JR、京王、東急、東京メトロが乗り入れる渋谷駅は、いまが分かりにくさのピークかもしれません。「迷宮」に至った歴史を振り返ります。

再開発で通路がどんどん変わる

 渋谷駅は東京で最も複雑な構造のターミナル駅と言っても過言ではありません。その迷宮ぶりは建築学の研究対象となり、歴史と謎を解析する書籍が出版されるほど。特に2008(平成20)年の東京メトロ副都心線開業以降、渋谷駅の再開発が本格化しており、訪れるたびに通路の位置が変わっていて、目的の場所に着かず迷った経験がある人も多いでしょう。


渋谷駅の東急田園都市線・東横線、東京メトロ副都心線の構内図。地上はさらにJR線、京王井の頭線、東京メトロ銀座線が加わる(2018年9月、乗りものニュース編集部撮影)。

 なぜ渋谷駅はこれほどまでに複雑な構造になってしまったのか、その成立の歴史を振り返りながら見ていきましょう。

渋谷」という地名の由来には諸説あり、両岸がしぼんだ狭い谷川にあったとか、鉄分が浸み込んだ渋色の水が流れる川だったとか、あるいは平安時代に周辺を治めた領主が渋谷の姓を与えられたからともいわれますが、いずれにせよ地名が示すように渋谷川とその支流が武蔵野台地を削って作った谷の中にある街です。

 地形図を見ても、渋谷と並ぶ山の手のターミナルである新宿駅と池袋駅が広い台地上に置かれているのに対して、渋谷駅は周辺を道玄坂や宮益坂などの坂に囲まれた狭い谷底にあることが分かります。


JR山手線の池袋駅、新宿駅は台地上にあるが、渋谷駅は谷底に位置している(国土地理院デジタル標高地形図「東京都区部」より)。

 渋谷に初めて鉄道が開通したのは1885(明治18)年のこと。赤羽と品川を結ぶ日本鉄道品川線(現在のJR埼京線とJR山手線の一部)の開通と同時に渋谷駅も開業しています。最初の渋谷駅は現在よりも300mほど南寄り、つまり現在の埼京線ホームの辺りに設置されました。

 明治末に大山街道上に玉川電気軌道(後の東急玉川線・現在は廃止)と東京市電が開業し、街道周辺がにぎわうようになると、1920(大正9)年に山手線は高架化され、渋谷駅は現在の位置に移動。それまでホームがあった場所は貨物駅になりました。

各路線のホームが分散して本格的に迷宮化

 渋谷駅がターミナルとして本格的に成長しはじめるのは、1927(昭和2)年に東京横浜電鉄(後の東急電鉄)東横線が開通してからのことです。

 1930年代に入ると、東京横浜電鉄は渋谷駅の開発に着手します。1934(昭和9)年にターミナルデパート「東横百貨店(後の東急百貨店東横店東館)」を開業させると、続いて玉川電気軌道を買収して、同社が西口に建設していた駅ビル(後の東急百貨店東横店西館)ごと手中に収めます。そして玉川線ホームを駅ビルの2階に移し、地下鉄(後の銀座線)を駅ビルの3階に乗り入れさせて、渋谷駅の東西をつなぐ横軸を作り出したのです。


1940年代の渋谷駅周辺(「今昔マップ on the web」より枝久保達也が作成)。

 渋谷駅が分かりにくい要因のひとつに、構内に段差が多く、目的の乗り場は何階にあるのか、いま自分が何階にいるのかよく分からないということがありますが、それはいくつもの駅と駅ビルが立体的に接続されたことに起因しているのです。

 ただ、この頃は各線のホーム自体は近くに配置されており、例えば玉川線は玉川改札の目の前に発着していましたし、地下鉄と山手線、東横線の乗り換えも近かったため、乗り換えルートさえ把握していれば迷宮というほどの構造ではありませんでした。

 渋谷駅が本格的に迷宮化していくのは、新たなホームが周辺に分散しはじめてからのことです。路面電車であった玉川線は1969(昭和44)年に廃止され、その代替として1977(昭和52)年に地下線の新玉川線(現在の田園都市線)が開業します。新玉川線のホームは大山街道の地下3階に設けられ、乗り換え距離が一気に長くなりました。

 なお、東急電鉄は銀座線と新玉川線(半蔵門線)を一体化して、分かりやすい渋谷駅を建設する構想も検討していたようですが、あまりにも工事が大規模になってしまうことから断念しています。

改良の進む現在が、分かりにくさのピーク

 1980(昭和55)年に国鉄渋谷駅の貨物取扱が廃止され、1996(平成8)年に旧貨物駅のスペースを転用して埼京線ホームが設置されました。本来であれば山手線ホームの隣に設置するのが自然ですが、用地を確保できなかったため大きく南にずれた位置に造らざるを得ませんでした。


現在(左)と2020年(右)の渋谷駅(国土地理院の地図を乗りものニュース編集部が加工)。

 2008(平成20)年に地下鉄副都心線が開業し、2013(平成25)年に東急東横線との直通運転が開始されると、東横線ホームは明治通りの地下5階に移転し、JRと東急の動線が途切れてしまいます。複雑ながらぎゅっとコンパクトに詰まっていた渋谷駅の機能は、複雑さはそのままに平面上に散ってしまったのです。渋谷駅の分かりにくさはいま、歴史上ピークに達しているといっても過言ではないでしょう。

 現在進んでいる渋谷駅の大工事は、ピースをひとつずつ動かしていって、全体の配置を最適化するパズルのような工事です。東横線ホームの跡地を利用して埼京線のホームを北に350m移動して山手線ホームの横に並べます。銀座線のホームを明治通りの上空に移設して、乗り換えしやすくします。

 そうしてようやく、ヒカリエからマークシティまで渋谷を東西につなぐ自由通路が設置され、東急、東京メトロ、JR、京王の乗り換え動線がようやく一本の線上に並ぶことになります。

 はたして目論見通り、渋谷は分かりやすい駅へと生まれ変わるのか。その第一歩となる埼京線ホームと銀座線ホームの移設は、もう1年半後に迫っています。

【画像】渋谷駅改良後の3階乗り換え動線


JR渋谷駅改良工事終了後の、3階での乗り換え動線イメージ。JR東日本が2015年に発表した報道資料から(画像:JR東日本)。