実はこの時期、スポーツ新聞のページをめくるのが怖い。

 1面から3面は、たいていプロ野球の記事で埋め尽くされているが、そこから1ページめくると、一気に世界が変わる。前日の”高校野球”の様子が、見開きビッシリと報じられている。

 日本中の関心がこの高校野球の地方大会に注がれていると言っても過言ではないほど、大小さまざまな記事が紙面に踊る。高校野球ファンは地方大会の推移に目を凝らし、母校の戦いぶりを気にしている人も多いはずだ。もしかしたら、1年のなかでもっとも”母校愛”を感じるのは、この時期なのかもしれない。


春夏連覇を目指す大阪桐蔭だが、北大阪大会を無事に勝ち抜けるのだろうか......

 注目選手の活躍ぶりは写真付きで大きく報じられ、そこに地方大会中に飛び出したニューヒーローが加わる。そして、もうひとつ欠かせないのが”番狂わせ”報道だ。

 優勝候補に挙げられていた強豪校が初戦で敗退したり、またはシード校が意外な相手に敗れたり……これも必ず大きな見出しで報じられる。冒頭で、私がページをめくるのが怖い……と感じているのは、この”番狂わせ”のせいだ。

 高校野球の新聞報道は必ず、全国すべての試合結果が載せられる。都道府県ごとにズラリと学校名が並び、上段が”勝者”で、スコアをはさんで下段が”敗者”である。昔からついつい下段から見てしまうクセがついている。とくに大きな理由はないのだが、下段に意外な学校名がないことをまず確認したいのだ。強豪と称されるチームが、万に一つでも、やられていないか……それを確かめるのは、いつになっても怖いものだ。

それが今年、「えっ!」と声を発する機会が、例年より明らかに多い。

 九州ではセンバツ出場の延岡学園(宮崎)、東筑(北福岡)が敗れ、春の九州大会王者である九州国際大付(北福岡)が2回戦で姿を消し、九州学院(熊本)も初戦敗退。さらに、今春のセンバツ4強の三重、同じく8強の日本航空石川も立て続けに敗れた。

 また敗れはしなかったものの、日大三高(西東京)や東北(宮城)、履正社(北大阪)など、「あわや……」と思わされたチームも多く、夏の甲子園100回の地方大会はいつになく大荒れの様相を呈している。

 理由はさまざまだが、以前、こんな場面に遭遇したことがあった。

 誰もが知っている強豪校が、甲子園をかけた地方大会の1回戦で、部員12人のどう見ても普通の公立校と対戦した。初回、強豪校が無死一、二塁のチャンスをつくった。定石どおり、送りバントかと思ったら、なんと”ヒットエンドラン”を仕掛けてきた。打球は強烈なライナーでサードへ飛んだが、これを三塁手が好捕し、まさかの”三重殺”となった。

 強豪校にとってはそれが不運の始まりだった。打つ手、打つ手がすべて裏目となり、守っては失策が続き、投手もストライクが入らない。

 逆に公立校は、もらったチャンスをきちんと得点につなげ、あろうことか5回コールドで強豪校を破ってしまったのだ。

 野球は”流れ”のスポーツである。いくつもの”流れ”の法則のようなものがあって、それに逆らった試合運びをすると、流れは相手チームに移ってしまう。この試合も、まさに”流れ”だった。

 初回の攻撃で1点でも入っていたら、試合の展開は変わっていただろうし、スコアが逆になっていても不思議ではない。格上チームが相手に対し、明らかに見くびったような作戦に出ると、劇的に流れは変わる。この試合はまさに、その典型的な試合だった。

 そして、強豪校やセンバツ出場校にとって、夏の地方大会、とりわけ大会序盤は”疲労”との戦いがある。

 春先から、毎週土・日になれば3〜4試合をこなし、しかもその相手はほとんどが”強豪校”である。それだけでも疲労度は増すのに、地方への遠征や招待試合も多く、移動も大きな負担になる。日曜日の夜中に学校に戻ってくるチームも少なくなく、慢性的な睡眠不足になっている球児もいると聞く。

 当然ながら平日は練習である。しっかり体を休めることができず、ケガを抱えたままプレーしている選手も多い。コンディションのめぐり合わせも、一発勝負のトーナメントでは、大きく関わってくるのだ。

 ある甲子園常連校は、大会前に厳しい練習を課し、選手たちを徹底的に追い込む。これにはその監督の持論があり、大会終盤に選手のピークを持ってくるひとつのやり方である。とはいえ、大会序盤は体が重く、いつものキレがない。そこに落とし穴が待っているケースも少なくない。

 また、監督が選手に厳しい高校も要注意である。たとえば練習試合で勝利しても、できなかったことを叱責され、次々と反省点を指摘される。実は、積んできたのは”失敗体験”ばかりで、これでは選手は自信を持てない。

 そしてもうひとつ、今どきの高校生にとって厄介なのが、”小さな達成感”である。以前、ある高校の監督がこんな話をしてくれた。

「春のセンバツに出て、甲子園で1つ、2つ勝ったら、なんだかそれで選手たちが満足しちゃったみたいな感じになってしまって……。練習試合で負けていても、以前のように『逆転するぞ!』みたいな覇気がないんです。心がしぼんでしまったようで、困っています」

 そうした気の緩み、油断が番狂わせの大きな要因になっていることは間違いないが、その一方で、強豪校に対して怯(ひる)まずに向かってくる公立校も多い。選手個々の意識が高く、「自分たちの戦い方はこれだ!」と自信を持って挑んでくる。

 敗れはしたが、昨年の大阪大会決勝で大阪桐蔭と互角に渡り合った大冠(おおかんむり)などは、まさにこれだ。

 いくら強豪校とはいっても、戦っているのは高校生である。実は”番狂わせ”といっても、もともと両校との間に戦力差はそれほどないのかもしれない。

 大波乱の地方大会を勝ち抜き、甲子園100回大会の出場を勝ち取るのはどこなのか。過酷なトーナメントはまだまだ続く。

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