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競争心が強く、バリバリと仕事をする「オレ様系おじさん」は、他人へのダメ出しが大好きだ。なぜなのか。それは「気持ちがいい」からだ。人間は「ひとり語り」をしているとき、お金や食べ物、セックスと同じような快楽を感じるという。ダメ出しと快楽のメカニズムについて、コミュニケーション・ストラテジストの岡本純子氏が解説する――。

*本稿は、岡本純子著『世界一孤独な日本のオジサン』(角川新書)の第4章「オジサンたちのコミュ力の“貧困”」の一部を再編集したものです。

■ダメ出し文化の日本の職場にくすぶる「報われない感」

アメリカ人のお笑い芸人、厚切りジェイソンさんは、「仕事と遊びを一緒にしちゃいけないよね」というツイッターユーザーの声に、「なんで? 逆に仕事楽しまないと人生つまらないと思うけどな」「楽しい=不真面目と勘違いしている日本人多いな」と日本人の仕事観に疑問を呈した。そもそも、日本人には「仕事=苦行」、という観念もあるのかもしれない。

そういった「我慢の美学」は確かに欧米にはあまりない。

「多くの脳科学研究から明らかになったのは、一生懸命、働いて成功すれば幸せになるのではなく、幸せだからこそ、成功するということ。だから最初に、幸せになることを見つけろ。そうすれば、成功があなたを探してついてくる」

スタンフォード大学の研究者、エマ・セッパラ氏が行った「幸せ」についての研究が最近、米国で注目を集めている。我慢して働けば幸せになれるかもと考える日本人の「生産性」は低い、ということだ。

「我慢強い」日本人は、たとえ、相手に嫌気がさしても、愛情がなくなっても、「腐れ縁」で続ける結婚生活が非常に多いが、欧米人にはそんな我慢強さや諦念はみじんもなく、とっとと、別れる。離婚したくなければ、必死に相手のご機嫌もとるし、プレゼントも欠かさないし、「きれいだよ」「素敵よ」「愛しているわ」と言い続ける。会社との関係も同じだ。社員に気に入られなければ辞められてしまうから、会社もラブコールを続けるし、社員もそれにこたえようとする。

▼お互いに言葉をケチりがちなマンネリ夫婦のような上司と部下

日本の企業と社員は「お互いの良さを忘れてしまったマンネリ仮面夫婦」のようなものかもしれない。「釣った魚にエサはやらぬ」と言わんばかりにお互いに忍従を強いる会社システムではやはり、不満の巣窟にならざるを得ないだろう。離婚(転職)して、世間の相場を知れば、案外お互い悪い相手ではなかったと思うこともあるかもしれないが、我慢して一緒にいることを選択すれば、比較検討する対象もなく、本当の価値を見直す機会もない。

マンネリ夫婦は、お互いに言葉をケチりがちだ。ほめるよりもダメ出しをしたがる。日本の職場にくすぶる「報われない感」の根底には、こうしたネガティブ優先のコミュニケーション文化があるように思える。

■「ダメ出し」がデフォルトな上司が部下を潰す

大手広告会社の電通において入社1年目の女性社員が過労自殺した問題では、長時間労働ばかり問題視されることが多い。しかし、あの問題の根幹にあるおじさん上司の部下に対する「コミュハラ」も見逃してはいけない。「女子力がない」「残業時間はムダ」「髪ぼさぼさで出勤するな」。(自殺した)彼女のツイッターから垣間見える上司の言葉は、ねぎらいや励ましではなく、典型的な「ダメ出し」コメントばかりだ。

そもそも、人は「ネガティビティバイアス」といい、ポジティブな情報よりネガティブな情報に意識がいきやすいことがわかっている。

だから、上司は部下のネガ情報にばかり目が行き、「ダメ出し」をするし、部下はポジティブなフィードバックよりネガティブなフィードバックばかりが気になってしまう。そんな「ネガ」主流のコミュニケーション文化では、社員をうまく動機付けなどできるわけもない。社員が日本の会社になかなか「やりがい」や「満足感」を覚えにくい理由の一つになっているのではないだろうか。

日本の職場の中でも、特にスポ根的なテストステロン(男性ホルモン)カルチャーの企業はこうした傾向が強い。そういう会社で厳しい競争に勝ち抜き、出世するのは、矢のような「ダメだし」に耐え抜く「鋼(はがね)の精神力」を持った企業戦士であり、部下の身の上を心配するような「共感力」の高い人であることは少ない。

部下を叱咤し、統率するそうした上司は成果を出しやすいので、幹部の覚えもいい。残業も厭わないし、権力欲は強いので、猪突猛進だ。自分自身が「ダメ出し」で鍛えられてきたから、それが部下へのコミュニケーションのデフォルトだと思っている節もある。

▼部下が社長に最も求めるもの「人の話を聞く力」

こうして、ポジよりもネガを拡大視するくせがついてしまうと、なかなかそのマイナス思考から抜け出ることができなくなってしまう。ほめるより、けなす、ケチをつける。こうして「愚痴」や「文句」が口癖の「ダメ出し」「説教」おじさんが量産されていく。

競争心が強く、バリバリと仕事をし、出世していく「オレ様系」おじさんは基本的に、人の話をあまり聞かない。筆者の実施した「コミュ力調査」によると、全国1000人の会社員が「社長に求めるコミュ力」として最も挙げたのは、「話す力」でも「説得する力」でもなく、「人の話を聞く力」であった。

