「もしも」のときの対策を考えておくことは周囲への配慮にもなります(写真提供:武蔵シンクタンク)

真面目で実直なサラリーマンの孤独死

特殊清掃、略して"特掃"――。遺体発見が遅れたせいで腐敗が進んでダメージを受けた部屋や、殺人事件や死亡事故、あるいは自殺などが発生した凄惨な現場の原状回復を手がける業務全般のことをいう。そして、この特殊清掃のほとんどを占めるのは孤独死だ。

拙著『超孤独死社会 特殊清掃の現場をたどる』では数々の孤独死事例を取材したが、最も衝撃を受けたのは、高齢者よりも、30代、40代も含む現役世代の孤独死のほうがより深刻だということだ。

孤独死現場の遺品などにおいて感じるのは、何らかの事情で人生の歯車が狂い、その場に崩れ落ちてしまった現役世代の姿だ。孤独死の8割を占めるごみ屋敷や不摂生などのセルフネグレクト(自己放任)は、"緩やかな自殺"とも言われている。

そんな過酷な特殊清掃現場に、日々向き合っているのが特殊清掃業者だ。

「うちにやってくる孤独死の特殊清掃の8割以上は65歳以下なんです。65歳以上は地域の見守りがなされていて、たとえ孤独死したとしても早く見つかるケースが多い。孤独死が深刻なのは、働き盛りの現役世代なんです」

事件現場特殊清掃士として働く、武蔵シンクタンクの塩田卓也氏は語る。

ある日、塩田氏が管理会社の依頼を受けて、東京都某市のマンションのドアを開けると、廊下に突然、ジャングルジムのようなメタルラックの仕切りが現れた。その上にサーバー機が何十台と並べられ、HDDと配線、その熱を放出するためのファンとサーキュレーターが、ひしめき合うように圧縮陳列され、張り巡らされていた。その隙間にも、キーボードやマウスが足の踏み場もないほどに置かれている。

この部屋に住んでいた40代の男性は、東北地方から上京し、ウェブ関係の専門学校に進学。卒業後、都内のウェブ制作会社に就職したが、一度も無断欠勤をしたことはなかったという。長い休みが明けた後に、なかなか出勤しないことを心配した同僚がアパートを訪ねると、そこにはすでに事切れた彼の姿があったのだという。死因は急性心筋梗塞だった。

この部屋の特殊清掃は難航を極めた。サーバー機に阻まれ、奥に進むことさえできなかったからだ。その隙間には、インスタントラーメンの食べかすや、空のコンビニ弁当、飲みかけのコーヒー牛乳が溢れ返って、いくつもの層を作っており、ハエが集っていた。10年以上原状回復工事に携わっている塩田氏でさえも、たじろぐほどの異臭であった。

男性は欠勤することなく会社に通勤しつつも、何十年に渡って不衛生な環境で、不摂生な食生活を送っていたと塩田氏は、すぐに察知した。

黒い染みの様子から、男性はサーバー機のわずかな隙間に埋もれるようにして亡くなっていたという。

「しょこたん」(中川翔子さん)や水樹奈々さんのファンだったようで、初回限定版のCD・DVDや写真集、漫画本などが見つかり、そのほとんどが未開封で、アニメのポスターと一緒に棚に積まれていた。

数日間かけて、ようやく無数に張り巡らされているサーバー機と配線を外したが、室温はゆうに40度を超えており、一歩間違えば火災の危険があったという。

「急性心筋梗塞による孤独死は、働き盛りの30代、40代の男性に圧倒的に多いんです。その生活ぶりをみていると、仕事には真面目で実直な人ばかりなんです。その分、趣味などで自分の世界にこもりがちで、世間との軋轢も多くて、普通の人よりもストレスを抱えやすいのだと思います」

真面目な人ほど、セルフネグレクトに陥りやすい

メタルラックに掛かっていた布をめくると突然、小さな仏壇が出てきた。その奥には、2つの位牌と写真数枚が置かれていた。それは、男性の母親と妹の写真らしかった。写真をめくると、原形が判別できないほどに潰れた車の写真があった。男性は若い頃に、交通事故で母と妹を同時に亡くしていたことがわかった。肉親を同時に2人も失ったことは、男性にとってとてつもない大きな悲しみだったのではないかと、塩田氏は声を詰まらせた。

