2017年、50周年という大きな節目となったマツダ・ロータリーエンジン(RE)。マツダR&Dセンター横浜で開催された今年最後のREイベントは、FD3S型RX-7の25周年祭となりました。

去る2017年11月19日、マツダR&Dセンター横浜でFD3S型RX-7の生誕25周年を祝うイベントが開催されました。

これは、1991年12月1日に発売開始となったアンフィニRX-7、のちのマツダRX-7を祝うもの。開催年としては26年目ですが、「26年目の12月=26歳になる前、25歳のうちにお祝いをしたい」というREファン有志による呼びかけで、11月のイベント開催となりました。

募集されたのはFD3Sのオーナーのみで、30台限定。

ゲストにはFD3S型の開発主査であった小早川隆治氏と、SA22C/FC3S型のデザイナーを務められた小野隆氏が登壇。

小早川さんは、FD3Sの開発当時「ゼロ作戦」と名付けた軽量化のストーリーに寄せてゼロ戦のパーツを会場に持ち込み、参加者に触れさせるなど、ファンなサプライズも。

小野さんは、FD3S型のチーフデザイナーである佐藤洋一さんとのストーリーを織り交ぜながら、FD3S型のデザインの特徴的な点を解説。

自身のデザインしたモデルでは叶わなかったデザイン処理の話や、連綿と続くスポーツカーのフォルムについての話など3世代のRX-7をデザインで振り返る貴重なトークを繰り広げました。その話がFD3S型のフォルムが、直線的なプレスラインがひとつとしてないデザインであることに至ると、参加者からは感嘆の声がもれました。

またマツダからのサプライズとして、同施設の所蔵車を見学する時間も与えられました。

歴代のマツダRE車、コンセプトカーなどがズラリと並び、圧巻の光景でした。

トークショーののち、オーナー同士の交流の時間として、会場の屋外ギャラリースペースでの歓談時間が設けられました。ボディカラーごとに並べられたFD3S型RX-7たちを前に、小早川さん、小野さんを交えてオーナーたちのトークに華が咲きました。

FD3Sの最終生産は2002年8月26日。最後の1台はチタニウムグレーのスピリットRタイプA。その日からもすでに15年が経過しています。色とりどり、年式ごとに異なる仕様、オーナーによるモディファイと、さまざまな顔を覗かせるFD3S。しかしその色褪せることのない美しさは、年月を経て唯一無二のものへと昇華しているようでした。

50周年とマツダREにとって象徴的な1年であった今年の12月20日、技術者としてマツダREの黎明期から開発にあたり、その後、マツダの社長、会長を歴任した、山本健一さんが逝去されました。

12月25日と年末に報ぜられたマツダREの父ともいえる山本健一さんの訃報。

悲しみの中ではありますが、本年、マツダRE50周年に世界各地で開催されたロータリー関連イベントを眺めてみれば、いまなお数多くのロータリーファンが世界中でロータリーサウンドを轟かせていることがわかります。

ロータリー四十七士と呼ばれたRE研究部。その部長であった山本健一さん。

実用化は困難であると言われたREは、1967年5月30日、マツダ(当時の東洋工業)によってコスモスポーツとともに世に羽ばたき、現在(2012年6月22日)までに199万7366台のRE車が生産されています。

その礎を築いた山本さんの功績を讃えるとともに、謹んでお悔やみ申し上げます。

(古川教夫)

マツダ・ロータリーエンジン50周年、そしてFD3S型RX-7の25周年を祝う!(http://clicccar.com/2017/12/29/544341/)