2006年のWBC大会で判定を巡り抗議を行った王貞治氏(左)とボブ・デービットソンさん【写真:Getty Images】

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一塁コーチャーの「セーフ」「捕手のミットずらし」「試合後の抗議」審判員を30年務めた山崎夏生氏が指摘するポイント

 1982年からパ・リーグの審判員を務めた山崎夏生さんは、2018年に審判技術指導員を退職した後、審判の権威向上を目指して講演や執筆活動を行っている。今回は審判員から見た国際大会のマナーや誤審問題について解説。日本は「マナーが悪い」と言われているという。その理由は……?

 国際大会の歴史にも、審判の存在が印象強い大会もあります。2006年のWBCのボブ・デービットソンさん。日本でも有名な審判です。

「世紀の大誤審」と言われた騒動は2次リーグ初戦の米国との一戦で起きました。3-3の8回1死満塁。岩村明憲選手の左飛で、三塁走者の西岡剛選手がタッチアップし、生還しました。しかし、米国代表・マルティネス監督が、離塁が早いと抗議し、判定が覆りました。

 審判の立場から言わせていただくと、日本のチームを応援したいけれど、非難する気持ちにならなかったです。それも野球のうちなんだと。もちろん、なぜ、あれが(離塁が)早く見えたのかな? という素朴な疑問はありましたが……。また、米国の監督が抗議に言っていますが、ジャッジは塁審が下すべきじゃなく、球審がやるべきところ。だけど、責任審判の名のもとに彼がひっくり返してしまった。本来は球審がやるべきジャッジを塁審がやってしまったからです。審判3人がアメリカ人で、1人がオーストラリア人だったこともシステム上、大きな問題だったと思っています。

 あの時、「しっかり見ろよ」とか、言わないのが侍ジャパン・王貞治監督らしかったです。私が後で聞いたのは、王さんの抗議は離塁ではなく、ベースボール発祥の地の審判が、それ(簡単に判定をひっくり返す)をやるのはおかしいんじゃないか、と。まだ審判の判定は絶対、という時代でしたから。では、そんな誤審を選手たちはどう捉えればいいのか。切り替えは難しいと思います。審判を変えることはできませんから。ストライクゾーンの問題も同じです。彼らは彼らのルールでやるので、事前のリサーチや準備で対応するしかありません。外のコースが広いなら、踏み込んで打つなど、そういう対応と戦略、心の準備が重要となります。

 これから国際大会に臨む各カテゴリーの選手たちに審判の立場から伝えたいことがあります。それはマナーです。日本は世界ランキング1位の国なのに、他の国の審判やチームからもマナーが悪い、と批判的なことを耳にしました。

 例えば、平気で一塁コーチが「セーフ」と手を横に広げる動き。よく見ますよね。当たり前のようにやっていますが、「日本には、なぜ一塁に審判がもうひとりいるんだ」と激怒していた審判もいました。日本特有のものなのですが、私も厳しく、NPBの監督会議で言ってきました。コーチたちの言い分は「思わず出ちゃう」ということでした。高校野球では厳しく注意しているのでなくなってきています。子供が守れているのですから、プロのコーチたちにも守ってほしいと思います。

 捕手のミットずらしも評判が悪いです。それは審判をだまそうとしている意思表示と捉えられます。いつまでも、ストライクを取ってもらえるように構えたままでいるのも審判への侮辱行為です。アメリカの審判はそういう仕草を捕手が見せたら、迷わず「ボール」と宣告します。なんでボール?と捕手が聞くと「お前がミットを動かしたから」と返しています。

キャッチング次第で審判の侮辱につながる 試合後の抗議もマナー違反

 キャッチングとはしっかりと見せることだと思います。ヤクルトの古田敦也氏や横浜、中日で活躍した谷繁元信氏といった長くレギュラーだった捕手は上手でした。キャッチングが本当に丁寧でした。下手な捕手はミットを大きくずらす。ずらすことを教えるコーチもいるとも聞きます。

 また、国際大会の試合後に、審判室へ文句を言いに行くという場面も見られますが、ゲームが終われば、ノーサイドです。ただの質問かもしれないですが、終わったことに対する質問はクレームと一緒です。そこで回答を得られて、ミスを認めさせて何になるのでしょうか。ゲームは戻りません。潔くない。国際大会で審判をする人たちはライセンスがあり、トップレベルです。代表として選ばれている人が、精いっぱいのジャッジをしています。ミスに映ることもあるかもしれませんが、文句を言うのは、彼らに対する敬意がありません。

 審判への敬意を持て、と、一方的に言っているのではありません。ジャッジする側も反省は必要ですし、技術向上のための努力を怠ってはいけません。審判よ、しっかりしろーという思いで見ているファンも多いと思いますから。

 ミスジャッジと思われるような場面があれば、試合後は審判団もミーティングをしています。下されたジャッジに疑問が生まれたら、試合中であるならば、他の3人の審判が協議する必要があります。1番いいのは、そういう方法を取って、その場で正しいジャッジに訂正するということだと思います。ゲームの責任は全審判員にあります。審判を「クルー」と呼ぶのは、船の乗組員を意味するからです。全員で安全な“航海”をしましょうという意味です。

 安全な航海はもちろんですが、審判の誤審や好ジャッジも球史を彩ってきました。何が起きるかはわからない。歴史の証人になるのも、野球を楽しむひとつだとも、思っています。(山崎夏生/Natsuo Yamazaki)
1955年7月2日、新潟県上越市生まれ。64歳。新潟・高田高、北海道大学で主に投手として硬式野球部でプレー。1979年に新聞社に入社も野球現場への夢を諦められずプロ野球審判員を目指す。1982年にパ・リーグ審判員に採用され、2010年まで審判員として活躍。その後はNPBの審判技術指導員として後進の育成。2018年に退職。現在はフリーで活動し、講演やアマチュアの審判員として現役復帰し、野球の魅力を伝えている。