東京オリンピックで輝け!
最注目のヒーロー&ヒロイン
ソフトボール 上野由岐子 後編

 2020年の東京五輪でソフトボール日本代表が目指すのは、当然、2008年の北京五輪に続く金メダルだ。12年前の経験者であるエース上野由岐子は、東京五輪までにどのような準備をして、どんな覚悟で挑むのか。


37歳となった今も日本代表の絶対的エースとして君臨している上野由岐子

―― 2020年の東京五輪で、ソフトボール日本代表が金メダルを獲りにいくうえで何が重要になると思いますか。また、今の代表チームをどのように見ていますか。

「ソフトボールは2008年の北京オリンピック以来ですので、あの大舞台を経験している選手はほとんどいません。私よりもだいぶ年下ばかりですが、選手にはそれぞれの役割や仕事があるわけで、それをどれだけ理解して、すべてを懸けられるかだと思います。それができれば、チームがひとつになることなんて簡単。目標は同じですから。

 ただ、ひとりでもできなければチームは崩れちゃうんです。もちろん結果は大事だけど、まずはそこにすべてを懸けられるか。そのなかで私のような経験者がカバーし、フォローしてあげたい。いま言えるのは、とにかく一生懸命やってほしい。それだけです」

―― 五輪という舞台で、自分の力を発揮するというのは並大抵のことではないと思います。

「どれだけ手を抜かずにやれるかですね。別に力を入れろとは言わない。たとえば、80%で勝てる相手なら80%でいいんです。81%を出す必要はないのですが、79%だと負けてしまう。頑張りすぎる必要はないけど、抜かないことが大切なんです。それが簡単にできるのなら、誰でもやっていますけどね(笑)。

 ただ、今回の東京オリンピックは、出場するのは6カ国だけなので、要するに世界のトップ6なんです。しかも今回は(敗者復活戦が織り込まれる)ページシステムではないので、オープニングラウンドから負けられない戦いが続きます。たとえば、アメリカに負けてしまうと、ほかの4試合は絶対に落とせない。でも、カナダがいて、オーストラリアがいて……と考えると、かなり大変な戦いになると思っています」

―― 北京五輪の時は、ソフトボールが金メダルを獲得し、日本中が熱狂しました。また、昨年の日本スポーツ界を振り返れば、ラグビーがものすごく盛り上がりました。どのような気持ちでご覧になられていましたか。

「やっぱり国内開催ってすごいなと思いました。ソフトボールも2018年に千葉で世界選手権が行なわれて、もちろんラグビーほどではありませんが、日本で大きな国際大会を行なうというのはこういうことなんだ、というのを初めて感じました。テレビ放映もありましたし、とにかく反響は大きかったです」

―― 最近では女子ゴルフの渋野日向子選手との交流もありました。

「おかげでソフトボールが話題になりました(笑)。いい意味で彼女は個性がすごく強くて、自分というものを持っている。内面的な強さを持っているアスリートだなと思いました。それに渋野選手と言えば、やっぱりあの笑顔ですよね。自分もそういう意識を持って臨むことでパフォーマンスが変わるんじゃないかと思いました。笑顔って心の余裕なんです。いつも笑っていられるわけではないけど、大事な局面で笑顔を意識できるというのは心の部分につながる。笑顔ってすごくいい言葉だと思いますし、自分もやってみようかなと思いました」

―― 他競技から刺激を受けることもありますか。

「受けますね。むしろ今では、ソフトボールよりもほかの競技の選手から刺激を受けることが多いです。見方や競技性の違いはあっても、ソフトボールにも使えそうだなと感じることはたくさんあります」

―― 周りから期待され、注目を集めるなかで集中力を保つのは大変だと思います。上野投手はアップ中、サングラスをつけて、ひとりで黙々と体を動かしていますよね。

「試合中は集中しているので、周りの音などはあまり気にならないのですが、準備段階でどれだけストレスなくできるのかというのは大切にしています」


万全の準備をして東京五輪に臨みたいと語る上野由岐子

―― イヤホンも装着していますが、どんな音楽を聴いているのですか。

「適当です。何曲かピックアップして、それをランダムに聴いています。日本リーグ決勝トーナメントの時はleccaさん、あとはWANIMAさんとか。一応、自分に響く曲を選んでいますけど、音楽でテンションを上げるというより、雑音をシャットダウンすることが一番の目的です。試合前の大事な時間に声をかけられたり、カメラに追いかけられるというのがストレスで……。

 でも、わかっているんです。メディアの人はそれがお仕事ですし、私の思うようにならいことはわかっています。要は、私が大人になればいいんですけど、なかなかなれなくて(笑)。ただ、そういう状況も自分のなかである程度想定はしています。いちいち自分の感情をコントロールできずにイラっとしても仕方ないですからね」

―― まもなく、巨人の菅野智之投手やソフトバンクの千賀滉大投手と一緒に「鴻江スポーツアカデミー」での自主トレが始まります。

「刺激になるのはもちろんだし、この時期に(彼らが)どのようなボールを投げるのかを見るのが楽しみです。同じ時間を共有するので、いろんなことに気づくと思うし、ちょっとした仕草など、ずっと見ているとわかることがあるんですよ。そういうのは楽しみですね」

―― 身も心も本番モードに近づいているといったところですね。東京五輪でソフトボールを楽しみにしているファンの方も多いと思います。最後にメッセージをお願いします。

「やっぱり、私のなかでは2018年の千葉での世界選手権がすごく思い出されます。最後はアメリカに負けて準優勝という結果でしたけど、決勝戦は試合が進むにつれてスタンドからの”上野コール”がすごくて、ものすごい迫力でした。普段は集中していて、スタンドからの声援もほとんど入ってこないのですが、あの時ははっきりと聞こえて。『自分はこれだけのファンに支えられているんだ。背中を押されているんだ』と。長くソフトボールをやってきましたが、初めての感覚でした。

 世界選手権であれだけすごかったんだから、東京オリンピックはもう……。みなさんの期待に応えられる結果を出したいですし、周りの誰よりもグラウンドに立つ選手たちが金メダルを獲りたいと思っているんです。とにかく後悔しないように、とことん準備して戦いたいと思っています。本当に集大成というか、今年で38歳になるのですが、もう30年くらいはソフトボールとともに生きている。だから、私の30年分のすべてを1球1球に表現できたらいいのかな。

 東京オリンピックが終わったあとのことは、終わってから考えようと思っています。今は考える余裕がないし、結果次第でいろんな感情が生まれてくると思う。その時にどんな感情になるのか、今は読めないです。その日にならないとわからないけど、もしかしたら決勝戦が終わったあとは”特別な一瞬”になるのかな」