自社の社長のコミュ力の問題点として指摘が最も多かったのは「話が長い」、その次が「対話ではなく一方的に話す」であった。それぐらい、エライおじさんは自分の話をしたがり、人の話に耳を傾けない。他人の言葉に惑わされず、潔い決断を下すことがリーダーシップという「妄信」。それによって、会社を死の淵に追いやり、社員を路頭に迷わせることになった事例は枚挙にいとまがないのだが、「独断的=優れたリーダー」信仰は根強いのだ。

■長々とオジサンが語りたがるのは「脳が気持ちイイから」

そんな「オレ様」系コミュニケーション事例にこんなものもある。

2017年6月に創刊した50、60代の男性向け雑誌『GG(ジジ)』の編集長が、雑誌のインタビューで指南した「おじさん向けのナンパ術」というものだ。

「(美術館に行き)熱心に鑑賞している女性がいたら、さりげなく『この画家は長い不遇時代があったんですよ』などと、ガイドのように次々と知識を披露する。そんな『アートジジ』になりきれば、自然と会話が生まれます。美術館には“おじさん”好きな知的女子や不思議ちゃん系女子が訪れていることが多いので、特に狙い目です。会話が始まりさえすれば、絵を鑑賞し終わった後、自然な流れで『ここの近くに良さそうなお店があったんだけど、一緒にランチでもどう?』と誘うこともできる。もちろん周辺の“ツウ好み”の飲食店を押さえておくことは必須です」(「週刊ポスト」2017年6月16日号より)

ネット上では「うっとうしい」「キモイ」と大ブーイングだったが、そんな「うんちくを語りたがるおじさん」は少なくはない。このように、男性が主に女性に対して、見下すように、一方的に解説・助言・説明することをアメリカではMansplaining(マンズプレイニング、man+explaining=説明する)と呼び、男性の独りよがりのコミュニケーションを揶揄することがあるが、そんな造語が最近、日本でも流布している。

▼「自分のことを話す時、人はセックスと同じ快楽を感じる」

ではなぜ、おじさんは語りたがるのだろうか。

それは、ずばり「気持ちがいい」からだ。米ハーバード大の心理学者ダイアナ・タミール氏らの研究(2012年)によれば、「自分のことを話す時、それが会話であろうと、ソーシャルメディア上であろうと、人はお金や食べ物、セックスと同じような快楽を感じる」のだそうだ。

約200人の脳をfMRI(機能的磁気共鳴画像診断装置)で調べたところ、被験者が自分のことを話している時、脳内の側坐核、さらに、腹側被蓋野と呼ばれる領域の動きが活発化するのが確認された。これらの領域は、神経伝達物質、ドーパミン放出に関係があるとされる箇所で、ドーパミンは快楽物質とも呼ばれ、食事やセックス、お金などの報酬やドラッグによって分泌されるものだ。

普段は、男性は女性より口数は多くない。しかし、「男性は、『世界に認めてもらいたい』、『より多くの人に影響力を与えたい』、『尊敬されたい』、という欲求があるため、人前で話す機会が与えられると、どうしても話が長くなる。大勢を前にした男性のスピーチは結局、ほとんど自慢」という説もある。

 

■「自分語り」のオレ様系上司が社員の士気を下げる

サラリーマンの場合、大体、年を取るにつれて、肩書は上がっていくケースが多い。また、目上の人に対して、敬語を使うといったように、縦の序列を意識した「上意下達」的コミュニケーションが一般的で、自然と年を取れば、話を黙って聞いてくれたり、調子を合わせてくれたりする後輩が増えてくる。

そんな調子で「オレ語り」がデフォルトになってしまう人も多い。最近、飲み会に参加したがらない若い人が少なくないと言うが、こういう「俺の言うことを聞け」おじさんの説教に辟易しているところもあるのではないだろうか。人(部下)の話を聞かない。アドバイスを求めようとすれば、必ず「自分の話」にすり替わっている。自分をアピールし、自分の手柄をなぜか話に盛り込んでくる。そんな「オレ語り」系のおじさん上司、皆さんの周りにも一人や二人必ずいるはずである。

▼SNSの8割は「自分の話ばかりする人」

もちろん、「話したがり」はおじさんばかりとは限らない。

英リバプール大学のロビン・ダンバー教授らの調査(1997年)によると、人は会話の60%、自分の話をしているのだそうだ。ソーシャルメディア上では、その比率がぐんと高まり、20%のinformer(客観的な情報を提供する人)であるのに対して、80%が“me”former(つまり、自分の話ばかりする人)。確かに、ソーシャルメディアには、「こんなおいしいものを食べた」とか「どこそこに行った」とかという、「自分話」であふれている。特に、セルフィー、ソーシャルメディア世代の若者に「ナルシスト」が増えているとする分析もよく見かける。

女性だって、おじさん以上に自分の話をする。しかし、一方的に話すことはなく、自分の話をし、相手の話も聞く。じゃんけんでいえば、あいこを続けるバランス感覚で、延々と「会話」を楽しむのだ。

このように、「ダメ出し」「自分語り」大好きなオレ様系上司が跋扈し、部下の働きを認めることも、ほめることもないという、深刻な職場の「コミュ力の“貧困”」が社員の士気を阻害し、日本の会社によどみを生んでいる。そうしたカルチャーの下で、本当のコミュ力を鍛えることのなかったおじさんたちが、仕事を離れた時、青ざめるのだ。「人とのつながり方がわからない」と。

(コミュニケーション・ストラテジスト 岡本 純子 写真=iStock.com)