夜の大阪駅。近年は鉄道利用者の帰宅時間が早まっているという(写真:gengorou/PIXTA)

JR西日本が24時以降の深夜運転時間の繰り上げなどの検討を始めると発表した。都市部では深夜1時台まで列車の運転はこれまで何の疑問もなく当たり前であった。その当たり前の見直しに着手したというのは、結論がどうなるかはともかくとして画期的なことではある。

報道を初めに見たときには運転要員の「働き方改革」の一環かと思ったが、そうではなく保線要員の「働き方改革」が目的のようである。

保線の時間確保が課題

JR西日本の発表によれば、この見直しは次のような事情による。


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線路の保守点検作業に携わる人員の数が、ある関連会社において10年間で23%も減少していることから(建設業平均では9%減)、終電後初電までの間の時間を長くして1晩当たりの作業時間を増やし、休日をとりやすくすることで人員の確保をする、という必要がある。

一方、鉄道利用者等の帰宅時間が早まる傾向にあり、主要駅である大阪駅、京都駅、三ノ宮駅の2018年度平日平均の利用者数が2013年度との対比で、17時台から20時台までの利用者が100%超えとなっているのに対し、21時台から23時台までが90%程度、24時台では80%程度となっている。そのため、深夜の保線作業の時間を確保するために終電の繰り上げを検討する、とのことである。

JR西日本は、すでに「労働力不足に対するメンテナンスの取り組み」として、2019年5月、比較的輸送量の小さい山陰本線の一部で昼間の列車を3日間運休させた線路の保守点検を実施している。

しかし都市部では日中の列車を運休させるわけにはいかず列車が走らない夜間などを中心に保守点検を行わざるをえない。終電が過ぎたのを確認してから作業に入り、始発が走り出す前に線路からは離れなければならないことを考えると、作業時間は3時間程度しかないこともあろう。

そこで使う作業用車両や道具の後片付けなども考えれば相当に時間的制約が厳しいことは想像にかたくない。それが保守点検要員の労働日数の軽減を妨げ休日をとりにくくしていること、それにより敬遠されているということも容易に想像できることではある。

終電繰り上げは合理的か

「働き方改革」の動きは「働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律」が2018年に成立するなどして急速に広がってきた。労働者の過労によるさまざまな影響の防止の動きや「ワークライフバランス」などという言葉とともに世間に広く浸透している。

疲れ切っていては労働者が十分な能力を発揮することができないし、さまざまな病気の原因にもなる。そうなれば個人だけでなく社会的な損失にもつながる。

深夜や炎天下の保線作業はただでさえ過酷であり、労働条件が少しでも改善されることは労働者にとっては朗報であるし、望ましいことである。しかし、その実現の手段として終電の繰り上げを行うことが合理的といえるだろうか。

通常の企業は1日8時間・1週間40時間の労働時間が通常である(労働基準法第32条)。しかし列車の運行は日中8時間で完結させるということはほぼ不可能である。2002年限りで廃止された有田鉄道(和歌山県)の末期は、一部土曜日や日曜日等の列車の運転が休止され、平日3時間弱の間にわずかに2往復という状況になった。

しかし、そのような例は稀で、鉄道事業においては運転間隔の長短はあっても早朝から深夜まで8時間を超えて途切れずに列車が運行されるのがほとんどである。その間運転要員の配置は必要不可欠である。

また、当初予定されていた運転士等が急な事情により乗務不能になった場合に備えて、予備の人員を確保しておかなければ列車の運転を維持できないケースもある。

運輸交通業の特殊性

このような事業に対応するために変則的な労働時間が定められることになる。特徴的なものを1つ挙げると、運輸交通業の予備勤務者については、1カ月以内の一定の期間を平均して1週間当たりの労働時間が40時間を超えない限度で、あらかじめ就業規則などで特定することなく1カ月単位の変形労働時間制(当該の1週で40時間超、1日8時間超)をとることができるとされている(労働基準法第40条・同法別表1四、労働基準法施行規則第26条)。

余談だが、規則第26条では「列車、気動車又は電車に乗務する労働者」と規定されている。列車、気動車または電車などと区分する理由も突き詰めてみたい。

また、労働者には原則として労働争議をする権利が認められているが、鉄道のような公益事業に携わる者が労働争議を起こすときには、10日前までに労働委員会と厚生労働大臣または都道府県知事に争議予告をすることが必要とされている(労働関係調整法第8条第1項第1号、第37条第1項)。列車の安定的な運行はそれだけ社会にとって重要視されているということである。

24時台が5年前の80%程度だとはいっても、大阪駅、京都駅、三ノ宮駅の利用者の絶対数(大阪駅43万3637人、京都駅20万0426人、三ノ宮駅12万4917人。いずれも2018年度1日平均の乗車人員)からすれば深夜帯でも相当程度の利用者がいることは明らかである。

深夜にも公共交通機関が動いていることを前提に街の機能や生活が成り立っている以上、それを支える手段である公共交通機関が深夜の運転をやめます、ということは、正当なダイヤ改正の手段によるとしても簡単に行われるべきではない。

生活のあり方を変える一里塚か

コンビニエンスストアやファミリーレストランも深夜帯の営業時間短縮の動きが始まりつつあるが、これらは深夜営業をやめても利用者の対処が容易である。必要なものは予め買っておけばいいし、深夜にファミリーレストランを利用しなければならない事態はそうない。しかし、公共交通機関はそうはいかない。

列車の運行確保と安全確保は相反することもある。その調整は時に困難を極めることもあるであろう。毎日終電を繰り上げなくても、深夜ダイヤを曜日ごとに細分化して保線作業の時間をひねり出すということも考えられる。

JR西日本では、接続する他の鉄道事業者とも議論をするとしており、観光施設等の深夜営業の動向も勘案していくとしている。

これを機に、鉄道事業者だけでなく自治体や鉄道事業以外の事業者団体なども巻き込んで、そもそもの深夜の人の動きを制御していく動きを作ることもありうるのではないだろうか。そうなれば、このJR西日本の投げかけは今後の人の生活のあり方を変える一里塚になるかもしれない。