「現役世代の特殊清掃の現場で思うのは、なぜ普通の人よりも真面目にやってきた人が、若くして亡くなって、何日も発見されないんだろうということです。世の中には、仕事もそこそこにこなして、毎日楽しく、楽に生きている人もたくさんいるはず。それなのに、仕事に一生懸命打ち込んできた故人様のような方が、セルフネグレクトに陥ってしまい、孤独死するケースが多い。切ないですよね。特殊清掃を仕事にしている僕が言うのもおかしいと思われるでしょうが、孤独死は減ったほうがいいと思うんです」

塩田氏はすべての作業が終わると、「いつか生まれ変わったら、亡くなったお母さん、妹さんと故人様が、笑顔で再会できますように」と心の中で祈り、涙ながらに深く手を合わせた。

生涯未婚率の増加などによって、単身世帯は年々増加の一途をたどっている。2030年には、3世帯に一世帯が単身世帯になる。このように、単身世帯が右肩上がりで増え続ける現在、孤独死は誰もが当事者となりえる。とくに、地域の見守りなどが充実している高齢者と違って、現役世代のセルフネグレクトや社会的孤立は、完全に見過ごされているといっていい。特殊清掃の現場は、それを私たちに伝えている。

孤独死は決して高齢者だけの問題ではなく、30代、40代などの働き盛りにも十分に起こりうる。失業や過労、病気、失恋などによって、立ち上がれなくなり、誰からも手を差し伸べられることなく、社会から静かにフェードアウトして、孤独死してしまう。それは、30代の私も含めて、他人事ではないということを拙著の取材を通じていちばん感じたことだ。

孤独死対策

携帯電話を孤独死防止につなげられないか――。高齢者ではなく現役世代をメインターゲットに、孤独死を防ごうという動きも出てきている。

例えば、孤立死救済・回避支援アプリ「元気にしTEL?!」は、NPO法人「楽市楽画」によって、開発されたAndroidスマートフォン用アプリケーションだ。これは、画面をスワイプするか、充電器を抜き差しするだけで安否確認を行うことができるというというものだ。こちらは一定時間以上、スマホの充電器が充電しっぱなしになっていたら、SOSのメールが登録先に送られるという仕組みになっている。

このアプリは、自動でスマホにメッセージを表示するところから始まる。午前6時、正午、午後6時に、安否確認画面が表示されるので、画面をスワイプするか、充電器を抜き差しすることで、安否確認が終了。そして、スマホの充電器といった、絶対に毎日使用するものを使っているのがミソだ。

この「元気にしTEL?!」というサービスは、アプリをダウンロードして、最初に通報先のアドレスを入力、安否確認サイクルの日数を設定するだけで完了する。使用端末がスマホで、いちばん安い月額100円のコースには、「親元を離れた学生や、単身赴任など、1人で暮らす時間が長い方を主な対象としています」という解説文がついている。

このアプリを開発した打田純二氏は、かつて生命保険会社に勤めており、数多くの孤独死の事例に接してきた経験が開発の動機になったと話す。

「私が生命保険会社に勤務していたときも、年上の元部下が金曜日には会議に出ていたけど、月曜日に出社して来なくて、実は孤独死していたということがあったんです。

孤独死と一口に言っても、病状によってはすぐに亡くなるわけではなく、たまたま1人だったために助けを呼べずに、数日間生きていたケースも数多くあるんです。早く見つかれば死なずにすんだケースです。何とかして、孤独死を防ぎたいという思いから、このアプリを開発しました」


特殊清掃業者だけでなく、事故物件を扱う不動産関係者に話を聞くと、現役世代の孤独死が決して珍しいわけではないことがわかる。長時間労働や不摂生などの複合的な要因が絡み合って急病になったり、突発的な事故で動けなくなったりした20代〜30代の人が、救助できる人間が身近にいなかったために死亡後に発見されるケースがかなりあるのだ。

現に2011年には、当時19歳だった大学生が、119番に通報したものの、自力で病院に行けると判断され救急車の出動がなされず、9日後に遺体で発見されるという痛ましい事件が起こっている。

手軽に扱えるスマホのアプリを利用するなどして「もしも」のときの対策を考えておくことは、自分の命、そして仮に孤独死という事態に陥ったとしても、周囲への負担を軽減することに繋がるのかもしれない。

人とのつながりももちろん大切なことだが、利便性の高いIT技術も人助けの一役を担っている。多様な選択肢があることをもっと知ってほしい。