トランプ大統領

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 アメリカ大統領選挙は、現職のドナルド・トランプと前副大統領のジョー・バイデンの戦いになりそうな気配だ。新型コロナウイルス流行という予想外の事件が起きたことは、自慢だった経済の好調さを吹き飛ばし、トランプ大統領にどちらかといえば不利な材料と見る人が多い。だが、常識にとらわれないアイディアを出して実行するのは得意な人だから、常識外れの大胆な景気刺激策をとって喝采を浴びる可能性もあり先行きは不透明である。

 これから、シーソーゲームが続くだろうが、アメリカ国民には、時事的な問題に振り回されず、人気投票に堕することもなく、世界にとってもアメリカにとっても好ましい大統領像はどんなものかよく考えて投票して欲しい。

トランプ大統領

 私はかつて『歴代総理の通信簿』(PHP文庫)と『アメリカ歴代大統領の通信簿』(祥伝社黄金文庫)を書き、それぞれ改訂版も出しているのだが、そんなときに政治家の評価基準としているのは、(1)優先的に取り組むべき課題が何であるかを正しく把握したか、(2)その課題を解決するための方策を正しく立てたか、(3)それを実行する政治力を発揮したかどうかということだ。

 この種のランキングでしばしば勘違いしていると思うのは、本来は首相や大統領としての任期中に行ったことで評価すべきところを、人間として魅力的かどうかとか、その人の人生を通じての仕事で評価していることだ。

 たとえば、アメリカの第39代大統領ジミー・カーター(1977〜81)は離任ののちに世界平和に貢献しノーベル平和賞を獲得して「最高の元大統領」と皮肉られたが、大統領時代の外交はお粗末だった。第18代大統領ユリシーズ・グラント(1869〜77)の軍人としての栄光や第3代大統領トーマス・ジェファーソン(1801〜09)の独立宣言への貢献も大統領としてのものではないから考慮すべきでない。

アメリカ歴代大統領の通信簿A、B

 反対に、任期中に世界に良い影響を与えたか、状況がどれだけ難しいものであったのか、いかに得難い才能や業績があったか、は考慮しなくてはならないと思う。

 また、大きな成果があっても、誰がやっても遅かれ早かれそうなったというのと、その人がいなければまったく違う展開になっていたかでは大違いだ。

アメリカ歴代大統領の通信簿C

 歴代アメリカ大統領でとくに偉大な存在は誰かと聞くと、アメリカ人でも日本人でもワシントン、ジェファーソン、リンカーン、ウィルソン、フランクリン・ルーズベルトなどを上げる人が多い。しかし、これでは世界史の教科書に出てくる有名人を並べただけだ。戦争を始めた大統領ばかりなのもよろしくない。

 静かにしておくべきときに余計なことをしないのも、政治家の美徳である。たとえば、田中角栄が失敗したのは、「日本列島改造」が間違っていたのでなく、金余りという金融情勢であるにもかかわらず、長年の夢だった日本列島改造を実行に移すのを我慢できなくてインフレを引き起こしたことである。

アメリカ歴代大統領の通信簿D、E、評価不能

A評価の5人

 さて、それでは、アメリカ大統領に通信簿を付けるとして、私が5段階でAを与えているのが誰かと言えば、ワシントン、ポーク、リンカーン、セオドア・ルーズベルト、フランクリン・ルーズベルトの5人である。

 初代大統領ジョージ・ワシントン(1789〜97)。アメリカ合衆国大統領というポストは、ワシントンという適任者がいたから創始されたと言われるくらいであるから、別格的存在である。風貌、物腰、人望などどれをとっても、「あらゆるヨーロッパの王侯より君主らしかった」といわれる。

 第16代大統領エイブラハム・リンカーン(1861〜65)は奴隷解放ばかりが強調されるが、南北戦争の指揮、経済対策、戦後の見通しなど万般にわたって非常に緻密で鋭く、どこから見ても優れた大統領だ。ユークリッドの幾何学の心酔者でありイソップ物語の愛読者だったが、それぞれから明快な論理性と温かいユーモアを学んだ。

