是枝監督は、2010年に起きた年金不正受給の事件(家族が死亡した111歳の父親の死亡届を出さず、年金を長年にわたり不正受給し逮捕された)を知り、映画「万引き家族」の着想を得たという ※映画「万引き家族」(6月8日金曜〜、TOHOシネマズ日比谷ほか全国公開、配給:ギャガ)(C)2018フジテレビジョン ギャガ AOI Pro.

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カンヌ国際映画祭で最高賞のパルムドールを受賞した映画『万引き家族』。貧困家庭が犯罪を繰り返しながら生きていく姿が描かれているが、フリーランス麻酔科医の筒井冨美氏は「映画の発端となった年金の不正受給問題よりも、もっと切実で深刻な事例がある」と語る。その実情とは――。

■映画「万引き家族」より全然ヤバい、「年金タカり家族」の肖像

2010年、東京都内で111歳相当の男性の白骨化遺体が発見された。その後、家族は死亡届を出さないまま年金を長年にわたり不正受給していたことが発覚して逮捕された。

是枝裕和監督はこの事件をきっかけに、今年のカンヌ映画祭の最高賞パルムドールを受賞した映画『万引き家族』(6月8日からTOHOシネマズ日比谷ほか全国公開)の構想を思いついたそうである。

2018年5月末、私は試写会で本作品を鑑賞した。東京の下町で「犯罪」によって生計をたてひっそりと暮らす貧しい家族を描いている。

真っ先に思ったのは「貧困」の深刻さだ。そして、「老人の年金にタカる家族は実在するけれど、(映画のような)心温まる話ではない……」という事実である。私はフリーランスの麻酔科医として地方の中小病院を渡り歩いていると、なまじ老人に安定した年金収入が入るがゆえに親族にタカられ続けて、やがて家族愛や人間の尊厳を失ってしまうケースが増えているように感じる。

映画のような「万引き」は犯罪だが、以下に紹介する「年金タカり家族」は全て合法である。なお3つの家族の事例を紹介しているが、プライバシー保護のため、年齢や病名、金額などは一部加工していることを断っておきたい。

【症例1】「年金タカり家族」のリアル

87歳の男性Aさんは、脳梗塞の後遺症で要介護3の車いす生活を送る。奥さんに先立たれ、療養型病院に長期入院していたが、ある日、持病の心臓病を悪化させて救急病院に転院した。救急車に同乗した50代の息子Bに、担当の医師が「このまま亡くなる可能性が高い」と説明したところ「オヤジを殺したらオマエもぶっ殺す!」と大騒ぎした。

Aは元公務員管理職で年金収入が月約30万円あった。高額療養費制度を活用すると病院への支払いは医療費とオムツ代などの合計で月約7万〜8万円。Aさんの銀行口座を管理する無職のBは、この差額で暮らしているようだ。

転院先で一命はとりとめたものの、口から食事することができなくなったA。「可能な限りの延命」を希望するBの指示で胃瘻(胃に栄養剤を注入する穴)されることになった。A本人が無意識に夜中に点滴を抜こうとするので両手はミトンに袋詰めされ固定された。

その後も、心臓カテーテルやら人工呼吸器やら人工透析やら、病院の懸命な処置(3カ月で数千万円の医療費)により命を守ったが、要介護度は「5」に悪化し、寝たきりとなって別の施設へ転院していった。全身の関節は拘縮で完全に固まって、言葉によるコミュニケーションも不可能。食事も排泄も介護ヘルパー頼み……という状態のまま。「寝たきりの大黒柱」として今もなおBを養い続けている。

■生活保護の90歳老母を娘が夏と冬に「入院させる理由」

【症例2】生活保護受給者のパチンコ代よりヤバいもの

ならば、「年金額が低ければタカられない?」といえば、そういうわけでもない。生活保護というセーフティーネットは、資産のない、「年金なし老人」や「低年金老人」への生活保護費の支給を認めている(『万引き家族』でも、祖母が世帯分離して生活保護制度を活用すれば、万引きをしなくても暮らせたはず)。

生活保護制度には、最低限の生活費や住居費を補助する「生活扶助」や「住居扶助」などの他に、医療の現物給付を行う「医療扶助」がある。すなわち、医療費がタダになるのである。

90歳の女性C子さんは一人暮らしをしていた。「熱中症で倒れた」という娘Dからの要請で昨年8月2日に救急車が急行。いったん入院することになった。だが、ひと通り検査をしたものの、「特に異常なし」。脱水症状も改善したので病院側は退院勧告したが、Dは拒否した。

その後も「ふらつく(と母が言う)ので原因をしらべろ!」「ムリに退院させて何かあったら責任とってくれるのか!」と主張してさらなる処置や高額医薬品を病院に要求し続けた。

結局、居座りは約1カ月。8月31日に退院した。なぜ、このタイミングで退院したのか。理由がある。入院が長引いて月をまたぐと、生活保護のうち住居扶助がカットされるのを勘案したのだ。Cに振り込まれる生活保護費は約15万円、その通帳は近居のDが管理しており、光熱費(主に冷暖房費)のかさむ夏冬は何がしかの病気を主張してCを入院させることで食費・光熱費を浮かせて節約したのである。Cにかかる数百万円の医療費は公費から支出されており、Dの懐は全く痛まない。

