■「中国との違いに驚かされる」と投稿

「日本のニュースやSNSを見ていると、本当に素敵な手作りマスクをしている人が多くてびっくりします。特に知事! 中国との違いに驚かされるやら、感心するやら……」

4月中旬、上海在住の中国人女性が中国のSNSにこんなコメントを投稿しているのを見かけた。そこには中国のニュースサイトで紹介されていた小池百合子・東京都知事がしている手作りマスクをはじめ、地元の粋な手ぬぐい生地を使ったマスクを着用している達増拓也・岩手県知事、奥さま手作りの鮮やかなマスクをしている玉城デニー・沖縄県知事などのマスク姿の写真がズラリ。ほかにデニム生地や福岡県の久留米絣などの素材を使ったマスクも紹介されていた。

写真=時事通信フォト
西村康稔経済再生担当相との会談を終え、報道陣の取材に応じる東京都の小池百合子知事=2020年4月22日、内閣府 - 写真=時事通信フォト

確かに、慢性的に続くマスク不足により、このところ、日本全国で手作りマスクを着用している人が増えてきた。スーパーなどに行っても見かける。私自身も「マスク」に常に注意を払っているせいか、手作りマスクをしている人を見かけると、つい注目してしまう。自分も着用してみようかという気になるし、私の周囲でも、自分で制作して友人にプレゼントしている人もいる。

しかし、これはあくまでも苦肉の策。市販の使い捨てマスクが足りないから、仕方なく作るようになったことだ。ほぼすべての日本人にとって、マスク不足は深刻な悩みとなっている。

政府は国内での「増産」を強調しているが、街中のドラッグストアで見かける機会はまだ少ない。シャープなど異業種もマスク生産に乗り出しているが、全国民がいつでも購入できるようになるには、まだかなりの時間がかかるだろう。マスクを巡ってドラッグストアの店頭で小競り合いなども起こっている。

そんな中、一般人だけでなく、知事など公職に就く人も手作りマスクを着用するようになり、それが中国でも報道されるようになったのだ。

■代用したのは果物の皮、ペットボトル、ブラジャー…

冒頭の女性に中国のマスク事情について聞いてみると、こんな答えが返ってきた。

中国でも1月末から2月末くらいまでの間、マスクはかなり不足していました。上海の薬局でもマスクが買えなくて、殴り合いのトラブルになったという話も聞きました。手に入らないので、やむを得ず代用品を使う人もいた。例えば、オレンジやグレープフルーツなど果物の皮とか、ひょうたんの皮、頭から顔まですっぽり入るような大きなペットボトルとか、ブラジャーのカップ、生理用ナプキンなど。まるでジョークみたいな話ですが、本当なんです。幸い、私はそういうものは使わずに済みましたけど……」

この女性はPM2.5対策として、普段からマスクを買い置きしていたため大丈夫だったというが、まったく持ち合わせがなくて困った人もいた。また、武漢を含む湖北省や浙江省など感染者が多かった地域では、たとえ使い捨てのマスクがあっても心配でたまらず、N95マスクなどの高機能製品を求めたり、マスクの上からさらにビニール袋を頭からすっぽりかぶったり、目元にスキー用ゴーグルを着用するなど、二重三重にしっかりガードしていた人もいたという。

写真=EPA/時事通信フォト
マスクや手袋、ペットボトルを改造したものを装着した少年たち=2020年2月1日、中国・広州空港 - 写真=EPA/時事通信フォト

しかし、日本人が使っているような手作りマスクをしている人は、中国のSNSやニュースでも、全然見かけなかった。その理由はなぜなのか。日本に3年ほど住んだ経験のある中国人女性に聞いてみたところ、こう推測する。

■基本的な裁縫ができることに驚いた

中国でも、特に内陸部に行けば、刺繍をしたり、編み物をしたり、子どもの服を作るなど、手芸をする女性はもちろんいます。手芸というよりも、昔は必要に迫られて作っていた家事の一つでした。でも、現在、都市部の比較的若い世代で裁縫ができる女性はあまり多くはありません。ネットで布を購入して、コスプレ用の派手な衣装を作ったりする若い女性はいるのですが、そもそもミシンがある家庭自体、少ないでしょう。それが理由の一つだと思います。

私が日本に住んでいたときにとても驚いたのは、多くの日本人女性は基本的には裁縫ができる、ということでした。面倒だからしないとか、上手じゃないから作らない、という人も当然いるでしょうが、日本ではほとんどの女性が学校で裁縫を習ったことがあるんですよね。確かに、日本の女性にとって、幼稚園に通う子どもの袋とか、夫のワイシャツのボタンつけとか、日常生活の中で縫い物をしなければならない場面はけっこう多い。