 そして、演説の見事さ、ディべートにおける強さ、誠実さ、敵に対する包容力、クリーンというのも美点である。「丸太小屋からホワイトハウス」というアメリカン・ドリームを体現した経歴も、アメリカ民主主義のシンボルとしてふさわしい。

 第11代大統領ジェームズ・ポーク(1845〜49)は無名だが、アメリカの領土をカリフォルニアやシアトルなど北西部へ広げ、財政や関税政策の革新などを実現した。初めに目標を正しく設定し、1期4年を猛烈な仕事ぶりで献身的にやりとげ、1期だけで退任するや疲労困憊したのかすぐに死んでしまった。派手好みのアメリカ人からはベストテンにはなんとか入る程度の評価しか受けていないが、文句の付けようがない完璧な業績であって、リンカーンと並ぶ高い評価をするべきだ。私の好きなタイプの指導者だ。

 総合的に見て、戦時のリンカーン、平時のポークを持って最高の大統領としたい。

 第26代大統領セオドア・ルーズベルト(1901〜09)と第28代大統領ウッドロウ・ウィルソン(1913〜21)については、どちらを評価すべきか意見が分かれるところである。かつては、理想主義的な色彩が強いウィルソンの人気が高かったが、思想家としてはともかくウィルソンの政策は政治的な未熟さから現実化していない。また、最後のころは経済政策が粗雑となり、病気に倒れると人にも会わずに大統領を続けたのも評価できない。

 一方、セオドア・ルーズベルトは、彼の軍事力を背景にした脅しを伴う「棍棒外交」に批判はあるが、日露戦争を終結させたポーツマス条約の斡旋にみられるように現実的で公正な成果を十分に上げていることを評価すべきだと考え、最高ランクとみる。

 第32代大統領フランクリン・デラノ・ルーズベルト(1933〜45)は、経済については、ニューディールに類するケインズ的財政出動政策は日本を含む多くの国で実施していたし、戦争が始まったので行き詰まりが打開された面もあるので、かつてされたほどの評価はできない。

 外交政策においてもスターリンを甘く見たり、蒋介石を過大評価したことが東西冷戦や中国での共産党政権の誕生など、戦後の混乱につながったし、日本にとっては、災難だった。だが、ラジオなどを駆使した国民との対話力とか、裏を知り尽くしたジョゼフ・ケネディ(ジョン・F・ケネディ大統領の父親)を証券取引委員会の初代委員長に抜擢したような驚異的な人事の巧妙さなども含めて、有能な大統領だったことは確かだ。

【戦後篇】戦後の大統領はすべて低レベル

 アメリカ歴代大統領のうち、戦後の大統領については、非常に高い評価の人もいないし、どうしようもないほどひどい大統領もいなかったというのが一般的な評価だ。厳しい予備選などを戦って選ばれただけに、あまり無能では候補者選びの途中でボロが出て大統領になれないということもあろうし、補佐官などに優れた人材が就くようになったこともあるだろう。

 逆に常に厳しい批判にさらされるものだから、思い切った政策ができないとか、無難な人が大統領になっているので、偉大な大統領も登場しにくいのかもしれない。

 その意味では、トランプ大統領はそういった傾向へのアンチテーゼとして登場したともいえる。

 ケネディ、レーガン、クリントン、オバマといったあたりの人気が高いということはあると思うが、任期中の仕事の評価というより、キャラクターの魅力によるところが大きいと思う。

 第33代大統領ハリー・トルーマン(1945〜53)は、私はDランクだが、アメリカ人の間での評価は割に高い。副大統領時代はお飾り的な存在で、原爆開発といった国防機密も教えてもらえなかったという立場から急に大統領になったが、ポツダムでソ連に対日参戦を促し、日本に原爆を投下し、比較的、早い終戦に持ち込んだことは、日本人にとってはともかく、アメリカ人からはポジティブに評価される要因になっていそうだ。

 また、最初はスターリンに甘い前任者ルーズベルトの路線を引き継いだが、巧みに共産主義と対決する路線に転換し、東西冷戦が始まってからは断固とした態度が成果を上げたということだ。かつては、レッド・パージなども批判されたが、ソ連崩壊で秘密文書が公開され、「無実の罪」に問われたとリベラル派の一部が擁護していた人々の多くが実は本当に工作員だったことが明らかになったことも雰囲気を変えた。

