初代の広さはいいが広すぎる! 広さをどう生かすのかが大切

 広い室内や軽自動車とは思えない上質さ、安全性の高さといった魅力で、幅広いユーザーから支持されるN-BOX。新型のデザイン開発にあたってデザインチームが最初に行ったのは、その魅力の本質をあらためて見直す作業だった。

「まずはホンダのフィロソフィーである3現主義(現場・現物・現実)にのっとって実際にN-BOXに乗り、軽自動車の比率の高い中国、四国、九州地方などをリサーチしました。さまざまな発見や再認識がありましたね。エクステリアが日本の古い街並みにも似合うこと。高速道路を走る軽自動車の比率の高さや、ショッピングモールでの女性ユーザー比率の高さなど、軽自動車が生活に密着していることをあらためて認識しました。(インテリア担当・金山さん)」

「ほかにも、軽自動車の限定された空間での『おもてなし』について考えを深めるため、寝台列車に乗ってみたり、2階の床が透明になっているユニークな旅館に泊まってみたり。メンバーはリサーチでの気づきをポスターにしてデザインルームの壁に貼ることで士気を高め、アイディアを膨らませていきました。(金山さん)」

 徹底的に足を使ったリサーチによって多くの知見を得たデザインチーム。続いて新型デザインのコンセプトの策定作業に入るが、ここでは、N-BOXのオーナーに多い女性ユーザーについてのリサーチを実施。

「社内のママさん社員に集まってもらい、その声に耳を傾けました。家事や子育ての大変さ、ママさんの一日がどれだけ忙しいかなどをあらためて認識することができました。クルマの運転が苦手という人もいましたね。(金山さん)」

 軽自動車の車内と同じ面積のカーペットを敷き、乗員の着座位置とコミュニケーションのしやすさの関係を探ったり、室内寸法を簡易的に再現した「やぐらモデル」で、車内でリラックスできるための手法の検討も行った。

 検討はまだ続く。やぐらモデル以外にも、簡易パッケージモデルを製作。初代N-BOXのシートを装着して、より具体的な使い勝手を検証。社内のママさん社員にも検証に参加してもらい、新型N-BOXが目指すべき方向性を固めていった。

 こうして「日本の家族のしあわせのために」というグランドコンセプトが決定するわけだが、デザイン開発の全過程から見ると、この段階はごくごく初期のステージだ。にもかかわらず、ここまでに至る過程でこれほど何度も検討を重ねていることには驚かされる。まさにフィロソフィーである3現主義の徹底的な体現と言えるだろう。

「初代N-BOXに実際に乗って思ったのは、すごく広いのはいいけれど、今のままだと広すぎるということでした。初代は後席スライド機構がなかったので、高速道路の走行だと前席と後席が遠くて会話しにくかったり、後ろにひとりで乗っていると疎外感を覚えてしまったり。つまり、広さをもっともっと使い切れる可能性が残されているなと。N-BOXが広いのは当たり前、新型ではその先を目指さなきゃいけないとあらためて思いました。(エクステリア担当・杉浦さん)」※上記写真は初代発表会の模様

 プロジェクトスタートの際に行ったリサーチは、エクステリアデザインにも、さまざまな知見をもたらした。

「高速道路の走行は速度域が高いために、不安になりがちなシチュエーションですが、ベルトラインが高く、ロアボディの厚い初代N-BOXは、外から見ても安心感や包まれ感が高く感じます。大きく見え堂々としながらも威圧感を感じさせず、どんな街にも似合う親和性も初代のデザインの魅力です。こうした魅力は新型でも生かすべきだと考えました。(杉浦さん)」

高級な普通車にも劣らないエクステリア

 デザインチームでは、初期案としてふたつのデザインを提案。A案は初代の持つ常用価値をさらに伸ばした正常進化方向の案。B案はN-BOXらしさから少し離れた新しい価値を模索しようという案だ。

