時代劇専門チャンネルで2月から放送予定の「闇の歯車」。1月19日から映画館で先行上映も実施される ©2019「闇の歯車」製作委員会

「時代劇」はこのまま衰退するコンテンツとなるのか――。

1990年代後半以降、民放テレビ地上波で制作される新作時代劇は減少の一途をたどり、2011年の「水戸黄門」終了により、民放における時代劇のレギュラー枠が消滅。特番や大河ドラマなどを放送しているNHKを除けば、レギュラー番組として民放で時代劇を観られる機会は激減した。

そもそも時代劇は戦前の映画界の中心的役割を果たし、戦後もGHQによる規制が一時あっても根強い人気を誇っていた。その後、テレビが家庭に普及し、映画業界が斜陽化しはじめた1960年代以降は、映画界で時代劇を制作していたスタッフの多くがテレビに活躍の場を移す。テレビ向けの時代劇が数多く作られるようになったのは、その頃からだ。

いつしか時代劇は「シニアのためのもの」に

テレビという安定した供給ルートを確保した時代劇の製作陣は、大量生産時代に対応するべく、勧善懲悪をベースとした物語の基本フォーマットを編み出す。「水戸黄門」「銭形平次」に代表されるような数々のヒット作が誕生していくが、そのパターンも1970年代後半ごろを境にマンネリ化が叫ばれるようになっていった。1980年代にはトレンディドラマといった若者向けドラマが主流となり、時代劇は老人が観るもの、古くさいものだと、しだいに言われるようになってくる。

さらに、現代劇に比べて、時代劇は予算、技術、セットなどが必要となる。そのため、景気低迷が続いた1990年代後半から2000年代になると、民放地上波から時代劇のレギュラー枠が減少していく。安定した職が保証されない状況下で、技術を持ったスタッフも流出していく。そして2011年、最後の砦だったTBSの「水戸黄門」が終了し、時代劇のレギュラー枠は民放から消滅。NHKが作る時代劇のみとなってしまった。

だからといって、時代劇や時代劇人気が完全に消滅したわけではない。コンテンツはBSデジタル放送やCS放送、そして映画などで時代劇は細々と作られ続けている。そして隆盛だった時期に視聴していた高齢者を中心に、しっかりとお茶の間に根付いている。

現に日本映画放送が運営する「時代劇専門チャンネル」は、多くのシニア層の加入者に支えられているという。2017年には、同社が手がけた時代劇を朝10時から映画館で観賞できる「グッドモーニング時代劇」をテアトル新宿などでスタート。シニア層が多数来場し、成功を収めた。ネットでは、2018年6月から「amazonプライムビデオチャンネル」内に有料の「時代劇専門チャンネルNET」を開設。こちらも順調に視聴者数を伸ばしているという。

総務省が発表した統計によると、2017年の65歳以上の人口は3514万人で、人口全体の27.3%をシニア層が占める計算だ。そんなシニア層が時代劇を支えているのは間違いない。


「闇の歯車」の原作は藤沢周平が発表した傑作サスペンス。俳優の瑛太を主演に、橋爪功、緒形直人といったキャストがそろう ©2019「闇の歯車」製作委員会

ただ、そうした時代劇を支えていた視聴者層のさらなる高齢化が進む。将来を考えると、どうやって新規の視聴者を獲得するかが急務となっている。そのためには、時代劇という形式は守りつつも、ストーリーや見せ方など、幅広い層に見てもらうための新しい形を提示することが必要になっている。

「時代劇専門チャンネル」が手がけた「闇の歯車」は、そんな「新時代の時代劇」を予感させる作品となっている。同チャンネルの開局20周年を記念して、スカパー!やカンテレ、マイシアターD.D.と共同で製作された作品だが、物語は、行きつけの酒亭に集まる4人の男が、謎の男から、さる商家に眠る700両を盗むという悪巧みを持ちかけられるところから始まる。そこから、彼らの人生の歯車が、彼らを取り巻く女性たちをも巻き込み、静かに狂い始めるさまを描き出す。

オーシャンズ11ような時代劇をつくる

大きな特徴は、勧善懲悪という時代劇で抱くイメージとは異なる「本格的なサスペンス」に挑戦しているということだ。

時代劇専門チャンネル編成制作局の宮川朋之局長は、「時代劇で『オーシャンズ11』のようなサスペンスをつくりたかった。この原作なら、年齢差があるバディものとして見応えのある作品になるはず」と、この作品を選んだきっかけを語る。

