バーレーンGPの4位入賞に沸き立つトロロッソのスタッフたちのなかで、ひとり冷静な表情を崩さない男がいた。テクニカルディレクターを務めるジェームス・キーだ。


中国GPでのトロロッソ・ホンダは予想以上に苦しい戦いを強いられた

「空力アップデートを投入してメカニカル面のセットアップ変更を施したことで、中高速コーナーに対してもマシンバランスは良好になり、挙動もコンシステント(一貫性のある状態)になった。しかし現段階ではまだ、もう少し熟成の必要があると考えている。我々にとっては、上海は少し弱いサーキットだろう。高速コーナーが多く、さまざまな難しいコーナーがあるから、今回施したセットアップでそこでもクルマが安定したものになるかどうかが試される」(キー)

 キーは4位入賞という結果に踊らされることなく、中国GPでの苦戦を予想していた。しかし、さすがのキーもここまでの苦戦とは考えていなかった。

 予選15位と17位。決勝は15位フィニッシュ(ペナルティによる10秒加算で最終結果は18位)と最下位からのリタイア。いずれも中団グループのなかでウイリアムズとザウバーの2チームと戦うのが精一杯で、中団上位からは置いていかれた。

「苦戦の度合い」が予想の範囲内なら、その理由は想像がつく。

 金曜日にピエール・ガスリーがいたのは12番手で、ハースやルノーにはやや差をつけられたものの、マクラーレンやフォースインディアと10〜12番手あたりを争う位置だった。つまり、大接戦の中団グループのど真ん中だ。今のトロロッソにとって、不得意なコースや不調なときの定位置は、このあたりのはずだった。

 しかし、セッティング変更を施して臨んだ土曜は、「3度もクラッシュしそうになった」というほどマシンが不安定になってしまった。

「金曜日はよかったよ。ルノーとは0.3〜0.4秒差でしかなかったし、ポジティブだった。もう少し期待していたのは事実だけど、あと0.2秒稼げればトップ10に入るんだから、ある程度は予想していたとおりだったとも言える。

 でも、土曜から違うセットアップにしたことが明らかに正しい方向ではなかった。FP-3(フリー走行3回目)を走り始めてそのことに気づいたけど、予選までのインターバルは2時間しかないし、データの分析にどう対応すべきかという話し合いの結論が出た時点では、もう予選までの時間がそれほど残されていなくて。望んだとおりのセットアップ変更が施せる時間ではなかったし、金曜のセットアップに戻すことはできなかったんだ」(ガスリー)

 ガスリーの言うトリッキーな挙動とはリアの安定感を欠いた状態のことで、コーナーの入口ではリアがふらついてステアリングを思い切って切り込むことができず、コーナーの出口ではトラクションが不足してスロットルが踏めないという二重苦だった。これではマシンを信頼して攻めることができない。

「すごく予測不可能な挙動で、クルマを信頼してドライブすることができなかったんだ。金曜はスタビリティが僕らの強みだったのに、土曜はリアのグリップ感がなかったし、ひどいオーバーステアでトラクションもなかった。あちこちでホイールスピンだらけで、あらゆる立ち上がりでトラクションを失っていた」(ガスリー)

「特に長いコーナー、入口と出口の組み合わさった長い複合コーナーでの速さが欠けていた。バーレーンはストップ&ゴーのサーキットで、そういうところでは速かった」(ブレンドン・ハートレイ)

 当初は「土曜になって急に寒くなったことが影響したのではないか」と見られたが、暖かくなった日曜にも状況が改善しなかったことから、温度が原因である可能性はなさそうだった。

 土曜は強風と突風が吹きつけたため、その影響も疑われた。実際に追い風でダウンフォースを大幅に失っていることはデータ上でも確認されたが、強風は金曜も同じで、そもそもダウンフォース量が多いクルマではないため、風に対する敏感さがライバル車より大きいという理由もあまり見当たらなかった。

 考えられるのは、タイヤに対する熱の入れ方だった。上海のサーキットは長い右コーナーが多く、左タイヤに負荷がかかったり、コース後半に長いストレートが連続していてフロントタイヤが冷えがちだったりと、前後左右の温まりのバランスを取るのが難しい。

 ダウンフォースが少ないことに加え、バーレーンで導入した新しいサスペンションセットアップが影響を及ぼしたのかもしれなかった。テクニカルディレクターのキーは次のように語った。

