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分けにくい遺産の法定相続分を親族が断固主張、子供名義の口座が申告漏れ扱いで追徴課税……。相続手続きのスペシャリストが語る最近ありがちな遺産トラブル事例。

■家族名義の預金は相続税の節税にはならず

2015年の税制改正による相続税基礎控除の引き下げで、サラリーマン世帯にも急に切実な話題になった相続問題。法務省の最近の統計によると、遺産相続の分配でもめ、調停等に持ち込まれた「遺産分割事件」では、遺産総額が5000万円以下の案件が全体の約4分の3を占めるという。

税制改正から2年、どんなタイプのトラブルが増えているのか。「相続トラブルと一口にいっても、相続人同士の間のトラブルと、相続税の申告や納税に問題が発生するケースの2種類があります」と指摘するのは、相続専門の税理士法人レガシィの大山広見税理士だ。

同法人では16年、相続税申告書の作成と相続コンサルティングを合わせ、1600件以上の相続関連案件を手掛けたという。「税制改正後、いわゆる富裕層以外の方々からも相談件数が増えているのは事実ですが、よくあるトラブルの内容そのものは、改正前の数年とくらべてもそれほど変わっていません」(大山氏)。相談の中で経験した、ありがちなトラブル事例とは……。

相続税の申告に関連したトラブルで最近目立つのは、被相続人が生前に配偶者や子供たち名義の口座をつくり、そこにまとまった額の自分のお金を入金している、いわゆる「名義預金」がらみの事例だ。被相続人以外の名義で預金をしておけば相続税がかからないと誤解している向きも少なくないが、配偶者や子供たちと適正な贈与契約を結んだうえでつくられた預金でなければ、被相続人本人の財産とみなされ、相続税の課税対象になる。

■遺産が小規模だと対策の選択肢が少ない

「生前贈与」による相続対策を目的に、少しずつ被相続人名義の口座から資金を移す場合も、事前に贈与契約書を作っておかないと、やはり被相続人の財産とみなされてしまう。年間110万円の、贈与税基礎控除の範囲内であっても同様だ。

「税務調査が入った場合、真っ先にチェックされるのは名義預金です。名義の本人が知らないうちに被相続人が口座を作っていることもよくあり、それを申告漏れとして税務署から指摘される場合もあります」(大山氏)。税金以外にも、相続人同士の間で名義預金の額に差があることが発覚し、それが原因で争いが生じることもあるとか。

一般的な相続でのトラブル要因の筆頭は、「相続財産の分けにくさ」だ。富裕層であれば不動産が複数あったり、現預金などの分けやすい財産が多くあったりして、財産を等分したり、不動産の分配の不公平を現金でカバーしたりといった選択肢が多く、対応がやりやすい。だが、実家が1軒に預金が少々で、実家の評価額が相続財産の大半を占めるようなケースでは、複数の相続人の間で平等に遺産を分割するのは難しい。

「かつての『家督相続』という考え方が廃れて『均分相続』が定着したこともあり、相続財産が分配しにくい状況であっても、相続人が法定相続分どおりの分配を強く要求する例が増えています」と、大山氏は説明する。かといって、実家に相続人の1人が住んでいたり、店舗を営んでいたりすれば、売却による分割も困難だ。

最近は「サラリーマン大家」のように、個人投資家が賃貸物件に投資する例もよくあるが、空室などで赤字が出ているような物件を被相続人が所有していた場合、分割もできず売るにも売れない、悩ましい相続財産になってしまう。

「いくつも物件を持っている富裕層であれば、黒字の物件と赤字の物件を組み合わせて、不公平がないよう調整して分ける技も使えるのですが……」(大山氏)

■不動産はもらったけれど相続税分の現金がない

3つめに挙げておきたいのが、せっかく作成した遺言書に不備があるケース。その代表例が、相続財産の記述漏れだ。「不動産についての指示はあるが、有価証券や預貯金についての指示がないという遺言書が少なくありません。この場合、結局は遺産分割協議書を一から作り直すことになってしまいます」と大山氏。これでは、相続トラブル回避のために遺言書を準備した意味がない。

同じくらいよくあるのが、相続税の納税についての配慮が足りない遺言書だ。例えば、「長男は不動産だけ、長女は現金だけ」と分割を指示しているようなケース。「不動産だけを相続したとしても、それにかかる相続税はキャッシュで払うのが基本。納税に必要な現金を合わせた相続プランを考えておかないと、子供がかわいそうです」(大山氏)。

相続税の専門家ではない者が作成を支援した遺言書には、こうした配慮を欠くものが少なくないという。実家の課税評価額を大幅に下げられる「小規模宅地等の特例」の適用を受けるためにも、遺言書を作成するときには、税務的なアドバイスを受けることが望ましいだろう。

もっとも現状では、遺言書を用意しておくという発想そのものが、まだまだ一般的ではないようだ。税理士法人レガシィによれば、16年に同法人に寄せられた相続相談のうち、遺言書を作っていたケースはわずか11%。課税資産額が5億円を超える富裕層の相続案件でも、18%にとどまった。だからトラブルが絶えないのだ、という見方もできる。

相続トラブルを防止するには、やはり事前の対策が有効だ。「何より親が元気なうちに、すべての相続財産を網羅し、相続税の納税にも配慮した遺言書を作っておくことです」と、大山氏はアドバイスする。

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▼もめる、慌てる、最新3パターン

1:いろんな名義の通帳がゴロゴロ

被相続人が生前に、配偶者や子供の名義で少しずつ自分のお金を預金。事前の適正な贈与契約がなければ、被相続人本人の財産とみなされ相続税の課税対象に。

2:不動産が少し、現金はあまりなし

実家など不動産1〜2物件が財産の中心で、現預金の額が少ないと、相続人の間で平等に分けることが困難に。都市部の「普通の相続」によくあるパターン。

3:書き漏れ多数! 困った遺言書

不動産など財産の一部についてしか記述がないと、結局は遺産分割協議書の作成が必要になり、遺言書の意味がなくなる。相続税の支払いを考慮しない配分もトラブルのもと。

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税理士法人レガシィ 税理士 大山広見
1962年、東京都生まれ。明治大学商学部卒。税理士、行政書士、税理士法人レガシィ パートナー。同法人にて年間100件を超える相続税申告事案の責任者を担当。
 

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(雑誌エディター/ライター 川口 昌人 写真=PIXTA)