18年間も巨人の控え捕手をつとめあげた「準備」の哲学
首脳陣は「新商品」が出れば、まず使ってみようと思うだろう。つまり、新人捕手が入団したり、トレードやフリーエージェントで他球団から捕手が入ってきたら、試しに1軍で起用してみる。もしその時、彼らがあまり使えなかったり、まだ1軍レベルの力が育っていないと判断されれば、信用できる「元々あった商品」を買うはずだ。加藤さんはそう考えて「そう思われた時のためにしっかり準備しておこう」と誓った。
加藤さんの「準備」とはどういうものか。「怪我をしない」のは大前提だ。故障していては「商品」にならない。その上で加藤さんが心がけていたのは「コミュニケーション」だった。
捕手というポジションは、バッテリーを組む可能性のあるすべての投手の球種やクセ、性格などを把握しておかなければならない。そして控え捕手は正捕手よりもはるかに多くの投手の情報を仕入れておく必要がある。ある程度組む投手のローテーションが決まっている正捕手と違い、控え捕手は1軍・2軍問わず、どんな場面で誰の球を受けるかわからないからだ。
加藤さんは、投手だけでなく野手にも、先輩・後輩・同期を問わず、できる限り話をすることを心がけていたという。投手と気心が知れていれば、緊迫した場面で急きょバッテリーを組むことになってもお互い安心できる。また、投手の性格やクセを理解していれば、捕手は臨機応変にサインを出すことができる。
「自分を商品とみなす」というのは「卑下している」ような印象を受けるかもしれない。だが、いつでもニコニコと話しかけ、時には後輩に真剣にアドバイスをしたという加藤さんに対する選手たちや首脳陣の信頼は厚かったようだ。そうした信頼は、加藤さんの「自分はチームの役に立っている」といったプライドにつながっていたのではないだろうか。
また「自分は商品」と割り切ることによる精神安定効果も大きかったと思われる。加藤さんは同書で「崖っぷち」という言葉を何度も使っており、毎年シーズン終盤になると「戦力外になるかもしれない」と思ったという。しかし経験を重ねるうちに、戦力外を過度に怯えることはなくなっていったようだ。
自分は「商品」なのだから、買うかどうかを決めるのは首脳陣であり、自分ではどうすることもできない。自分ができるのは万全の「準備」を整えておくことだけだ――そう考えることで加藤さんの心は安定し「余裕」が出てきたのだろう。
そうした心の余裕は、周囲にも安心感を与え、加藤さんへの信頼はより高まったのに違いない。それが、加藤さんが18年間同じ球団で野球人生をまっとうできた要因の一つであるのは確かだろう。
(文=情報工場「SERENDIP」編集部)
『松坂世代の無名の捕手が、なぜ巨人軍で18年間も生き残れたのか』
加藤 健 著
竹書房
254p 1,600円(税別)