 社内コンペではA案を支持する意見が多かったが、「本当にその答えが正しいのか」を検証するため、新たにA案改と新B案のモデルを作製。その結果、「やはりA案で間違いない」という確信が得られた。

 中期段階では、N-BOXらしい骨格に磨きをかけ、上質感を表現するうえで重要な洗練された面質を追求。顔つきについても、老若男女、誰にでも似合うデザインを目指してブラッシュアップが図られた。後期に向けては設計要件も織り込みながら細部の造形も整えられていった。

 仕上がったエクステリアは、初代のよさをしっかりと受け継いだデザインだ。だが、2台を並べて見てみると、新型の各部の質感が大きく向上しているのがはっきりとわかる。たとえばボディサイドのドアパネル。光によって描かれる陰影のグラデーションのレンジの広さやきめ細かさは、高級クラスの普通車にも引けを取らないほどだ。

 普通車よりも小さいために全幅の「デザインしろ」が限られてしまう軽自動車で、これだけ豊かな陰影を作るのは、まさに至難の技と言える。

「おっしゃる通り、かなり苦労した部分です。ボディサイドのハイライトは初期のデザインスケッチにも描かれていたのですが、とくにデザインしろの少ないN-BOXで本当にこれができるのか? と思いました。
今回、造形はとくに面の質感と密度感の表現にこだわりました。たとえば深い陰影を作るためには、彫刻的に彫り込むのが現実的なアプローチだと思うのですが、それにより立体が分割されN-BOX特有の塊の強さが損なわれてしまいます。そうならないよう立体全体としての陰影コントロールに気を遣い、面のつながりや張りにも微妙な強弱や変化を付けるなど、クレイモデルで表情を吟味しました。(エクステリアモデリング担当・鈴見さん)」

競合車をブッチギリで引き離すための秘策

 N-BOXには派生モデルの「カスタム」もラインアップされている。一般的にはノーマルも派生モデルもひとりのデザイナーが手掛けるが、今回はそれぞれで別のエクステリアデザイナーを立てている。両者の世界観をより明確に差別化するためだ。

「ノーマルは、ママさんユーザーにとっての使い勝手を重視した、いわゆる『コト価値』によるクルマ作りを行っています。対してカスタムでは『モノ価値』も全面に出していこうと考えました。従来のカスタムでもダウンサイザーのお客さまが多かったのですが、新型ではそうした方がさらに誇らしく乗っていただけるようなデザインにしたいと考えました。目指したのは軽の世界の高級車です。(カスタムのエクステリア担当・花岡さん)」

 競合他車を「ブッチギリ」で引き離すための勝ち技としてデザインチームが行ったのは、最先端の灯体類を織り込むことを前提にしたエクステリアデザインだった。一般的なデザイン開発行程では、エクステリア全体とランプ類のアウターレンズのデザインが決まったあとで、そこにはめ込む灯体の中身に手をつける。ちょっと乱暴な表現になってしまうが、わかりやすく言うと、ライト類は、デザインの都合で決められたスペースに寸法が収まってさえいればいいということだ。

 だが新型のカスタムでは、当初からライト類の中身や光り方をデザイン上重視して、かなり早い段階から灯体設計との共同開発が行われている。ときには灯体の都合に合わせてバンパーのデザインを修正することさえあった。

 ここで大きな貢献を果たしたのがモデラーだ。ホンダのモデラーは、クレイモデルなどのアナログ作業だけでなく、デジタルデータによるモデリングにも精通している人材が多い。一般的な自動車メーカーと比べて、非常に幅広い領域を担当していることが特徴だ。

 そのため、クレイモデルでは再現が難しい灯体の光り方などの検証も、デジタルデータをフィードバックさせることでかなりの確度まで追い込むことができる。新型のカスタムのデザインは、こうしたことが可能なホンダのデザインチームだからこそ実現できたと言えるだろう。

 カスタムの売れ筋である暗色系のボディカラーでの見え方を重視したため、クレイモデル検証用のシルバーのフィルムにわざわざボディカラーを塗装し、そのフィルムを貼り付けることで、徹底的な追い込みを行った。

