれている。それだけ大量に情報フィルターを通したら、平和的なデモであっても危険なものに見えてしまうだろう。

今やアメリカ人の7割近くがブラックライブスマターを平和的な人種差別反対運動としてサポートしている中で、トランプ支持者は全く逆の理解をして、存在しないアンティファにおびえるようなことも起きている。

■「トランプに熱狂」する人は何者なのか

そもそも、トランプ氏の支持層とはどんな人々なのか。トランプ氏は地方のブルーカラーの白人が持つ、イーストコーストの都市部エリートに対するコンプレックスと、有色人種に対して持っている優越感と恐れを巧みにくすぐることで、岩盤支持層を固めて僅差で当選した。この分断の維持が非常に重要と考えていることは、今もあらゆる発言に反映されていることから分かる。

6月20日にオクラホマ州で行われた集会は、会場になったタルサにもメッセージが込められている。タルサという場所は99年前に白人による黒人約300人の虐殺事件が起きた場所だ。しかも、当初は南部の黒人奴隷が解放された記念日に当たる19日に開催する予定だった(反対運動が起きて1日ずらした)。あえて黒人の歴史を踏みにじるような意図を感じる。

集会でトランプ氏は、これまで「チャイナウイルス」と呼び続けていた新型コロナウイルスを、今回はダジャレも入れて「カンフルー」=カンフー+フル(インフルエンザ)と呼んだ。チャイナウイルスと同様の差別的な言い方だ。

その直後にアリゾナで行われた集会では、集まった支持者がトランプ氏と「カンフルー」コールの掛け合いで大いに盛り上がった。かつてのヒラリーに対する「ロック・ハー・アップ(彼女を牢獄につなげ)」を思い出させる。

■「白人優位」でなくなる不安をあおっていく

もしかすると彼らはトランプらしい面白いジョークだな、中国人をおちょくっているな、くらいにしか感じないのかもしれない。日本人の私たちがもし「ジャパンウイルス」と言われたらどんな気持ちになるかと想像すれば、このような発言を笑うことはできないはずだ。そして中国人のことは、おちょくっていい対象だと思っている。

これが人種差別と感じられない人は、自分も多かれ少なかれ人種差別主義者なのだが、トランプ氏を熱烈に支持する彼らはおそらくそれに気づいていないのだろう。

そして今トランプ氏が力を入れているのは、南部を中心に問題になっている人種差別主義者の銅像の撤去問題だ。これを撤去すべきかどうかで世論は真っ二つに割れている。撤去賛成派は、銅像は黒人から見れば痛みと侮辱の象徴であり、分断の原因になっていると撤去を叫んでいる。一方、トランプ氏をはじめ反対派は歴史の遺産として残すべきだとしているが、トランプ氏は記念碑や像の破壊に禁固刑を科す大統領令まで出して反対派にアピールしている。白人優位社会の基盤を失う恐怖をあおっているのである。

■いびつな状況を作り上げた米メディア

トランプ支持者たちは差別を自認し、本当に人種の分断を望んでいるのだろうか? 前述のタルサで行われた集会に参加した支持者のインタビューを新聞やテレビで見て気づくことがあった。

取材に応じた支持者は「トランプ氏は全ての人種の平等を願っていると信じている」というような発言をしていて、どうやら彼らはトランプ氏が人種差別主義者だとは思っていないようだった。

このいびつな状況を生んだ原因として思い当たるのはやはりメディアだ。トランプ支持者にとって、マスメディアはイーストコースト・エリートが作ったものであり、リベラルばかりよく取り上げて地方の保守的な意見をないがしろにしている、メディアが報じる情報の多くはフェイクニュースであると信じている。

熱烈なトランプサポーターの中には、そうした理由で一般的なニュースを見ない者も少なくない。見るのはトランプ氏お墨付きの保守派「フォックスTV」、そして前述した極右のブレイズTV、One Americaネットワーク(いずれもケーブルテレビ)、論調が過激なあまりケーブルやユーチューブからも締め出されたオンラインメディアなど。そしてソーシャルメディアにおいても、彼らの目に触れる情報はリベラルや無党派層が見るものとは全く違うものになっている。