学校のバザーなどもあると聞きました。だから、マスクがないなら布を買ってきて、自分でマスクを作ろうと考える人が大勢いるんだ、ということにも納得します。これは日本人、特に日本女性のすばらしいところだと思います」

中国の主要な公立学校に「家庭科」はない

このようにいわれて私もハッと気づいたのだが、中国の小中学校には基本的に「家庭科」の授業は存在しない。すべての学校で導入されていないのかどうかは分からないが、少なくとも、北京や上海の主要な公立の小中学校には「家庭科」という科目はない。

受験に必要な科目が重視され、勉強以外のことをわざわざ学校で学ぶということは、中国ではほとんど行われないからだ。そのため、手縫いか、ミシンかにかかわらず家庭で習わない限り、縫い物をした経験のある中国人女性は非常に少ない。その女性に「家庭で裁縫が必要になったときはどうするのか?」と聞くと「お手伝いさんかお店の人に頼む」と話していた。中国では、お金を出せば、必ず誰かが商売としてやってくれる。

内陸部の河南省出身の女性にも聞いてみたが、同じく「家庭科の授業はなかった」という。この女性の場合、母や姉は縫い物が得意で、幼い頃は自分の服だけでなく靴まで手作りしてくれたというが、近年では内陸部でもこのような家庭はだんだん少なくなってきている。

2つ目の理由は、さまざまな布や手芸材料を購入できる店がほとんどない、ということ。

中国のネット通販では、今やどんなものでも購入できるようになったし、もし国内で売っていなければ海外から購入することも可能だが、それでも手芸に関しては基本的な材料がそろう程度だ。日本の大型手芸店にあるような、数千種類ともいえるほど豊富な布や材料を買うことは難しい。手芸材料の場合、アイテム数があまりにも多く、一つひとつの単価が高くないということも関係しているだろう。

■「誰かの心を和ませる」姿がほほえましい

そのため、知り合いの手芸好きな中国人女性は、来日すると必ず有名な手芸材料品店や「東急ハンズ」のようなハンドクラフトコーナーがある店に立ち寄って、自分の目で材料を選びながら買うことを楽しみにしていると話していたが、そうしたことも背景にある。

さらに、布製マスクを作って自分で着用しよう、という発想がそもそも念頭にないということもある。

武漢を中心に感染が急拡大した新型コロナウイルスにより、中国では厳しい外出制限の措置が取られた。多くの場所で、外出の際はマスク着用が義務づけられたが、未知のウイルスへの恐怖から、効果が不透明な「布製マスク」を作ろうという考えは思い浮かばなかったのかもしれない。

確かに、ペットボトルやゴーグルに比べたら、布製マスクは飛沫が浸透してしまう可能性があるし、少し心もとない。手作りするという精神的な余裕も持てなかっただろう。

だが、冒頭の女性はこういう。

「日本人はもともと手先が器用で、小さなものをコツコツ作るのが得意です。実質的な効果がどれだけあるのか、ということよりも、周囲に迷惑をかけず、少しでもお互いが安心できるように、エチケットとして布マスクを作って、それをつけている人が多いのではないでしょうか。

それに、繊細でかわいいデザインにすれば、自分だけでなく、誰かの心を和ませる効果もある。そういう姿はとてもほほえましい。日本人は気づかないかもしれませんが、日本の生活の質の高さが感じられます」

■「世界で日本だけではないでしょうか」

この女性によると、もとはといえば、中国が発端で日本はマスク不足に陥ってしまった。そのため、日本のドラッグストアの前に並ぶ人の列をネットで見るたびに心苦しく思っていたという。だが、非常時になっても、日本では果物の皮とか、ペットボトルをかぶる人が1人もいないことに驚き、手作りマスクという発想にも感激しているという。

「日本人女性が作った手作りマスクを見ると、『日本人らしい匠の精神』が発揮されていると思います。欧米を見ても、東南アジアを見ても、手作りマスクの輪がこんなに広がっている国は一つもない。日本人にとってはごく自然に、そして、やむを得ず始めたことでしょうが、こういうことができるのは、世界で日本だけではないでしょうか」

苦肉の策でやっていることとはいえ、海外からはこのように見えているのだと聞き、逆にこちらのほうが驚かされ、うれしく思った。

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中島 恵(なかじま・けい)
フリージャーナリスト
山梨県生まれ。主に中国、東アジアの社会事情、経済事情などを雑誌・ネット等に執筆。著書は『なぜ中国人は財布を持たないのか』(日経プレミアシリーズ)、『爆買い後、彼らはどこに向かうのか』(プレジデント社)、『なぜ中国人は日本のトイレの虜になるのか』(中央公論新社)、『中国人は見ている。』『日本の「中国人」社会』(ともに、日経プレミアシリーズ)など多数。
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(フリージャーナリスト 中島 恵)