「行政は市民の「エクスペリエンス」を考えられているか? 電子政府カンファレンスレポート(後編)」の写真・リンク付きの記事はこちら

東京都内で2017年9月12日に開催された、次代のラディカルな電子政府のあり方を探る国際カンファレンス「Bold Digital Government - Leading Through Distribution」。その最先端をゆくシンガポールのプレゼンテーションを報告したレポート前編に引き続き、今回は他国の先進的な取組みを紹介する。

「たったひとつの行政サーヴィスを受けるために、市民が何度も役所に足を運ぶ必要はありません」というメキシコ大統領府CIO(Chief Information Officer)のヴィクター・ラグーナの言葉に象徴されるように、まだアナログな政府に慣れてしまっているぼくたちにとって、この会議はどこまでもフレッシュなものだった。ニュージーランド、ベルギー、メキシコの事例から、来たるべき電子政府のあり方と、その課題を見てみよう。

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シンガポールはなぜ「電子政府化」を加速できたのか? 電子政府カンファレンスレポート(前編)

1.福祉国家・ニュージーランドのデジタル化

ここ日本でも話題になっている、社会保障の手厚い国家・ニュージーランド。人口は450万人強という小規模な国家であるがゆえ、「州や県がないので、物事を進めるアジリティー(敏捷性)に関しては利があるのです(笑)」とジョークから話し出したのが、ニュージーランド政府で情報技術の要職にあるティム・オクルショウだ。

現在進めているサーヴィスのなかには、65歳になった際、あらかじめ年金を受領することがすでにわかっている都市生活者への通知を自動化するシステムもあれば、「smartstart」という、妊娠期から出生後6カ月までの親を対象とした情報提供の援助サイトもあるという。福祉が充実しているニュージーランドらしい電子政府の取組みだ。

ニュージーランド政府の政府CTOであるティム・オクルショウ。PHOTOGRAPH BY KAORI NISHIDA

こうしたプロジェクトを実行に移すために、オクルショウ氏はまさにデジタルな発想で戦略を打ち出している。

「行政の公的サーヴィス部門は複雑な多層型の構造になっており、複数の機関がかかわっている。単にいまのアナログなサーヴィスをデジタル化する、あるいは安易にアプリを乗せるということでもないやり方を考えなければいけません。

そこでわたしたちニュージーランド政府は、マイクロソフトやアマゾンと契約しました。ニュージーランドは彼らにとって、ひとつの大きな顧客なんです。これらの契約によって、ライセンスにかかる経費が約3億ドルも節約できています。だからこそ、『新たなプロジェクトに投資してみては?』という提案も国内で可能になり、創造的な破壊(Disrupition)を起こすことができるのです」(オクルショウ氏)

2.EUのデジタル政策と、ハイブリッドな国家体制の関係

「EUのデータ保護政策との関係性については、今後も考えていかねばなりません」

こうつぶやいたのは、ベルギーのDigital Transformation Officeで国際関係を担当するフランク・レイマンだ。

現在「Digital Belgium」なる電子政府プロジェクトを掲げるベルギー。かねてより「eIDカード」という国民IDカードが国民のほとんどに普及しており、世界的な電子政府の先進国としても知られてきた。2016年からEU加盟国内で実施されている「eIDAS」という電子署名とサーヴィスの標準化規則によって、「国外からもベルギーのサーヴィスにアクセスでき、またベルギー国内でフランス人が確定申告をおこなうこともできる」(レイマン氏)という状況になっている。

そのうえで問題とされているのは、2018年5月よりEUで施行される「一般データ保護規則」(GDPR)である。EU加盟国内における個人データ保護の強化、およびその統合を目指すものであり、日本ではもっぱら在欧企業の対応がニュースとなっているが、実施を前にしてEU各国の間では、国内のルールやプロジェクトとの間でフリクション(摩擦)が生まれないかどうかが、もっぱらの焦点となっているのだ。そしてその悩みは、電子政府の先達として独自の歩みをつづけてきたベルギーのようなデジタル先進国であればあるほど、募るものでもあるだろう。

ベルギーのDigital Transformation Officeにおける国際担当のチーフ、フランク・レイマン。PHOTOGRAPH BY KAORI NISHIDA

また、「ベルギーはもともと複雑であり、中央的な一元管理が難しい」と彼が述べるように、ベルギーにはもうひとつ、考えておかねばならない背景がある。というのもベルギーは、オランダ語の一種であるフラマン語を公用語とするフラマン人と、フランス語を公用語とするワロン人が北部と南部にわかれており、「言語戦争」なる国内での諍いを調整しながら生まれてきた連邦制国家であるからだ。

しかしこれは、もはや決してベルギーに限った問題ではなくなっている。どこまでもハイブリッドになることを運命づけられた現代国家にとって、ベルギーの取組みは参照すべき貴重な試金石なのだ。

3.日本と同規模国家・メキシコが進んできた道

「皆さんの報告を聞いていると、ベストなプラクティスはもちろん、同じ道を歩んできているからこその“痛み”も共有できる気がします」

メキシコ大統領府で情報行政のトップを務めるヴィクター・ラグーナのプレゼンテーションは、こんな心のこもった一言からはじまった。約1億3,000万人の人口を抱えるメキシコは、日本とほぼ同等の国家であり、その取り組みも気になるところだ。

メキシコ大統領府で情報行政のトップを務めるヴィクター・ラグーナ。PHOTOGRAPH BY KAORI NISHIDA

メキシコは現在、「gob.mx」という電子行政のプラットフォームを運営している。自動車免許の申請・更新などがオンラインで可能なシステムだが、これを構築するには多くの困難が伴ったようだ。というのも、約4年半前に国家のデジタル戦略を立ち上げた際、国民のほぼ半数が“オンライン”ではなく、デジタルデヴァイドが極端に進んでしまっている状況だったからだ(氏いわく、「いまも電気が通っていない学校もある」)。

しかも、6,000あったという既存の行政サーヴィスには内容が重複しているものも多く、彼らはこうしたサーヴィスをスマート化しながら、ひとつのポータルにまとめていったのである。厳しい状況のなかでラディカルな変革を進めていった氏のプレゼンテーションに、会場は惹きつけられていた。

だからこそ、「テクノロジーにはさほどの投資をしていません」と語る言葉にも、独特の説得力があった。新規プロジェクトとなるとすぐに予算が膨らみがちであることに慣れたぼくたちにとって、少額の予算でプラットフォームを構築している事例があるとなれば、これほど耳の痛い話もないだろう。「人を大勢雇わなくても、行政の改革はできるのです。少額の投資で、市民へのサーヴィス提供の“仕方”を変えたわけなのです」

メキシコでは現在、APIを利用した41のオープンデータツールも市民へ公開しており、ますます“開かれた”電子政府となってきている。ラグーナ氏が発した次の言葉は、未来の電子政府を考えるうえで、誰もが胸に刻まねばならないものだった。

「市民はいつだって、よりよいメカニズムを必要としています。わたしたちは、市民のエクスペリエンス(経験)を改善していかなければなりません」

日本の政府CIOを務める遠藤紘一。日本政府も2017年5月末にデジタル・ガバメント推進方針[リンク先PDF]を打ち出し、政府のサーヴィスや組織のデジタル化に舵を切った。これまで“笛吹けど踊らず”だった電子政府の歴史を繰り返さないために、徹底的な現状把握と見直しのための議論を行うなど、非常にソリッドな進め方を採っているという。PHOTOGRAPH BY KAORI NISHIDA

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