腕時計はステータスの象徴などではない。彼らにとって、愛の対象なのだ。

ハースト婦人画報社は2019年11月、新しいメディア「ホディンキージャパン(HODINKEE Japan)」をローンチ。「ホディンキー」は2008年にアメリカで開設された、ラグジュリーな腕時計専門のデジタルメディアで、そのオーセンティック(本質的)なコンテンツは愛好家からの高い支持を受けている。ホディンキージャパンは、そんなホディンキーの日本版だ。

ホディンキーの特徴のひとつが、広告と並びeコマースを収益の柱としている点だ。当初は腕時計用アクセリーを販売していたが、現在は著名時計ブランドの公認ディーラーとなっており、今後はリアルリテール10店舗も展開する予定だという。

オーセンティックであることを志向する


ホディンキーはかつて金融業界で働いていたCEOのベン・クライマー氏が、Tumblr(タンブラー)で祖父から譲り受けたオメガ(Omega)について書いたのがはじまりだった。独自の視点でレビューや時計にまつわるストーリーを取り上げ、いまやポッドキャストや動画も展開している。

ラグジュアリーな腕時計というカテゴリーは一見競合も多いように思われるが、「純粋に美しいものや機械を愛しているような、オーセンティックなメディアは存在しなかった」と、クライマー氏は指摘する。「アメリカでは時計に限らないが、ラグジュアリーメディアのスタイルは単純だ。ゴージャスで、シャンパンやキャビア、フェラーリと派手なイメージに装飾されている。しかし、ラグジュアリーなものであってもう少しエモーショナルに、オーセンティックに伝えたいと考えた」。

そのスタンスはいまでもホディンキーの基本となっている。「たとえ25万ドル(約2700万円)の時計であっても、価格に注目はしない。その時計にまつわるストーリーにフォーカスしている」というクライマー氏の志向が、メディアとしての価値を高めることにもつながった。2009年にスティーブ・マックイーンのロレックス(Rolex)がオークションに出品された際、いわゆるラグジュアリーなメディアが無視するなか、ホディンキーだけがそのロレックスのストーリーに着目し、記事にしたという。「この記事はホディンキーがブレイクするきっかけとなった」。

そんなホディンキーの収益は、広告とコマースが50:50。オーセンティックなコンテンツとコマースの両立は困難にも思えるが、クライマー氏は両者が調和し相乗効果をもたらしていると考えている。「eコマースというのは信頼性がなければ難しく、信頼はメディアのコンテンツを通して得ていくもの。そして信頼のあるメディアには良質な広告が掲載される」。

信頼感を生み出すコンテンツ

クライマー氏が一例として挙げたのが、ドイツのブランド「NOMOS(ノモス)」にまつわるエピソードだ。ノモスの時計を販売しているにも関わらず、あるライターがノモスの時計に対し、非常にネガティブな評価をした記事を書いた。時計を売るためだけならポジティブな記事にすべきかもしれないが、そのライターはノモスの時計が好きではなかったのだという。

「それでもノモスの時計はとても好評で、よく売れた」と、クライマー氏は続ける。「愛好家ならわかりきっていることだが、時計の好き嫌いは主観的なもので、誰かが好きでも他人は好きでないかもしれない。それを包み隠さずコンテンツにする。『財布ベース』ではなく『心ベース』に記事を書く。そうした姿勢をオーディエンスも評価し、エンゲージメントも深まっていく。メディアへの信頼が高まり商品が売れるというサイクルが回っている。オーディエンスとのつながりこそがホディンキーの強みであり、オーディエンスファーストであることがホディンキーの使命だと考えている」。

一方で、必ずしもコアな愛好家のためだけの閉ざされたメディアというわけではない。ホディンキーに携わるため、時計専門誌からジョインしたホディンキージャパン編集長の関口優氏は、時計のブランドや価格でオーディエンスをセグメントしたり、ハードルを設けないことも同サイトの魅力だと指摘する。「いまはそれほど腕時計に関心がなくても、ストーリーを丁寧に届け続けることで、やがてファンになってもらえるかもしれない。『好きになってほしい』『時計を買ってほしい』という姿勢ではなく、人々のライフスタイルに我々が提案する世界観がクロスしたとき、時計に触れるきっかけが生まれてくれればよいと考えている」。

コミュニティこそがコアコンピタンス

ホディンキーには歌手のエド・シーランをはじめ、著名人が執筆した記事も少なくない。「ギャランティーを払っているわけではなく、ただ時計愛を語る場を提供しているだけだが、本物を愛する時計愛好家としてやってくれている。本物のコンテンツを作り続けてきたことで、こうした素晴らしいアンバサダーを得ることもできた」。

著名人だけでなく、ホディンキーを通じて形成された強い時計愛を持つオーディエンスのコミュニティは、ほかにはない強みでもある。「アメリカの腕時計愛好家は孤立していた。私自身もかつて孤独だったが、いまはそうした人々をホディンキーがつないでいる」と、クライマー氏は語る。「去年12月にニューヨークで行なった1000人規模イベントでは、1万7000人がチケットを希望したため、抽選会をしたほどだった。SNSを活用したデジタルでのコミュニティ形成も行なっているが、実際に会って語り合えるリアルな場が欠かせない」。

日本においてもコミュニティ形成がコンテンツと並び重要だと関口氏も指摘する。「ラグジュアリーカテゴリーのイベントは敷居が高いものになりがちだが、ホディンキーのイベントはコレクター同士が情報交換をするために集うカジュアルなイベントが多い。日本でもコレクターは普段は表に出てくることはないが、そうした場を提供することでアメリカのようなコミュニティを構築できるという感触は得ている」。

日本への思い

アメリカで成功を収めているホディンキーが、なぜいま日本版をローンチしたのか。クライマー氏は「憧れ」をその理由として挙げる。「日本の腕時計市場は大きく、熱心なコレクターも多い。日本でしか店舗を持たないブランドも存在するほどだ。美しいものへの愛情、関心を持った市場であり、ホディンキーとの相性もいいのではないかと感じていた。そんななか、ハースト婦人画報社というパートナーを得たことで、日本版が実現した」。

ハースト婦人画報社の代表取締役社長ニコラ・フロケ氏は、ホディンキーから学べることは多いと話す。「ユニークなビジネスモデルやユーザーファーストなアプローチ、デジタルに職人的な要素を持ち込む手法など、これまでの男性向けメディアにはないものがホディンキーにはある。競争が激しいカテゴリーにあっても、日本市場でのホディンキーの可能性は非常に大きいはずだ。何よりひとりのホディンキーファンとして、成功を収めると信じている」。

Written by 分島翔平
Image courtesy of ハースト婦人画報社