たとえ本調子でなかったとしても、いるべき人がそこにいるということが、いかに味方にとっては心強いか。と同時に、敵にとってはどれほど脅威となるのか。そんなことをまざまざと見せつけた試合ではなかっただろうか。

 役者が違う、とはこのことだ。

 J1昇格プレーオフ準決勝、セレッソ大阪対京都サンガ。絶え間なく雨が降りしきるキンチョウスタジアムには、左腕にキャプテンマークを巻く背番号8の姿があった。

 FW柿谷曜一朗である。

 昨季、J2降格から1年でのJ1復帰を目指しながら、J1昇格プレーオフ決勝でアビスパ福岡に敗れたセレッソ(試合結果は1-1の引き分け。引き分けの場合はリーグ戦の上位が勝ち上がるルールにより、3位の福岡が4位のセレッソを上回った)。今季こそ、是が非でも成し遂げたいJ1昇格のためには、かつてのエースストライカー――柿谷が復帰することは、何より心強い戦力補強となるはずだった。

 1年半ぶりにバーゼル(スイス)から戻ってきた柿谷にしても、自分を育ててくれたクラブを絶対にJ1へ上げるという使命感は強かったに違いない。

 ところが、である。6月8日のJ2第17節V・ファーレン長崎戦でのことだ。この試合に先発出場した柿谷は右足首を痛め、わずか8分間の出場でピッチを後にした。セレッソの、そして柿谷の思惑が崩れ始めた瞬間だった。

 当初、柿谷のケガは全治4週間と診断されていた。しかし、その後の経過は思わしくなく、8月に入り、ついに手術に踏み切った。

 ようやく柿谷が戦列復帰したのは11月6日、J2第40節愛媛FC戦のこと。5カ月間もの長きにわたり、エースであり、キャプテンでもある大黒柱を失ったセレッソは、J1へ自動昇格できる2位からは大きく後れを取り、J1昇格プレーオフに昇格の最後の望みをかけるしかない状態に陥っていた。

 だがしかし、いや、だからこそと言うべきか、ラストチャンスを前に柿谷がチームに戻ってきてくれたことは、セレッソに関わるすべての人にとって、これ以上ない朗報だった。

 そして迎えた、負ければ終わりの京都戦。すでにリーグ戦のラスト2試合に先発出場し、試合勘を取り戻し始めていた柿谷は、エースストライカーにふさわしい大仕事をやってのける。

 両チームとも濡れたピッチに戸惑い、まだまだ試合が落ち着かない前半13分だった。MF山口蛍からのパスを受けたMFソウザが遠目から強烈なシュートを放つと、京都のGK菅野孝憲がこれをセーブ。セレッソサポーターの歓声がため息に変わろうとしたその瞬間、こぼれたボールにすばやく走り寄ってきた選手がいた。

 柿谷である。

 菅野もすぐに体勢を立て直し、シュートコースを消そうと前に出た。だが、そんなGKの動きを見切ったように、柿谷が左足でフワリと浮かしたボールは、柔らかく菅野の頭上を超え、ゴールに転がり込んだ。

 勝てばもちろん、引き分けでも決勝に進出できるセレッソにとっては、大きな、大きな先制点だった。セレッソの大熊清監督は、驚きまじりにエースの働きを称える。

「正直、4試合目でよくここまで(コンディションが)戻ってきた。5カ月以上休み、勝負がかかった試合のなかで、ああいうこぼれ球を狙っている。体力もそうだが、頭のハードワークや、スキを突くというところは、(周りが)言い続けても本人が気づかないとできない」

 当たり前のことではあるが、柿谷が決してトップコンディションにないことは、試合を見ていればすぐにわかる。自身もそれがわかっているからこそ、トップギアに入れることなく、抑え気味にプレーしている印象を受ける。運動量は明らかに少ない。先制したあと、セレッソが守勢に回るなか、「前半に比べ、後半は曜一朗のプレスバックが遅くなっていた」と、大熊監督も認める。

 しかし、それでも柿谷の存在感は抜群だった。

「ディフェンス(をすることが大事なの)はもちろんだが、点を取ることが一番のディフェンスやと思ってやっている」

 そう語る柿谷は、最前線でカウンターの脅威になり続けた。

 86分に交代で退く直前にも、長いパスを絶妙のトラップで柔らかく止め、左足で巻くように逆サイドのゴール上隅を狙うシュートを放った。シュートはわずかにゴール上に外れたが、流麗な一連のプレーは、まさに柿谷の真骨頂だった。相手ディフェンスにしてみれば、本調子にないとわかってはいても、これを見せられたらフリーにはできない。

 コンディションがどうであれ、柿谷がこの試合の行方を大きく左右する存在だったことは、疑いようがない。

 結果的に、セレッソは1-0でリードしながら、試合終了間際に同点に追いつかれ、1-1で引き分けた。

 リーグ戦の成績上位が勝ち上がるというルールに助けられての決勝進出に、「プレーオフなので、どうであれ(決勝に)上がれればよかった」と言いつつも、「こういう(守備に回る)展開は誰もが予想していた。そこで守り切れないと、この先につながらない」と柿谷。復帰後初となる自身のゴールについても、「よかったし、うれしかったけど、勝ってないから」と厳しい口調で語る。

 1週間後に控えた、絶対に取りこぼしが許されないファジアーノ岡山とのプレーオフ決勝を前に、柿谷はキャプテンらしく、表情を緩めずに続ける。

「まだ僕らにはチャンスがある。このチャンスを必ずつかんで、全員でJ1へ行きたい。次もホームでできるが、今日と同じような試合展開になると思う。油断することなく、しっかり準備して、勝ち上がって終わりたい」

 柿谷によれば、右足首の状態は「手術をしたので、(違和感があるというより)違和感しかない」。「やればやるほどしんどいので、しっかり休んでラスト1試合、足がもってくれるよう調整するだけ」と語る。

 今季J2での成績は、20試合出場でわずか5ゴール。セレッソ復帰が決まった当時のことを思えば、期待通りの活躍とはとても言い難い。当然、そこには1年を通してクラブの力となり、自動昇格に導けなかった悔しさがあるのだろう。

 手術にまで至ったケガからの復帰間もない柿谷が、多少なりとも無理をしているのは間違いない。

 クラブの成績は上向かず、自身もケガに苦しんだ2016年シーズン。だからこそ、柿谷は悲壮とすら思える覚悟を携え、最終決戦に挑む。

 愛するセレッソへ歓喜の瞬間をもたらすために。

浅田真樹●文 text by Asada Masaki