「問題の根幹は、スタビリティとグリップが不足しているということで、原因としてはサーキットとの相性か、もしくはアウトラップでタイヤに対する負荷が十分にかけられていないということが考えられる。

 我々はロングランのペースがよく、デグラデーション(性能低下)は非常に小さいが、その反面、予選でワーキングレンジ(作動温度領域)に入れるのに苦労する傾向がある。それはダウンフォースが足りないということかもしれないし、メカニカル面のセッティングに起因するものかもしれない」

 キーが語るように、コース特性も原因として考えられる。

 バーレーンは直線を低速コーナーでつないだようなストップ&ゴーのサーキットで、空力性能が問われる高速コーナーが少なかった。しかし上海には、中高速コーナーやターン1〜2、ターン7〜8、ターン13など長く回り込むコーナーが点在する。

 バーレーンの金曜は旧型仕様、土曜から新型仕様と、同じサーキットで乗り比べて進化を如実に体感したハートレイは、上海でもそれが効果を発揮すると確信していた。


まさかガスリーとハートレイが同士討ちで自滅するとは......

「コース自体は違うけど、低速コーナーと高速コーナーのスピードプロファイル(速度域の分布)という点では、バーレーンと上海はかなり似通っている。重要なのは、コーナーに入っていくときのマシンバランスだ。

 コーナーのなかで高いグリップレベルがあることも重要だけど、コーナーのフェイズが変わっていくなかでマシンバランスがどう変化するかも重要なんだ。その点、僕らのクルマは中高速コーナーで大きな荷重がかけられているし、(バーレーンの)土曜にアップデート版で走り始めて1周目からその大きな違いは感じられた。あれほど違うとは思ってもみなかったほどだった」

 これに対してガスリーは、中国GPの決勝を終えて「長いコーナーや長いトラクションエリアが多いこのサーキット自体が僕らのマシンに合っていなかったんだと思う」と結論づけたが、それがマシンそのものの特性なのか、今回のセッティングによるものなのかはまだわからないとした。

 もともと中団グループの上位争いが難しいところに、土曜に踏み違えた一歩を取り戻すことができないまま迷走したのが、中国GPのトロロッソだった。

「僕らには失うものはない」とアグレッシブな戦略で浮上を狙い、「あのままいけばマクラーレンの1台と12位争いはできた」というガスリーだが、2台で戦略が交錯するがゆえにコース上で順位の入れ換えをせねばならず、その際に「チームから指示が出ていたからブレンドンが譲ってくれたと思って飛び込んだけど、彼は立ち上がりで譲るつもりだったらしい」とチームメイト同士で接触。散々な週末になってしまった。

 しかし問題の根幹は、マシン挙動が極めて不安定なものになり、本来のパフォーマンスを発揮することができなかったということにある。

 レース後のブリーフィングを終えたホンダの田辺豊治テクニカルディレクターはこう語った。

「チームとして非常に不本意なパフォーマンスだったと受け止めています。中団グループはかなりの接戦になっていて、ちょっとしたことで順位が入れ替わりますが、今回はその範疇以上に(パフォーマンスが)沈んだというのがチームの受け止め方です。

 原因がエアロなのか、タイヤなのか、メカニカルグリップなのか……。何がこういう結果を招いたのかということをチームとして解析して、次のレースに臨まなければならないという話になりました」

 開幕前から一歩一歩前に進んできたトロロッソ・ホンダだが、結果だけを見れば今回は一歩も二歩も後退してしまったようにも見える。しかし、上海で直面した予想外の問題と向き合い、その理由を解明できたのなら、チームとして大きく前進することができる。

「結果だけを見れば後退しているように見えても、悪いところが見えたというのは、その原因をきちんと理解できれば一歩前に進むことになると思います。(チーム代表のフランツ・)トストさんからは『バクーまでにすべて解析して全部理解しろ!』っていう号令が出ていました。

 バーレーンではあれだけのパフォーマンスがあったわけですから、あれがなぜよかったのかということと、今回はどこが悪かったのか、どうすればバーレーンのようなパフォーマンスを発揮できるのかをこれからがんばってしっかりと理解し、挽回していい結果につなげていくべきことだと思っています」(田辺テクニカルディレクター)

 一歩下がって二歩進む。次のバクーでそんな歩みができるかどうかは、ここから約10日間の努力にかかっている。

◆J・バトン新連載。いきなり「ホンダ1・2位」を演じた驚異の適応力>>>

◆中団のトップ候補にトロロッソ・ホンダが浮上。アロンソは逆襲を誓う>>>