B to Bのマーケティングは何が難しいのか?/金森 努
■B to BのSTPはQCDが全て
マーケティングの大家、フリップ・コトラー言うように、「マーケティングの最重要事項はSTP」である。そして、「B to BのSTPはQCDが全て」。以上、この原稿終了。・・・といっても過言ではないのが実際の所。STPとは「セグメンテーション」「ターゲティング」「ポジショニング」の略。簡単にいえば「世の中にはどんな人達がいて、その中から顧客化するのにふさわしい人をターゲットとして選び、ターゲットに向けた魅力の打ち出し方を考えること」である。マーケティングにおいては、まず自社の外部環境・内部環境や競合環境などを分析して「市場機会・事業課題」を洗い出すという「環境分析」のパートから始まる。その次が「」戦略立案」である。そして、その戦略の要こそが上記の「STP」なのだ。
STPをもう少し丁寧に説明しよう。市場を同質なニーズを持ったカタマリ(セグメント)に括って、どのカタマリを狙うべきかを評価・決定し(ターゲティング)、そのターゲットが「買う気になる要素」を元に魅力的に見える打ち出し方(ポジショニング)を考えるのである。その手順はB to BもCも同じだ。
実はB to Bの場合、このSTPは極論すれば非常にシンプルな要素に絞り込まれる点がCと違うのだ。なぜならば、B to BのB to Cのような衝動性や惰性での購入はなく、取引は極めて経済合理性に基づいているからだ。つまり、我々が一消費者としてモノやサービスの購入をしようと考えたる時を思いだして見ると言い。そこには多分に「何となく、な気分」とか「習慣性」という非論理的な要素が絡む場合が多いだろう。しかし、企業活動の中での購買は、論理性と経済合理性で決定される。
どのようなニーズを持っているのかを見極めターゲットを選別する。ターゲットとなり得る見込み客・顧客のニーズにマッチするよう、QCDを調整して提示する。それがポジショニングだ。QCDとは「Quality(品質)」「Cost(価格)」「Delivery(納期)」。ポジショニングはその組み合わせである。
例えば、製造業へのセンサの開発・販売で超高収益を誇る「キーエンス」社の場合、そのQCDで示されるポジショニングが際立っていることが成功のポイントといって過言ではない。製造ラインの中で、工場の人間も気付かないような問題点を指摘し、その問題の発生を発見し食い止めるようなセンサを提案する。課題発見・解決という極めて高いソリューションを提供しているので、クオリティーは最高レベルだろう。さらに、同社はそのソリューションの実体たるそのラインにカスタマイズされたセンサを非常に短い期間で納品する。その代わり、コスト(価格)は汎用品と比べ桁が一つ違う。
最高の品質(Q)を、桁が一つ違う価格(C)で、極めて短納期(D)で提供する。
もちろん、別のポジショニングを示す企業も重宝がられることも多い。普通の汎用品を、極めて安価に、期間には余裕を持って納めさせてもらう。つまり、価格特化型だ。このように、ターゲット企業のニーズとそれに対応したSTPを実現するQCDで勝負するのがB to Bの最大の特徴の一つなのだ。
但し、「B to Bマーケティングの難しさ」という本稿のタイトルに併せてこの項の結論を出すなら、例示したようなQCDでの明確なポジショニングを示すのは容易なことではない。調整がしやすいコスト(C)部分で勝負して利益が出ないどころか、赤字に陥ることもある。クオリティー(Q)の一つにはアフターサービスや技術サポートなども含まれるが、いわゆるそうした「付加価値」で勝負し、結果として「付加コスト」を延々と引きずってしまうこともある。納期(D)を短くせんと無理なスケジュールを組んで、デスマーチに陥ることもある。クライアント企業の極めてシンプルな経済合理性であるQCDに適合させるための難しさが、B to Bの一つめの難しさなのである。
■B to BはDMU次第
QCDに続いてDMUもB to Bで極めて重要な要素だ。DMU=Decision Making Unit(購買決定単位)。企業がモノを購入する際の意志決定に関与してくる様々な人々のことである。
例えば、ある企業の部門が必要としている業務システムを納入しようとしよう。キーマンはその部門のシステム導入担当者だ。スムーズに導入し、業務成果が出ることが彼の関心事である。
