【戸塚啓コラム】イラク戦から読み取れる日本代表のポジティブな変化。キーワードは「タテのポゼッション」
3試合でずいぶんと変わったな、との印象がある。ヴァイッド・ハリルホジッチ監督の日本代表が、イラクに4対0と快勝した。
ホームで行う親善試合で、相手はW杯予選を目前に控えていない。試合に向けた熱量に違いがあるから、スコアを額面どおりに受け取ることはできない。イラクのアクラム・セルマン監督も、「W杯予選がキャンセルになってしまったので、選手はモチベーションが下がってしまった」と話している。
ハリルホジッチ監督は、「タテへの推進力」を選手に要求する。すなわちカウンターサッカーかというと、決してそうではない。
サッカーの得点はリスタート、カウンター、チームの強みを生かしたもの、ミスやアクシデントを原因としたもの、の四つに分類される。ところが、ザックのチームもアギーレのチームも、カウンターを重視していなかった。チームの強みを生かした得点をひたすらに追求した。4つをランク付けしていた、とも言える。いずれにしても、カウンターの優先順位は低かった。
カウンターを仕掛けるとしても、日本にはロングフォードをズバリと通すパサーはいない。何10メートルもの距離をひとりでくぐり抜け、数的不利でもシュートへ結びつける選手もいない。「個」を頼りにしたカウンターが成立しないだけに、多くの選手が間接的にでもボールに関わる必要がある。
ふたつのシーンをあげたい。
ひとつ目は前半12分だ。敵陣右サイドからのスローインを、酒井宏樹が香川真司へつなぐ。香川はワンタッチで本田圭佑へ、本田は1トップの岡崎慎司へパスする。並行して酒井宏が、右タッチラインを駆け上がる。
ボールを受けた岡崎は、酒井宏へさばく。酒井宏はワンタッチで岡崎へクロスをおくる。ペナルティエリア右からタテヘ侵入した岡崎は、マイナスのクロスを供給する。
スローインから始まったこの局面は、カウンターではない。それでも、ワンタッチプレーを使うことで、タテへの推進力を高めることができている。パスのベクトルが前へ、前へと向いている。
岡崎のクロスはDFにカットされたが、チャンスはなおも続く。ディフェンディングサードでボールをつなぐイラクに、柴崎が襲いかかる。酒井宏が続く。
マイボールとした日本は、宇佐美が強烈な右足シュートを浴びせた。「攻守の切り替えの速さ」と「球際の強さ」へのこだわりが、はっきりとうかがえたシーンだった。柴崎と酒井宏のアプローチが実らなかったとしても、次にパスが出そうな選手には長友が距離を縮めていた。「連動性」も読み取れていたのである。
ふたつ目は60分だ。
イラクの右CKを川島がキャッチし、自陣の香川へつないだ。素早いフィードではなかったものの、ここから攻撃のギアを一気にあげた。
香川のドリブルに呼応して宇佐美、本田、岡崎が駆け上がる。本田は猛烈なフリーランニングで香川を追い越した。最初は数的優位で、途中から同数に変わり、最終的には4対5となったが、タテへ突き進むことへのためらいはなかった。
個人の技術と身体能力の劣勢を補う連動性=適切な距離感は、ハリルホジッチ監督のチームでも欠かせないものとなっている。日本人と日本サッカーの特徴を生かしつつ、ポゼッションの方向を「タテ」へ向かわせることで、旧ユーゴスラビア出身の指揮官は日本代表を変えようとしているのだろう。
タテのポゼッションは、ボールを失った際に出し手と受け手が同時に置き去りにされるリスクが少ない。受け手はプレスバックを、出し手はアプローチを早くすれば、ボールを運ばれるまえに奪い返すことも可能だ。
現代サッカーは驚くべき戦術で相手を凌駕するよりも、より速く、より強く、より正確にプレーすることが重要になっている。「タテのポゼッション」は技術に寄りかかるなとのメッセージであり、ハードワークの重要性を改めて選手に突きつけている。
その結果として、「見栄えはいいが気持ちの感じられないサッカー」から抜け出しつつあると感じる。イラクのレベルはともかくとして、間違いなくポジティブな変化だろう。
1968年生まれ。'91年から'98年まで『サッカーダイジェスト』編集部に所属。'98年秋よりフリーに。2000年3月より、日本代表の国際Aマッチを連続して取材している