「フィルムの上に塗装していますから、フィルムを引っ張り過ぎると下の色が出てしまうんです。貼るのがすごく難しくなるんですが、この検証のおかげで全体の見え方がしっかり確認できましたね。(カスタムのモデリング担当・西尾さん)」

インテリアはパパにフォーカスしたコンセプトも検討

 続いて、インテリアデザインにも目を向けてみよう。

「インテリアで目指したのは、忙しいママさんたちがN-BOXに乗ることで元気になって、毎日を活き活きと過ごせる空間です。(カラー・マテリアル・フィニッシュ担当・渋谷さん)」

「じつは開発の途中でパパにフォーカスしたコンセプトもあったんです。書斎コンセプトといったものもトライしたんですが、やはりママの使い勝手に優れたものは、誰にとっても使いやすいということで却下されました。そんなふうにさまざまな方向からアプローチを行って自分たちのコンセプトが間違いないということをしっかりと確信していったんです。(金山さん)」

 初期段階では、居心地のよさを重視した「広さMAX案」と、使い勝手がよく収納を最大限に生かす「収納MAX案」を提案。だが、広さと収納を分けて考えることはできないという理由から、ふたつの案を一元化。立体モデルによって、さらなる熟成が進められていく。

 モックアップモデルでは、さまざまなアイディアがトライされている。前後にスライドしてテーブルとしても使えるコンソールや、リラックスだけでなく後席で子どものおむつを替えるときにも便利なオットマン。ほかにも、何枚も重なっていてめくるたびに新しい柄が出てくるランチョンマットをダッシュボードのトレイに備えるなど。

「モックアップにはママさん社員にも何度も乗ってもらって意見を聞かせてもらいました。(金山さん)」

「女性の意見はパッケージにもすごく生かされています。たとえば、抱っこした子どもを後席に乗せてから、運転席に座るまでの動線ですとか。新型N-BOXでは、後席に子どもを乗せてから外に出ることなく運転席に移れるセンターウォークスルーを採用していますが、その必要性も、雨の日のママさんの苦労といった、リサーチで得られた意見によって確信できたものなんです。(パッケージ担当・柳本さん)」

 初期から中期にかけてのデザインの大きな変更点は、メーターがアウトホイールタイプになったことだが、これも、女性視点での使い勝手にこだわった結果だ。

「アウトホイールのメーターは、ガラスの角度が寝かされたミニバンだと実現しやすいんですが、インパネの距離が短いN-BOXでは、見た目の印象からも設計上の理由からも、実際にやろうとするとかなり難しいんです。設計サイドと何度も試行錯誤を重ねました。(インテリアのモデリング担当・松浦さん)」

 今回のデザイン開発で印象深いのは、あらゆることについて、自分たちが実感として理解できるまで徹底的にリサーチや検証を行っていることだ。たとえば初代の魅力を踏襲しようという方向性に関して言えば、読者のなかには、「人気モデルなんだから、よさを踏襲するなんて考えるまでもないこと」と感じる方もいるのではないだろうか。

「確かに近道しようと思えばいくらでもできたと思います。けれど、もしも近道していたら、人気モデルのカタチをただ単になぞっただけで終わっていたような気がします。ひとつひとつの魅力を実感として理解できたからこそ、そこに加える新しい魅力についても、本当に必要なものがなにかをブレずに選びとることができたのだと思います。(金山さん)」

 いいところを盲目的に受け継ぐのではなく、あらゆる可能性を試すことで、そのよさを実感として理解する。それはある意味、とてつもなく攻める姿勢と言えるだろう。実際、デザイナー本人も「N-BOXらしさを踏襲したというよりも、攻めに攻めた結果、得られた答えがN-BOXらしさだった」と語っている。

 ホンダのフィロソフィーである3現主義で徹底的に検証を重ねて作り上げた新型N-BOXのデザイン。それはまさにホンダらしさ全開のデザインと言えるだろう。