公益社団法人・日本空手協会は、就労環境の改善を求める労働組合の代表を不当解雇するなど強権的な組織運営を行ってきた。体制を堅持するために協会が費やした弁護士費用は1億円に上り、しかもその資金に職員約30人分の退職積立金を流用していたことが、プレジデントオンラインの取材で分かった――。
撮影=プレジデントオンライン編集部
東京都文京区にある日本空手協会総本部道場の看板 - 撮影=プレジデントオンライン編集部

■訴訟費用や顧問料に年間1億円

プレジデントオンライン編集部が独自に入手した日本空手協会の帳簿閲覧資料によると、2015年4月〜16年1月までに協会が弁護士事務所に支払った総額は、9058万2009円。支払いは翌年3月まで続き、2015年度の累計は1億円を超えた。

1億円の支払先は5つの事務所で、いずれも協会の訴訟対応費や運営に関わる顧問料として協会が支出している。ちなみに、協会の収入源は3万7000人いる会員の登録費や昇段審査料(1段につき数万円)、大会の出場料などが主で、年間3億6000万円。全収入の約3分の1が弁護士費用に消えている。

別の資料にある弁護士費用の内訳では、事務所側が請求した案件(顧問料を除く)が11件あった。中でも、協会が職員に訴えられた2件の裁判に関する費用のほか、職員や会員との度重なるトラブルへの対応費用が際立って目立つ。空手協会が対応に1億円も投じている裁判やトラブルとは、一体どのようなものなのか。

「有志の会」がまとめた空手協会の弁護士費用の内訳表。訴訟対応のほか、「ご依頼の件」といった詳細不明の案件もある。

■職員に訴えられ、いずれも敗訴

1件目は、協会が正規職員として雇用している空手指導者「総本部指導員」で労働組合の代表だった尾方弘二氏が、協会から不当に解雇されたことをめぐり、解雇無効と地位確認を求めて提訴した裁判だ。一審判決、二審判決はともに協会の不当解雇を認め、2019年2月の最高裁判決で尾方氏の解雇を無効とし、1000万円を超える未払い賃金の支払いを命じる判決が確定した。

しかし、協会は判決が確定してから約半年が経過する現在も、尾方氏を復職させていない。(参考記事:8月5日「指導員を兵糧攻めにする日本空手協会の闇体質」)

2件目は、協会運営の中核を担う「代議員」の高橋優子氏が、中原伸之会長(当時)からその資格を剥奪され、地位確認を求めて協会を相手取り訴えを起こした裁判である。代議員は全国の本部・支部から選挙で選ばれ、協会理事を選任する人事権を持つ。

高橋氏は運営の改善を強く望み、2014年の代議員選挙に立候補、当選した。しかし、その後中原氏の判断によって当選は無効となり、訴訟に発展。16年3月の東京地裁判決は高橋氏の地位を認め、中原氏による当選取り消しを無効とした。協会は控訴せず、敗訴が確定した。

中原氏はなぜ高橋氏を当選無効にしたのか。判決によると、中原氏は高橋氏と労働組合代表の尾方氏が結託し、協会の運営に影響を与えようとしていると考えたという。

■消えた退職積立金と減価償却費

これら一連の裁判に加え、協会の体制に反発する代議員たちへの対応で協会の支出はみるみる膨れ上がったとみられる。協会運営の改善を目指すため、約100人いる代議員の一部は「有志の会」を結成。2015年から16年にかけ会計調査へ乗り出し、1億円に上る弁護士費用の支出と、その財源の大半が、協会職員の退職積立金(退職給付引当資産)と、協会が所有する建物の減価償却費から捻出されていたことが発覚した。

前出の資料によると、流用した金額は退職積立金から4100万円、減価償却費から4500万円。退職積立金は、総本部指導員に支払う目的で長年積み立てられてきた退職者のための資産である。協会関係者によると、退職金の総資産は2014年度末の1億500万円から18年度末には6500万円まで落ち込んでいる。

これらの資料を作成したのは、東京税理士会の清水高士税理士だ。2015年8月、同12月、16年1月と計3回にわたり協会の帳簿を閲覧し、その結果をまとめた。資料は全国の支部長に公開され、清水氏は「捻出は中原前会長の指導で進められたものと思われるが、当時の理事の責任も重い。理事会でどのような議論があったのか」と、財政運営を厳しく批判するコメントを付している。

この事実を受けた有志の会の数人は、2017年11月、当時の運営を担っていた理事らを相手取り、損害賠償を求めて東京地裁へ訴えを起こしている(現在も係争中)。

■協会名義のカードで年400万円超を「経費」扱い

写真=時事通信フォト
インタビューに答える中原伸之元日銀審議委員=2013年03月15日、東京都千代田区 - 写真=時事通信フォト

有志の会が問題視しているのは、弁護士費用だけではない。空手協会会長だった中原伸之氏は在任中の1986年〜2015年に、多額のタクシーチケット代を計上している。編集部が入手した資料には、14年2月〜15年3月にかけて使用したタクシーチケット代の内訳が書いてあり、その総額は163万6510円に上る。

会長の出席を要する協会の行事は、総本部(東京都文京区)で開かれる年1回の定例社員総会や年2回の定期理事会、国内外の選手を集めて行う全国合宿や協会主催の全国大会など年10件ほど。協会関係者によると、都外へ出るような長距離の会長公務は、1年を通してほぼないという。163万円分のタクシー代は、一体どのような目的で使われたのだろうか。

