なぜ『聖闘士星矢』の人気キャラが「女性」に改変されたのでしょうか?(写真:Netflixの公式YouTubeアカウントより)

Netflixが来年夏全世界配信する3DCGアニメ『聖闘士星矢:Knights of the Zodiac』が、早くも論議を呼んでいる。主要キャラクターのひとり、アンドロメダ星座の瞬が、男性から女性に変えられたせいだ。

80年代後半に制作された日本のアニメと原作漫画では、主要キャラクター5人全員が男性。当然ファンの抵抗は大きく、12月8日に予告編がYouTubeにアップされると、「いいね」がおよそ6000近くついたのに対し、「やだね」は1万件以上もついた。

それを受けて、プロデューサーのユージーン・ソンは、「30年前なら、男ばかりの集団が世界を救っても問題はなかった。当時はそれが普通だったからだ。だが、世の中は変わった。今は、男と女が一緒に仕事をするのが普通。僕たちは、そういうのを見慣れている。男だけのものにしてしまったら、視聴者は、僕らが何かのメッセージを送っていると受け止めてしまうだろう」とツイートで言い訳をしている。

それがまた火に油を注ぎ、ネット上には「原作に敬意を表するより、政治的な課題を優先するんだね」「男女を変えるのにはいつだって反対。その裏には必ず政治があるから」といったネガティブな投稿が集まることになってしまった。ソンのツイートは、その後、削除されている。

「ポリティカル・コレクトネス」の問題

ソンの言うことと、ファンの言うことは、いずれも的を射ている。裏にあるのは、間違いなく「ポリティカル・コレクトネス」だ。

ハリウッドでは昔から男女不平等がはびこっており、ロマンチックコメディなど一部を除けば、主役はたいてい男性だった。女性はスクリーンに花を添える役割で、若く美しいことが大前提。男が50代、60代になっても主役を張れるのに対し、そのお相手はいつまでも20代だ。歳を取ればお役御免。次には若い子がまたどんどん出てくる。

そういった状況に対し、近年は是正を求める声が上がり始めた。昨年末には、ハリウッドで最もパワフルな女優や女性業界人が中心となり、「#TimesUp」(もうおしまい)という、男女平等の抗議運動を起こし、批判はピークに達している。

しかし、業界内では、それを待たずしても、少しずつ耳を傾ける動きが出てきていた。たとえばこの夏には『オーシャンズ11』を女性でリブートする『オーシャンズ8』が公開されている。

また、来年にはメル・ギブソン主演の2000年映画『ハート・オブ・ウーマン(原題:What Women Want)』を、男女を入れ替え、タラジ・P・ヘンソン主演でリブートする『What Men Want』が北米公開される予定だ。しかし、2016年の女性版『ゴーストバスターズ』が保守派の男性からバッシングを受けたことを振り返れば、この流れが受け入れられるようになったのが、ごくごく最近であることがわかる。

そして、『オーシャンズ8』や、夫を亡くした妻たちが暴れまくるヴィオラ・デイヴィス主演の『妻たちの落とし前』(来年4月日本公開)にも明らかなように、ただ女を主人公にすればすむわけではなく、その女たちは、男並みに強く、しっかりして、複雑な人間性を兼ね備えていなければいけない。

近年、ハリウッドで最も耳にする言葉のひとつは「strong female character(しっかりした女性のキャラクター)」。女優は「そのひとりを演じられて光栄」と語り、プロデューサーや監督は「そういう女性像を映画に入れるのは重要なこと」と、誇らしげに語る。たとえば戦場を舞台にした歴史物など、実際にその場には男しかいなかったという話ならともかく、「strong female character」を出せる余地があったのに出さなかったとあれば、今の業界では、まるで罪を犯した者のように扱われる状態なのだ。

Netflixが女性に配慮する目的

聖闘士星矢』には、もちろん、強い女性を出してくる余地がたっぷりある。日本では2017年に公開された『パワーレンジャー』だって5人のうちふたりが女なのだから、ひとりではなくふたりにしてもいいくらいだ。だから、やらないわけにはいかないのである。

だが、本当にその目的を貫くなら、別のキャラクターを選んだほうがよかったかもしれない。女性にするキャラクターに、繊細な心を持ち、ピンクの鎧をつけている瞬を選んだことに対しては、「それ自体が女性差別的発想」という批判が上がっているのだ。

このやりかたは中途半端で「偽善的」と非難されるのもやむをえない部分がある。と言うと、「そんな大人の論議をアニメの世界にまで持ち込まなくても」という声も聞こえてきそうだが、それは違う。むしろ、アニメだからこそ大切なのだ。

アニメというジャンルは、近年とくに、ハリウッドにおける稼ぎ頭。だが、時代の流れとともに、アニメのキャラクターも進化してきた。今のアメリカの “意識高い系ママ”は、王子様に救われるのを待っているお姫様の話は、娘によくない影響を与えると考える。彼女らが娘に与えるのは、妹が果敢に姉を救う『アナと雪の女王』や、やはり女の子が大活躍する『モアナと伝説の海』のようなアニメだ。

また、ストリーミング業界で競争が高まる中、Netflixにとって、オリジナルアニメは重要な戦力になってきている。ディズニーとワーナーが自社のストリーミングサービスを立ち上げるに当たり、次々にNetflixから作品を引き揚げていく中、Netflixはますますオリジナル作品の製作に忙しいのだが、中でもとくに子供を引きつけるアニメを豊富に揃えることは、会員の確保上、不可欠なのだ。

すでにAmazon Prime VideoやHuluといったライバルがいるうえ、ディズニーとワーナーまで増えると、一般人は、「全部払うのは大変だから、どれかを解約しよう」と思う。そんなとき、もしわが子がNetflixでしか見られないアニメを気に入っていたら、「これはやめるわけにはいかない」と考えるからだ。

もちろん、Netflixが『聖闘士星矢』に関して下した決断についての不満をソーシャルメディアに投稿した人たちは、親の了解を得なくても好きなものを好きに見られる世代だろう。だが、いくら世界的にアニメが成熟した文化として認められていても、アメリカで予算をかけて作られるとあれば、子供も見られることが前提となる。そうやって作られても、それをわが子に見せるかどうかは、それぞれの親の判断だ。

「この時代に、5人のヒーローが全部男なんですってよ。何を考えているのかしらね」などと最初から悪評が立ってしまっては、せっかくの投資が台無しになる。

この一件の背景にポリティカル・コレクトネスがあるのはたしか。だが、ポリティカル・コレクトネスの背景にあるのは、ビジネスだ。これは決して、Netflixがフェミニストを支持していることを意味しない。ハリウッドを動かすのは、いつだってお金。この先、ヒーロー像がどんなふうに変わっていこうが、そこだけは変わらないのである。