国民食と呼べるほど日本人が愛してやまない「ラーメン」。その人気は衰えることなく、オーソドックスな「しょう油」「塩」「みそ」「豚骨」に収まらない、さまざまな味や個性的なご当地ラーメンが数多く生まれています。ところで、ラーメンといえば、お店によっては「中華そば」「支那そば」などと表記されることもありますが、これらの違いとは何でしょうか。新横浜ラーメン博物館の八巻香奈子さんに聞きました。

南京そば→支那そば→中華そば

 八巻さんによると、日本では明治維新以降、横浜や神戸などの港町に中華街(南京町)が誕生し、中華料理が食べられるようになりました。いわゆるラーメンについては1884年、北海道・函館の「養和軒」のメニュー「南京そむ(そば)」が新聞広告に掲載され庶民の知るところに。以降、日本全国で南京そばを取り扱う店が増加していきます。南京そばは明治中頃から「支那そば」と呼ばれるようになりましたが、第二次世界大戦後「支那」という言葉の使用が自粛され「中華そば」に変化したそうです。

「南京そば、支那そば、中華そばはすべて『中国のそば』を意味し、味や麺の違いによって使い分けられているのではありません。つまり、この3つは同じものを指しています」(八巻さん)

 それでは「ラーメン」という言葉はいつ、どのようにして生まれたのでしょうか。

「諸説はありますが、大正時代に札幌で開店した食堂が起源とする説があります。当時の女将が、店内に響いていた中国料理人のかけ声『好了(ハオラー)』のアクセントを気に入り、麺を作る動作とかけ合わせて『ラーメン』にしたというものです。ほかには、手で引き伸ばして麺を作る製法を指す中国語『拉麺(ラーミェン)』が転じたとするものなど諸説あり、論争は今も続いています」

 なお「ラーメン」の呼称が広まったのは、1958年に日清食品が発売した世界初のインスタントラーメン「チキンラーメン」の誕生後。この頃から、中華そばに代わってラーメンが一般化するとともに、麺やスープのバリエーションが急増しました。

「支那そばや中華そばは、昔ながらのしょう油味とシンプルな具材、たまご色の縮れ麺をイメージしますが、ラーメンを含むこれらの呼称が指しているのはすべて同じもの。違いは呼称が生まれた時代だけです」

(オトナンサー編集部)