 日本にとっては、朝鮮戦争の処理で対立するまでは、トルーマンがマッカーサーの仕事を支持していたというのは、たとえば、ルーズベルトがそのまま生きていたよりは、好都合だったといえる。

 第34代大統領ドワイト・アイゼンハワー(1953〜61)は人間的にも見識についても最高レベルであるのは確かなのだが、そのことが業績に反映されたとはいえない。経済的な好調さを将来への投資に結びつけられなかったし、外交では東側諸国に押され気味だった。軍産複合体への警告も言葉だけで終わったので、アメリカ人の好感度は高いが、あえてDとした。

 第35代大統領ジョン・F・ケネディ(1961〜63)は世界に通用する言葉で新しい時代の理念を謳い上げたが、実現には至らず暗殺され、議会対策に優れた手腕を持った第36代大統領リンドン・ジョンソン(1963〜69)が公民権法案や社会政策などケネディの遺産をよく実現した。だが、ケネディが始め、ジョンソンが泥沼化させたベトナム戦争は、アメリカの評判を最低の水準に貶めた。

 この2人の大統領のリベラルな姿勢をどう評価すべきかだが、植民地独立などが進み社会主義陣営が全盛期を謳歌していた時代にあって、もしアメリカが反動的な政治に終始していたら、世界的にも孤立は避けられなかっただろう。彼らでなくともよく似た路線を選択せざるを得なかったと私は思うので、2人ともCランクとしたが、違う評価もあるだろう。

 第37代大統領リチャード・ニクソン(1969〜74)は、国家安全保障問題担当大統領補佐官ならびに国務長官にキッシンジャーを抜擢して東西冷戦を見事にコントロールし、少なくとも西側が負けることがないことを確信できることになった。これは相当に大きな功績である。Bランクとしたいところだが、ウォーターゲート事件があるのでワンランクのダウンとした。アメリカ人の評価はもっと厳しい。

 ただし、盗聴とその隠蔽工作が、それほどの大犯罪とは、ヨーロッパ人などには理解できないところだろう。あるいは、外国要人の殺害計画など平気でやってきた他の大統領の行状と比べたときのバランスも納得いかない部分がある。

 第40代大統領ロナルド・レーガン(1981〜89)は外交についても経済についても、一時的な効果は認めるものの、副作用も大きかったと見るべきだろう。ソ連でゴルバチョフのペレストロイカが始まり冷戦が終結に向かったことについて、レーガンの強硬姿勢が功を奏した結果と見るのかどうかで評価が分かれるだろうが、私はむしろソ連側の自滅を重く見る。

 社会主義は優先分野への集中的資源投入で成功したが、1960年代には目標が多様化したので相当に市場化することが妥当となっていた。そこで、フルシチョフや劉少奇が改革に着手したが、守旧派に失脚させられた。

 その矛盾がこのころ両国で吹き出し、それぞれの形で市場経済の取り入れが進んだと見るべきである。だが、高い評価をしている人も多い。今後も、評価が分かれ、また、時代によって変化する大統領だろう。私はCランクだ。

 第38代大統領ジェラルド・フォード(1974〜77)、第39代大統領ジミー・カーター(1977〜81)、父親の方の第41代大統領ジョージ・ブッシュ(1989〜93)については、外交も経済などの内政問題も低調で、いずれも再選に失敗しており、Dランクという評価もいたしかたないところだ。

 第42代大統領ビル・クリントン(1993〜2001)は、戦後の大統領としては、相対的に最高の大統領だったのではないか。ブッシュ(父)政権の経済での無策を批判して1期だけで引きずり下ろしたのであるが、これまで貧困層にだけ目が向きすぎていた民主党の伝統的な経済・社会政策を修正して、中間層の育成に成功した。

 また、民主党が労働組合に弱く保護貿易に傾きがちだったのを、NAFTA(北米自由貿易協定)を結ぶなど自由貿易の拡大に成功したし、アメリカがいち早くIT社会の波に乗れたのもクリントン政権の功績だ。また、環境問題への取り組みもクリントン政権の功績だ。

