「もがく」小山、盗難被害から回復の伊勢崎工、進化を見せる新宿。それぞれの秋142キロを出すといわれる大友直樹君(小山)

 かつて、甲子園出場は春2回、夏4回で、76年春のセンバツではその大会では準優勝を果たすなどの実績もある小山。03年以降は甲子園から遠ざかり、近年はやや低迷も続いていたが、16年に斎藤 崇監督が宇都宮清陵から異動。「もがけ」という言葉をテーマとして掲げている。

「まだまだ、本気になり切れていない部分もあって、歯がゆいんですけれども、選手には、ある程度は厳しいこともやらせています。自主性が独り歩きしていかないようにしないと、本当の意味で、チームの力にはなっていかない」と、考えている。そのためには、選手たちが自分で考えてもがき苦しんで、その中から這い上がってきてほしいという願いなのである。

 選手それぞれがもがき苦しむ中から何かをつかみ取って、それを個々としても、チームとしても成長につなげていきたいという姿勢で取り組んでいる。そうした意識が少し浸透してきて、今春は6年ぶりにベスト8まで進出するなど、着実にチームが変革しつつある。古豪に新しい血を吹き込んでいこうという気持ちは強い。そして、斎藤監督自身ももがきながらチーム作りに取り組んでいる。

 この秋の小山には、最速142キロまで出せるという大友直樹君が前チームから残っており、投手中心のしっかりと守っていかれる野球を目指したいところである。しかし、斎藤監督は、「この学年は、個々の能力はそこそこある選手もいるんですけれども…、それぞれのまとまりがよくなくて…、足を引っ張り合ったりしていて、(野球に)取り組んでいく意識の部分で問題があるんです。まずは、そこから変えていかなくては」と、厳しい姿勢で見つめている。

 それもやはり、「古豪復活を託されている」という意識も強く持っているからであろう。自身は、栃木県出身ではない(鎌倉学園→國學院大)ということもあって、「変に(古豪だということを)意識することはないですから、思い切っていろんなことをやっていきたいと思っている」と、宇都宮清陵時代にも、06年に就任2年目で関東大会まで導いたように、もがきながらも栃木県に新たな風を吹かせていきたいと勇んでいる。

本塁打を打った柴崎君(伊勢崎工)

 そんな小山に、群馬県の伊勢崎工と東京都の都立新宿が訪れて、午前8時30分過ぎから変則ダブルで3試合が行われた。

 前述の大友投手が注目されている小山だが、最速142キロまで出るというストレートが武器だ。ただ、力任せになって単調になるととらえられてしまうという悪癖も持っている。この日の第1試合の伊勢崎工戦でも、それが出てしまった。

 小山は4回までに5点を奪いリードしていたのだが、伊勢崎工は4回、5番柴崎君が90mの左翼フェンスを越えていくライナーのソロを放って、反撃態勢に入る。5回には、1番の星野君からという好打順もあって、打者10人で7点を奪った。大友君も力んで制球が乱れて四死球を出して柴崎君、8番亀井君にタイムリーを打たれ、とどめはこの回2度目の打席の星野君が右中間に痛烈な二塁打を放った。星野君は、打球を捉えるポイントがしっかりしており、非常に好打者という印象だった。

 これで伊勢崎工がすっかりペースをつかんで千吉良君と木村君の継投でかわした。伊勢崎工の原嶋 進志監督は、「細かいことをやろうとすると、失敗したり混乱するので、思い切って振っていくということをテーマとしてやられました」と言っていたが、群馬県内では健大高崎に代表される足でかき回していく機動力野球が全盛となっていて、いずこもそうしたスタイルに終始している。伊勢崎工も、そんな戦い方にもトライしていたが、2試合目では初回に無死一三塁で仕掛けたが、都立新宿バッテリーに見事に阻まれた。結局、この試合でも、7回になって3番藤沼君の三塁打や続く長澤君の左前打など打っていった形での得点となった。

 ところで、この伊勢崎工、この夏には例の、世間を騒がせた北関東での野球部備品盗難事件の被害校でもあった。ほとんどが使用済みだったというが、ボール26ダースと、バット9本が盗まれた。その事件を知った元プロ野球選手らのNPO法人からボールなどが寄贈されたという。「有難かったですね。全員で礼状も書かせていただきました」と、原嶋監督は被害にあったことには呆れつつも、周囲のバックアップには感謝していた。

 そして、現在のチーム状況に関しては、「群馬県は今、2校が突出して抜けている状態ですけれども、だからと言って我々にチャンスがないわけではありません。県内の勢力構図が縦長になってきて、むしろウチあたりでも、上位へ食い込んでいく余地はあるのではないかなと思っています」と、意欲を示していた。

田久保監督の指示を聞く新宿ナイン

 新チームが成長していくということでは、都立新宿の進化には驚かされた。この秋、一次ブロック予選では初戦で、府中東にリードされて終盤に追いつきながらも、ついぞひっくり返せず惜敗している。その要因が、打線がつながらなかったということだった。その敗戦を受けて、田久保 裕之監督は意識改革も含めて、限られた人数の選手たちとどうやって打って勝てるチームを作り上げていくのかということを考えた。そのためには、指導の言葉の一つひとつにも神経を注いだ。

 「甲子園を本気で目指すという言葉をいつどのタイミングで、選手たちに話すのかということも考えました。口でだけ言っても、それは軽いものになってしまいますから、本当にその意識が芽生えて生きたというタイミングで、“甲子園を本気で目指す”という言葉を全員の前で言おうと思っていました。それが、11月3日でした。それが、都立新宿野球部の新スタートとしました」

 実際今月に入っての対外試合では実戦での本塁打も増えてきているという。この日も、新田君が伊勢崎工の藤井君から左中間へソロ本塁打を放ち、伊藤 秀真君と荒川君が連続三塁打で得点し、さらに続く遠藤君が左前打で帰すという、打って点を取る形を実践して見せていた。「ここは、内野ゴロでいいやと思っていたら、内野ゴロも打てません。本気で打ってやろうと思わないと、絶対に打てません。そういう意識を作っています」と、指揮官の言葉に純粋に反応していく選手たちの進化に目を細めている。

 新田君は小山戦でも右中間へ三塁打しているし、スイングの鋭いバルカー君も一死二三塁で右中間へ会心の三塁打を放っている。打てる都立新宿を十分に示してくれた。つい2カ月半前は、単打は出ても、つながらない打線で歯がゆさを感じさせていたものが、選手たちが意識を変えていったことで大きく成長したのだ。守りも、派手さはないものの、大きなミスが出ないのは、集中を切らせていないからであろう。

 「ほとんど素人みたいな選手も入ってきていたんですけれども、毎日一生懸命にやっていると、ここまでやれるようになるんだということを改めて実感しています」

 前任の小山台では助監督として21世紀枠の代表校になり、甲子園でのノックも経験した田久保監督。その経験は、自らにとっても指導者として貴重なものとなった。異動して今は、母校の後輩たちの成長が嬉しくてたまらないという様子だった。

 そして、都立新宿ではOBでもあり東京大からプロ入りした井手 峻中日球団元編成部長に臨時コーチも依頼している。プロでの高い技術だけではなく、東京大という場での経験も踏まえて意識も伝えられているという。「東大と甲子園、その両方を目指せる野球部という意識を持って取り組んでほしい」と、選手たちに対しての要求のハードルも高いが、選手たちは楽しみながらその壁に立ち向かっていることが、伝わってきた。

 一冬越えて、さらなる成長がとても楽しみなチームになってきた。

 

(取材・写真=手束 仁)

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