ソリューション提案に対して最終的に決済をするのは彼のビジネスラインの上司だ。つまり、ディシジョンメーカー。金額と決済範囲で役職レベルは異なるだろうが、上司の関心事は導入成功や業務成果はアタリマエとして、いかに早く使い物になるかという納期に関心が高くなる。また、自分の決済額の中でいかにコスト効率がいいかも気になるので、投資対効果にも目を光らせている。
システム導入に影響を与える、インフルエンサー(影響者)という人々も登場する。ITのソリューションなら、そのシステムを保守・管理するIT部門の担当者が出てくるだろう。彼の関心事は、トラブルなく動き続けることである。また、業務システムであれば、その業務の経験が長い熟練者も強力なインフルエンサーだ。「そんなシステムじゃぁ、仕事は回らないよ」などといわれた日には!。そう言わせないためには、使い勝手や、きちんと成果が出るような品質が担保されていることが必要となる。
DMUの洗い出し。その重要性は、各々の関心事をきちんとケアすること。各々の関心事が実現されれば、味方になってく
れるだろう。しかし、味方作り以上に重要なのは、「決して敵を作らないこと」である。組織といえども、そこにいるのは「感情の動物=人」である。ここ、重要なトコロだ。もう一つ、DMUの厄介なことは、企業組織は常に異動があるということだ。せっかくDMUをつかんで関係を構築しても、異動一つで一からやり直しになることも少なくない。ある意味、B to Bば賽の河原に似ている。しかし、それを止めるわけにはいかない。それが第2のB to Bの難しさであり、悲喜こもごもが発生するゆえんである。
■「リファレンスユーザー」「ティーチャーカスタマー」を捕まえろ!
ここまでの整理だと、B to Bは何やらとても大変でオイシクナイ仕事のように思えるかもしれない。しかし、消費者向けのB to Cと比べ、一般に1回の取引量が大きく、うまくすれば継続的な取引が見込めてオイシイ部分も多々ある。さらに、一つの代表的なクライアントを獲得し、そこで成功すれば、その業界に水平展開して次々とクライアントを獲得することも夢ではないのだ。そこで重要な意味を持つのが「リファレンスユーザー」「ティーチャーカスタマー」と呼ばれる存在だ。
「リファレンスユーザー」とは、代表事例となるようなクライアントのこと。例えば、某金融業界では、リーダー企業が導入すれば、右へ倣えでシステムが導入されていくという伝説がまことしやかに語られていた。医療業界もそのよう傾向が強い。先進的な開業医の事例は多くの開業医が参考にする。業界を超えても、どのような課題に対して、どんなソリューションがうまく機能して成功したという話は参考にされる。実際には、「成功事例を真似しても、必ずそれが再現される保証はない」という持論を筆者は持っているのだが、ビジネスパーソンはとかく事例好きである。なぜなら、成功事例があれば、自身のDMUである上司を説得しやすく、失敗した時にも言い訳がしやすいからだ。
「ティーチャーカスタマー」という存在はさらに重要だ。ある業界向けのソリューションを開発したとする。しかし、その業界のことを1から10まで熟知するのは難しい。当然、モレ抜けや使えない部分がぼろぼろ出てくる。そうした問題点を承知で導入してくれて、問題点を解消し、ソリューションを磨いてくれるユーザーを「ティーチャーカスタマー」という。
もちろん、ユーザーから得られる利益は極めて少なくいのが通常で、採算度外視がほとんど。しかし、そこで得られたノウハウで水平展開ができれば大きな利益が得られる。
では「ティーチャーカスタマー」はなぜ、協力してくれるのか。それは、いち早くそのソリューションを手に入れ、運用ノウハウまで獲得できればFMA(Fast Mover's Advantage=先行優位)が獲得できるからだ。他社が完成されたソリューションを導入し、運用ノウハウを獲得するまでに先行逃げ切りで地位を築こうという目論見だ。その意味からすると、ソリューションの提供者による水平展開とは若干、利害が対立する部分もある。費用を抑えてFMAを取りたいユーザーと、水平展開したい提供者。まさに、腹の探り合うである。そうした部分もB to Bの特徴である。
B to Bが難しい、理解しにくいといわれる所以の一つは、個社別の事情があり、一つの成功事例が他者にそのまま当てはめられないことも多いからだ。しかし、それ以上に、企業間取引の守秘義務契約のベールに包まれて、事例自体が表面に出てこないことも大きい。しかし、時にメディアなどにも成功・失敗事例が取り上げられることもある。そんな時は、その記事を元に、今後もB to Bマーケティングの世界を紹介していきたいと考えている。
(再編集・再掲載)