また、資料では、同じ時期に専務理事を務めていた森俊博氏による協会名義のクレジットカード(コーポレートカード)の使用額も明らかにしている。2014年3月〜15年3月の1年間で支払った総額は438万6078円だった。内容は「旅費交通費、タクシー代、宴会等」となっているが、これとは別に現金でも約100万円の経費を計上している。年875万円の給与を合わせると、森氏1人に当てたものだけでも年間1400万円もの支出がなされている計算だ。

清水税理士がまとめた空手協会の帳簿閲覧結果の一部。中原氏のタクシーチケット代は約164万円、森氏のクレジットカード使用額は約439万円となっている

なお、これらは協会が毎年度公表している「正味財産増減計算書」の中にある支出項目のうち、「旅費交通費」「会議費」から抽出した金額である。他の項目でも支出が発生していたかどうかは明らかになっていない。

■スポーツ保険に入るも治療費は支払われず

協会の不透明な運営体制は、会計報告だけにとどまらない。協会は2005年ごろ、独自の傷害保険を作るため、「トータルネットワーク共済会」という名の共済事業を発足させたと会員に通知している。毎月500円の保険料を支払えば、会員が稽古や試合中にけがをした際、治療費を補償するスポーツ安全保険の役割を果たすものだ。加入パンフレットによると、入院すると1日につき3000円、死亡時には300万円が受け取れるという。

空手協会から届いた共済会への加入を促す会員あての通知文。パンフレットと共に全国の支部に配布された

共済会の代表には、当時協会の会長職にあった中原氏、幹部に植木政明氏(現首席師範)を据え、全国の本部・支部を通して入会を促した。加入を促す会員あての通知文には「公式試合に参加を希望する会員の皆様には万が一の事を考え、共済への入会を大会参加条件とさせて頂く予定」と書かれている。

ところが2007年、保険に入っている会員の1人が練習中にけがをし、診断書を添えて治療費を請求したところ、共済会から返答が得られなかった。話を聞いた別の会員が不審に思い、パンフレットに記載されている電話番号にかけると、「ティー・エヌ・カンパニー」という別の会社につながったという。

登記簿によると、この会社は2005年に設立したが、13年6月時点で閉鎖していた。事業目的は「清涼飲料水の製造及び販売」などと書かれ、共済の事業目的とは異なっていた。共済金5500円を支払ったのに治療費が受け取れなかった複数の会員は、2013年、詐欺などの容疑で警視庁富坂署に告訴状を提出。しかし、同署は「公訴時効(7年)に達しており、立件できない」として捜査を見送っている。

■「遺憾に思っている」、保険料の徴収は否定

プレジデントオンライン編集部は空手協会に対し、これらの問題点について問い合わせた。小倉靖典専務理事は、弁護士費用に1億円を支出した事実は認め、「遺憾に思っている」と述べた。しかし、「弁護士費用として1億円は適正な金額なのか」との質問に対しては、「コメントできない」とした。

また小倉専務理事は、「3年ごとにある内閣府の立ち入り検査が2017年にあり、協会の財政運営について是正を求められた。取り崩した退職積立金を今年度中に全額返済する。減価償却費についても今年度から返済を始め、21年度までに4500万円を復元する」と答えた。

退職積立金をめぐり、代議員に訴えられていることについては「訴えられていることは事実だが、係争中のため、コメントは控えたい」と述べた。

トータルネットワーク共済会については「名前自体は知っているが、協会として共済会を立ち上げた事実はない」と否定。さらに「中原前会長が個人的に立ち上げたやもしれないが、それを協会のスポーツ保険として会員に周知した事実はない」と説明した。

保険加入料を支払った会員が治療費を受け取れなかった事実や、保険加入を大会参加の条件とする旨が書かれた通知文を協会名義で出したことについては「記憶がない」と繰り返すのみだった。

■「公正妥当な会計処理とは認められない」

税理士の清水氏は、「最も問題なのは1億円を超える多額の弁護士費用だ」と指摘する。

内訳をみると、1回の社員総会を開くために「相談料」として600万円が計上されているほか、「訴訟対応費」として一度の支払いに2600万円を超えるものもあった。清水氏は書面で「公正妥当な会計処理とは認められない」として、支出管理について協会内でどのような議論があったのか説明を求めている。

公益社団法人とは、公益を生む目的のために厳しい審査を経て、内閣府や都道府県から認可を受けた法人団体だ。内閣府公益認定等委員会事務局が出しているパンフレット「民間が支える社会を目指して『民による公益』を担う公益法人」によると、公益法人のあるべき姿勢として「特定の者に特別の利益を与える行為を行わない」とある。

公益法人がその事業を行うにあたり、社員や理事などの法人関係者に「特別な利益」を与えることは法の趣旨に反する。だが、今回、プレジデントオンライン編集部が入手した資料を見る限り、30年間にわたり会長を務めてきた中原氏やその関係者が、空手協会を私物化している疑いがある。

中原氏は2015年に会長を退いているが、不当解雇された尾方氏が職場復帰できていないことから、現在の執行部にも影響力を持ち続けているとみられる。

「現執行部が中原前会長の体制を引き継ぎ、何ら運営改善が図られていないことが最大の問題」(協会関係者)と危機感を抱く一部の会員や職員は、適正で透明性のある運営体制を協会に指導するよう内閣府に相次いで要望している。

空手は東京五輪の新種目として注目を集めている競技だ。その中心となるべき空手協会が、このままでいいのだろうか。

(プレジデントオンライン編集部 内藤 慧)