超高速関ヶ原の伏線を解く「真田丸」36話

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NHK 大河ドラマ「真田丸」(作:三谷幸喜/毎週日曜 総合テレビ午後8時 BSプレミアム 午後6時)
9月11日放送 第36回「勝負」 演出:小林大児


いやあ、盛り上がりましたね、超高速関ヶ原の36回。
実際、1日で終わった関ヶ原ですからこんなものなんでしょうかね。

三谷幸喜も愛読していたらしい司馬遼太郎の「関ヶ原」(来年、原田眞人監督の映画が公開予定)も各巻500ページくらいの分厚い文庫本が上・中・下とあるなかで、関ヶ原は、下巻のp.283ページの最後「時に、慶長五年九月十五日午前二時であった。家康は全軍の進発を命じた」というあたりから、p.426ページの真ん中へん「ときは、午後四時である。」までの183ページに過ぎない(って薄い文庫本だったら一冊くらいだが)。
ちなみに「時」と「とき」が違うのは原文まま。

その解説にも関ヶ原の戦いを「軍事的な決戦という性格よりも、政治的な争いという性格の強いものであった」と書いてある。
「真田丸」でも、策略家な昌幸(草刈正雄)が「戦はな 源次郎、始める前が肝よ」と語り、関ヶ原はそこに至る過程が面白いんだから実戦場面は短いよ、と三谷が事前に断っているかのように思った次第。

司馬遼の「関ヶ原」では雨が劇的に描かれていていちいちシビれるが、「真田丸」の関ヶ原に至るまでの第二次上田合戦も雨が効果的に使われやっぱりシビれさせてくれた。

西軍と東軍の小競り合いが続くなか、戦いに慣れてなくて焦る秀忠(星野源)に「戦は焦ったほうが負け」と本多正信(近藤正臣)。
そして、雨。
「退路を絶たれましたな」と正信。
雨の音に主題曲がかさなって雷。ニヤリと昌幸。
ベタなんだけどたまらない。これ以上ないベストな間合いだった。
「初陣で戦のこわさを思い知らされた者はの生涯戦下手で終わる」(昌幸)も名言。
真田昌幸、最後の輝きだよなあ、と思うと切ない。

真田家の切なさは、35回の「犬伏」より36回で父子が別れてからのほうが大きい気がした。
とりわけ信幸(大泉洋)が辛そう。三成(山本耕史)に負けない涙目になっていたし。
それから、三十郎(迫田孝之)。あんなに「源次郎様いるところ三十郎ありです」とか言って忠犬がシッポをちぎれるほど振っているかのようだったのに。最も信頼できるからこそと信幸のほうに行かされてしまう。

信幸の妻として昌幸と戦おうとする稲(吉田羊)の徹底したポーカーフェイスと、正直に辛そうな顔しているこう(長野里美)の対比もいい。



とにかくすべてがもどかしい。どれだけ観る者の感情を揺さぶるのが巧みな脚本と演出と演技なのか。

言うまでもなく、終盤、作戦がうまくいったと思って酒宴で大盛り上がりの真田陣営の元に、佐助(藤井隆)が帰ってきてうかない顔で語り出す場面が白眉。
話を聞かない人たちの中、様子がおかしいことに気づく信繁(堺雅人)。
「しずかに〜〜!」と絶叫。最近、信繁、やっぱり怒鳴る率高くなった。
シーン・・・これによって一気に緊張感出る。
昔の演劇・・・ギリシャ悲劇やシェイクスピアなどでは、惨い死の場面を直接描かず、目撃者に語らせることが多い。この語り部は、語りのうまい俳優が演じる。なにしろセリフが長いし、情景を目に浮かばせるだけの表現力が必要だからだ。
藤井隆は、野田秀樹の芝居にも出ている意外な(すみません)芸達者だが、さすがにここではそんなに長セリフは与えられなかった。
「大谷刑部様は御討ち死に。石田治部様は行く方知れず」と有働アナウンサーのナレーションも真っ青な、ふたりの顛末をあっさり1行で語ってみせた。
ただ、その前の堺雅人の絶叫でただごとじゃなさは充満させておく、じつに練られた構成だ。


36回のはじめのほうに出て来た、河原綱家(大野泰広)に「おまえ話し方がおかしいぞ」と信幸が聞き、「歯が抜けただけです」と犬伏の話し合いをのぞいて下駄を投げられあとのことをちゃんと書いたり、
松(木村佳乃)と夫・小山田茂誠(高木渉)が片寄せ合って手紙を読んでいるところで、その仲良しさとシリアスと笑いとをわずか数分の間に盛り込んでいたり、兵達の酒宴や、作兵衛(藤本隆弘)が刈田を阻む場面など庶民の戦いを省かないのもいい。

才能があれば、短い時間でも戦も人間性もいくらでも書けるのだ。その才能を毎週観られることがどれだけ幸せか。
37回「信之」も震えるのは間違いない。
(木俣冬)