原作は時代小説の名手・藤沢周平が発表した傑作サスペンスで、犯罪という人間のダークサイドに切り込んだ。そして俳優の瑛太を主演に、橋爪功、緒形直人、中村蒼、蓮佛美沙子、高橋和也、石橋静河ら豪華キャストが集結。従来の時代劇ファンはもちろんのこと、若者層にも訴求できそうなキャスティングだ。


「時代劇で『オーシャンズ11』のようなサスペンスをつくりたかった」と語る時代劇専門チャンネルの宮川朋之局長(編集部撮影)

チャンネル加入者以外にも観てもらえるよう、2月9日からの放送に先駆けて、1月19日より5大都市での映画館での上映にこぎ着けた。

従来の劇場作品は公開から半年後にDVD・ブルーレイなどのパッケージ化、さらにその半年後にテレビ放送という流れとなっているが、劇場上映と、「時代劇専門チャンネル」での放送開始を極めて短いスパンで展開。チャンネル加入者のみならず、より多くの観客が触れる機会をつくった。

劇場での先行上映について、前出の宮川局長は、「放送が先か、劇場公開が先かということにはこだわらない。むしろしっかりとお金をかけて、再放送に耐えうる作品を作らないといけないという思いのほうが強かった。劇場を通じて時代劇専門チャンネルのことを知ってもらえればいい」と語る。

その言葉どおり、宣伝展開も従来の高齢者向けの展開ではなく、スタイリッシュな側面をアピール。モノトーンを基調としたノワール風のポスター・チラシビジュアル、そして活劇を強調したスピーディーな予告編など、時代劇というよりは洋画の活劇といった宣伝展開を行っている。


洋画のようなポスタービジュアルで、シニア層以外にも作品を訴求 ©2019「闇の歯車」製作委員会

本作は東映の協力のもと、時代劇を熟知した京都の職人スタッフが参加している。テレビ放送用で制作された作品でありながら、巨大スクリーンでも上映が十分可能なクオリティーであることも、劇場公開の決め手となった。

クオリティーという点では、作り手の後継者育成という課題にも向き合っている。

日本映画放送の社長は、ドラマ「北の国から」などで知られる杉田成道氏。杉田氏が監督を務めた映画『最後の忠臣蔵』(2010年公開)は、製作協力として松竹京都撮影所が参加していたが、この時のスタッフが平均年齢60歳を超えている現状に、「時代劇を作り続けないと、若い人が入らずスタッフが高齢化していくだけになる。技術を途絶えさせないためにも、リスクはあるが、オリジナルを作り続けないといけない」と危機感を抱いたという。

365日24時間時代劇放送を掲げる「時代劇専門チャンネル」にとっても新作が作られないのは死活問題。テレビで過去に数多くの時代劇が放映されたといっても、その遺産には限りがある。ドラマ史上最長の話数を誇り、ギネスにも認定された「銭形平次」でさえ全888話だが、1日1話放送すれば、2年半で終わってしまう。

技術継承のためにも新作の継続が必要

そうしたことから、「時代劇専門チャンネル」では、オリジナル新作の製作に力を入れてきた。人気小説「鬼平犯科帳」の盗賊たちを描いた「鬼平外伝」シリーズを筆頭に、藤沢周平原作・仲代達矢主演の「果し合い」など、池波正太郎、藤沢周平といった時代小説の名手たちの作品を映像化し、高い評価を受けてきている。今回の「闇の歯車」もその延長線上にあるといえる。安定的に作品が作られるようになったことで、撮影所には活気が戻りつつあるという。さらに20代の新しいスタッフも入ってきており、後継者の育成も進んでいるという。

「時代劇というとシニアのためのもの」からの脱却を目指す動きも出ている。映画界では、2017年には岡田准一主演の『関ヶ原』、大野智主演の『忍びの国』、そして小栗旬主演の『銀魂』といった従来の時代劇の枠にははまらないような作品も含め、多様なジャンルの作品がヒットし、多くの若い観客が劇場に足を運ぶようになった。2019年も松坂桃李主演の『居眠り磐音』、星野源主演の『引っ越し大名!』といった作品の公開も予定されている。

また、「戦国BASARA」「刀剣乱舞」といったゲーム、アニメなどをきっかけに歴史に興味を持つ女性が増えるなど、若年層にも時代劇を見直す土壌が生まれてきている。

時代劇の灯を絶やさないための試みが実を結ぶのは、そう遠い話ではないかもしれない。