分断の影響は新型コロナウイルス対策にも表れている。彼らの中には、地球温暖化が虚偽だと考えているのと同様、コロナウイルスも民主党のでっち上げだと信じている人もいる。ロックダウンは自由な経済活動の妨げだと、銃を持って反対するのもこういう人たちだ。マスクの着用義務は人権の侵害であり、正しい呼吸を妨げ健康を害するものだと真剣に考えている。リベラル層が多い北東部の州からマスク着用が始まったため、それに対する反抗心も強い。

■共和党による「投票妨害」が起きている

現在のアメリカは、ブラックライブスマター運動が盛り上がれば盛り上がるほど、トランプ支持者が差別感情で結束していく状況にある。しかし、アメリカ全体の論調で見ると、コロナ対策の失敗とブラックライブスマターへの対応のマズさでトランプ氏は急激に支持を落としている。

私が話を聞く限り、熱狂的なサポーターではないが前回トランプに投票した人の多くはトランプ離れが進んでいる。任期4年間で富裕層や大企業は減税の恩恵を受け、株価も上がって儲けさせてもらったからもうこれでOK、しかしこれ以上アメリカを人種差別の国にはできないし、コロナで壊滅させることもできないといった意見だ。

最新の世論調査でトランプ氏の支持率は、激戦州も含めバイデン氏に10〜14%とこれまで最高のリードを許している。また、ロックダウン解除後初の支持者集会が定員の3分の1しか埋まらなかったこと、トランプ氏の支持基盤である保守州を中心に、全米の感染が非常に深刻化していることも暗い影を落とし始めている。

こうした中、岩盤支持層だけでは勝てない共和党は、投票率を下げるため数々の投票妨害行為に乗り出した。支持者を熱狂させ投票所に向かわせる一方、黒人やリベラル層に対しては投票意欲をそいだり、投票自体をできなくしたりしている。具体的には、コロナ対策のために導入する郵送投票をトランプ氏が違法と言い切ったり(支持者はそう信じている)、共和党知事の州では黒人などのマイノリティが住むエリアを中心に、コロナ対策を理由に投票所を次々閉鎖したりしている。

■11月の大統領選の行方は

また、前述したソーシャルメディアでの情報操作も一層激しくなると予測されている。

前回大統領選の際は、フェイスブックを利用してトランプ氏当選に貢献したのが前述したマイクロターゲティングだったとされている。その手法が今回はより強化され、トランプ陣営も合計1000億円という驚くべき予算を使っていると伝えられている。もちろん民主党も同じ手法を使ってはいるが、その数も金額もずっと少ないと報道されている。

しかし、個人情報を駆使したマイクロターゲティングを政治広告に利用することへの批判は強い。それも含め、ヘイトスピーチや偽情報を大量にばらまくトランプ陣営に対し、ツイッターは政治広告を禁止。グーグルなども対策を始めている。対策の遅れが目立つフェイスブックに対しては、大企業が広告の引き上げに踏み切り始めている。前回選挙と同様に、ロシアをはじめ外国政府の介入も気になるところだ。

11月の大統領選はトランプ氏のもとでますます結束する支持者と、トランプ氏を引きずりおろそうというアンチトランプとの戦いだが、その間で醜い投票妨害や、テクノロジーを駆使した世論操作はますます激しさを増しそうだ。

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シェリー めぐみ(しぇりー・めぐみ)
ジャーナリスト、ミレニアル・Z世代評論家
早稲田大学政治経済学部卒業後、1991年からニューヨーク在住。ラジオ・テレビディレクター、ライターとして米国の社会・文化を日本に伝える一方、イベントなどを通して日本のポップカルチャーを米国に伝える活動を行う。長い米国生活で培った人脈や米国社会に関する豊富な知識と深い知見を生かし、ミレニアル世代、移民、人種、音楽などをテーマに、政治や社会情勢を読み解きトレンドの背景とその先を見せる、一歩踏み込んだ情報をラジオ・ネット・紙媒体などを通じて発信している。オフィシャルブログ
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(ジャーナリスト、ミレニアル・Z世代評論家 シェリー めぐみ)