3〜4月には年間引っ越し件数の3分の1が集中するが、今年は例年になく逼迫している(記者撮影)

「業者が見つからない」「料金が異常に高い」――。SNS上では悲鳴に近い声が飛び交う。

繁忙期を迎えた今春の引っ越しで予約できない人が続出している。「今年は100件近くの依頼を断ることになるだろう」。東京に本社を置く中堅の引っ越し業者、アップルの文字放想(もんじゆきお)代表はそう嘆く。

強気の見積もりが相次ぐ

同社では待遇が改善傾向にある宅配業界と人手の取り合いになり、運転手が昨年の同シーズンより1割減少。アルバイトも、学生などから重労働が敬遠され、不足している状況だ。


日本通運は3月下旬から4月上旬の間、単身パックの割増料金を引き上げた(撮影:梅谷秀司)

春先の繁忙期では、引っ越し業者は通年で契約を結ぶ法人顧客向けを優先せざるをえない。割を食っているのが、個人客だ。ある中堅業者は、「大手の一部は個人客向けに割り振れる車両や人員が逼迫しているため、売り上げ確保を狙い、単価を引き上げているようだ」と話す。家族向けの長距離引っ越しでは閑散期の3倍超えとなる50万〜60万円の強気の見積もりを出すケースも相次いでいるという。

大手の日本通運は3月下旬から4月上旬の間、単身パックの割増料金をこれまでの2000円から5000円に引き上げた。「アルバイトの人件費上昇や外注コストを料金に転嫁せざるをえなかった」(土田久男・引越営業部長)。

引っ越し業者約1200社が加盟する全日本トラック協会の調査によると、ここ数年は引っ越しの件数に大きな変動は見られない。

他方、同協会の礎(いしずえ)司郎・輸送事業部長は、「この2年ほどで各社が長時間労働の対策を進めたため、1日当たりの対応可能な引っ越し件数が減っている」と指摘する。かつては1台のトラックで1日に3回できていた引っ越しが、今年の繁忙期は2回が限界だという。

単身引っ越しの新たな選択肢も

業界2位のアート引越センターは、運転手不足や働き方改革で昨年春の受注件数を前年同期比で2割抑制。今春は回復傾向にあるが、一昨年の水準に及ばない。


物流ベンチャーのCBクラウドが手掛ける荷物配送のマッチングサービス「Pick Go(ピックゴー)」(撮影:田所千代美)

引っ越し市場はサカイ引越センターを筆頭に大手6社が約7割のシェアを占める。引っ越しを兼業する中小運送業者の中には、働き方改革や大手との受注競争が激しくなっていることから、引っ越しの仕事をやめるところも出始めた。

こうした中、物流ベンチャーのCBクラウドは、引っ越しをしたい個人と仕事が欲しい軽貨物運転手をネット上でマッチングするサービスに力を入れる。3月上旬の平日、ある留学生の東京23区内での引っ越しは、荷物の量が軽ワゴン1台分で料金は5000円を切った。「運べる荷物の量には制約があるが、単身引っ越しの新たな選択肢として消費者に訴求したい」(松本隆一CEO)。


当記事は「週刊東洋経済」3月17日号 <3月12日発売>からの転載記事です

大手各社も逼迫する現状を改善しようと、引っ越し時期の分散を呼びかけてきた。だが、現時点で人事異動の時期をずらす企業は限られ、“焼け石に水”となりそうだ。全日本トラック協会は、繁忙期に引っ越しの需給が逼迫する状況は当面続くと見ている。

引っ越し各社の運ぶ力が低下すれば、春先に集中する進学や就職、異動という日本社会の仕組み自体が維持できなくなる。業界と社会の双方に大きな課題が突き付けられている。