 一方、外交については、十分な関心を持っていなかったようにみえる。中東問題について「パレスチナ暫定自治協定」を締結させたのは大きな功績だった。アジア、特に中国については、自由貿易秩序への前向きな組み込みに成功したともいえるし、ただそのときに条件設定が甘かったともいえ、両方の評価がありうる。ただし、私は中国に甘すぎたのは、そのあとのブッシュ、オバマだと思っている。

 また、ルインスキー事件というスキャンダルがマイナス評価の対象であることはいうまでもない。

 子どもの方の第43代大統領ジョージ・ブッシュ(2001〜09)は、外交、内政、経済のどの分野においても評価すべきことが見あたらないし、イラク戦争もお粗末だった。地球環境問題への後ろ向きの姿勢も人類に対する背信行為といわれても仕方ない。ただし、2008年の金融危機においては、意外に素早い対応を見せ、もしかするとフーヴァーにならずに済み、評価を少し回復するかも知れない。

 第44代大統領バラク・オバマ(2009〜17)は、可もなく不可もなくCランクだ。演説の上手さでは史上最高の大統領であろう。政策は内政では、経済政策は無難だった。財政再建と経済成長を数年単位の景気循環に合わせて巧みに運営し、まずまずの成果を上げた。ただ、成長戦略には見るべきものがなかった。いずれにせよ、日本のように成長戦略もないまま、平成の30年間、景気刺激などといって無駄な支出をばらまいたあげく財政赤字を積み上げても経済成長なんぞするはずがない。

 医療については、オバマ・ケアの実現で皆保険への道筋はつけたが、彼にもっと政治力があったら、さらなる成果を上げただろう。

 外交では、気難しさが禍して、世界のほとんどの首脳と関係がよくなかった。そこそこ信頼関係があったのは、メルケルと安倍晋三くらいであったが本当に親密だったわけでもない(メルケルはヒラリーの盟友だったし、安倍とは安倍の方で上手にオバマに取り入っただけだ)。中東問題ではリビアのカダフィ政権を倒して中東の春だとか粋がったが大混乱に陥れただけだ。ウクライナを支援しすぎてロシアとの関係を壊した。

 パリ協定の締結、イランとの核合意、核廃絶宣言などはヨーロッパや日本を喜ばせたが、アメリカ国内のコンセンサスを得ていたわけでなかったので、政権が変わったらゴミ箱行きになった。中国を最初は甘やかし、ついで警戒に転じたが、常に無策だった。

 第45代大統領ドナルド・トランプ(2017〜)について評価をいま固めるのは無理であるが、私はこれまで惰性でやってきたことへの反省を一度するという意味では悪いことばかりでないと思う。中国がアメリカと並ぶスーパーパワーになることは不可避だが、力をつけすぎ得る前に、外交・経済・人権といった各分野で身勝手な論理を修正させておいたほうがいい。

 世界で拡大しているリベラルな価値観といわれるもののなかには、正義を振りかざして十分な議論や検証のないまま拡大しているものも多く、立ち止まって考えた方がいいことも多い。

 たとえば、最近、私は『歴史の定説100の嘘と誤解 世界と日本の常識に挑む』(扶桑社新書)という本を出したが、その最後に置いたテーマは、移民・難民について欧米がなぜ非論理的な情緒論で甘い対処をし、その結果、世界の秩序を崩壊させつつあるかということである。

 トランプの論理も乱暴だが、彼がいなかったら、人類は間違った取り返しのつかない方向にいっていたのではないかと後世の歴史でいわれることは多いのではないか。

 イギリスでは、サッチャーの破壊力と、その仕事を上手に取捨選択して修復したブレアのコンビのおかげで再建に成功したが、アメリカもそうだといいと思う。

八幡和郎(やわた・かずお)
評論家。1951年滋賀県生まれ。東大法学部卒。通産省に入り、大臣官房情報管理課長、国土庁長官官房参事官などを歴任。徳島文理大学教授。著書に『誤解だらけの皇位継承の真実』『令和日本史記』『歴史の定説100の嘘と誤解 世界と日本の常識に挑む』など。

週刊新潮WEB取材班編集

2020年4月4日 掲載