生活保護費の不正支給といえば、「働かずにパチンコ通い」といった行動が問題視されている。しかし、医療扶助のほうがケタ違いに高額であり、明らかに国の社会保障費を圧迫している。特に医療関係者であれば、そう思うはずだ。貧困問題や生活保護のことに関して「金より命!」「弱者切り捨てを許すな!」と主張する知識人や政治家は多い。その主張は間違ってはないが、「裏面」を何も知らぬままキレイ事を言ってはならないはずだ。

【症例3】80代介護事故、賠償金4000万円の衝撃

老人介護施設に入所していた84歳の女性E子さんは、食事に提供されたバナナをのどに詰まらせて倒れ、救急病院に搬送された。一命はとりとめたものの意識不明となり、1カ月後に死亡した。

地元に住む長男夫婦からのクレームはなかったが、ほとんど面会に来なかった東京在住の50代の娘F夫婦が頻繁に来所するようになった。そしてこう言って、施設を責め続けた。

「バナナを刻まなかったのは施設の過失!」
「苦しみながら死んだ母に詫びろ!土下座しろ!」
「説明義務を果たせ!」
「報告が遅い!」
「こんな紙切れ一枚の報告書で済むと思うな!」

最終的には「業務上過失致死傷で刑事告訴する」と息巻いたという。責められた担当の介護職員たちは次々に離職し、施設側は騒ぎを収束させるために高額の和解金を支払うしかなかった。

■老人介護施設に「寝たきりの大黒柱」が山ほどいる

ひと昔前の日本では、老人介護といえば「同居する長男の嫁の仕事」とされていた。都会に嫁いだ娘(長男の妹)は「私は他家の人間だから」と知らんふりしつつも、親が「床ずれ」や「肺炎」のような状態になると、「誰のせいで、こうなったの?」と長男や長男の嫁を責めたてた挙げ句に、親の介護を引き受ける長男家族が相続するという話は反故になり、娘も遺産の分け前をもらう……というのが定番の「もめ事ストーリー」だった。

今の日本で、この「同居長男の嫁」に相当するのが介護職員なのだろうか。2014年には、介護老人保健施設を利用していた80歳の男性が、ロールパンをのどに詰まらせて窒息し低酸素脳症になったとして、男性と家族らが損害賠償を求め、鹿児島地裁が約4000万円の支払いを命じるというケースがあった。そのとき鹿児島地裁は「小さくちぎったものを提供する義務があった」との判断を示した。こうした判決が次なる介護訴訟を呼んでいることは想像に難くない。

▼寝たきり老人に際限なく延命治療をリクエストする家族

老人介護施設など日本の療養型施設には「寝たきり大黒柱」と思われる人が数多くいる。現在の社会保障制度では、医療費の自己負担額には上限がある。そのため、年金(あるいは生活保護費)支給額から、その医療費を差し引いてもそれなりの額が残ることがある。

これを目当てに、家族が寝たきり老人に対して際限なく延命治療をリクエストするケースが後を絶たない。それは、愛する親を死なせたくないという気持ちゆえの「懇願」であることもあるが、「金目当て」であることもある。医師が延命治療を拒否することはできない。業務上過失致死傷で告訴されるリスクが伴うからだ。

地方の療養型病院に行くと同様の患者ばかりなのか、歩いたり会話したりする人間が全く存在しない病棟をしばしば目にする。医師としても、納税者としてもやりきれない思いのする光景である。また、これは近年、「若手医師が地方勤務をイヤがる」という理由の一因ともなっている。

▼ヒデキ、最後の選択

先日、昭和を代表する大スターの西城秀樹氏が亡くなった。葬儀の司会を務めた元アナウンサーの徳光和夫氏がこう言った。

「意識はないが心臓が動いている状態で、延命策をどうすべきかという話が家族で出ていた。3人のお子さんが『パパは本当に頑張ってきたから休ませてあげたら』と言い、奥さまはその一言で延命をやめたと聞きました。お子さんたちは立派に育った」

徳光氏はこう故人をしのんだそうだが、私も同感である。

年金や生活保障費は、映画のように家族みんなで鍋をつついたり、孫を連れて海に出かけたりするような日々のために使うべきものである。愛情なのか惰性なのか「商売」なのか、判然としないまま、物言わぬ老人をベッドに縛り付けてチューブで栄養剤を注入する行為は、おそらくは患者本人も家族も病院関係者も納税者も……誰も幸せにはしていない。

■これが「年金タカり家族」を無くす方法

以上のような「年金タカり」とも言うべき家族は残念ながら増えているという印象がある。では、これに対してどのような対策を立てればいいのだろうか。私個人の案を述べたい。

まず、年金受給者が入院した時は、年金を本人名義の通帳に支給するのを停止する。入院費やオムツ代などは、公費から直接病院に払えばよい。2016年から始まった「マイナンバー制度」の利用率は低いままだが、これを活用すれば技術的には可能だろう。

医学の進歩で「1本数10万円の抗がん剤」など高額医薬品も増える一方であり、医療・介護費の急伸によって、「社会保障費は2040年に190兆円に膨れ上がる」という試算もある。

年金制度を悪用すれば「家族がひと儲けできる」という現状は、早急に対処すべきだろう。

そして、西城秀樹氏の10代のお子さんたちの選択が当たり前になり、『万引き家族』のように家族の絆を感じられる中でポックリと人生を終えたいと私自身は願っている。

(フリーランス麻酔科医、医学博士 筒井 冨美 写真=iStock.com)