売り場でインタビューに応える大塚家具の大塚久美子社長(2015年5月12日。撮影=ロイター/アフロ )

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大塚家具の業績下落が止まらない。前期は46億円の営業赤字。今期はさらに業績が落ち込む見込みだという。父親を追い出す「お家騒動」を経て、新戦略を打ち出した大塚久美子社長だったが、結果としてその戦略は顧客から見放されるものだった。どこで間違ったのだろうか――。

■580億円あった売上高は約3割減

大塚家具が最後に黒字だった2015年決算の段階では売上高は年間で580億円あった。戦略転換で翌2016年の売り上げは2割減、2017年にはいってさらに1割減で、直近の売上高は年間420億円のペースにまで下がっている。今期(2017年)の純損失はマイナス63億円を見込み、昨年の赤字額を上回るという。

なぜこうなったのか。その点を振り返る前に、そもそも大塚家具がどのような戦略転換をしたのかを整理してみたい。

大塚家具の「お家騒動」は、創業社長である父親の大塚勝久氏と、現社長で勝久氏の娘である大塚久美子氏との経営方針の対立だった。大塚家具は1993年に会員制の販売形態をとることで成長した。これは入店の際に顧客ファイルを作成し、そのファイルを持った店員が顧客と一緒に店内を回るという売り方だ。このやり方が新婚夫婦の「まとめ買い需要」を取り込み、大塚家具は高級家具店として台頭していった。

■「父・勝久氏の戦略」は古かったのか?

ところが2000年代に入って、ニトリやイケアといった低価格で気軽な家具店が市場を席巻するようになった。2009年に社長に就任した久美子氏は、父親が築いた「会員制」という接客スタイルが時代に合わなくなってきたと考え、「(一人でも)入りやすく、見やすい、気楽に入れる店作り」を打ち出した。

この経営方針の変更に不満をもった勝久氏は、2014年7月に久美子社長を解任。自身が社長に復帰した。ここから「お家騒動」が報じられるようになる。勝久氏は久美子氏が主導してきたカジュアル路線の新業態店舗をすべて閉鎖。久美子氏に近い幹部社員についても「粛清人事」を断行した。それでも業績は2度の下方修正を経て営業赤字に転落。このため経営方針をめぐって取締役会は勝久氏側と久美子氏側の2派が対立する事態となった。

その後、2015年1月の取締役会では4対3の評決で久美子氏の社長復帰、勝久氏の社長退任が決議された。さらに3月の株主総会でもプロキシーファイト(委任状争奪戦)が行われた結果、最終的に大塚久美子社長の地位が確定した。

「お家騒動」についての各種報道を振り返ってみると、久美子氏の路線変更を支持するものが多い。米国の投資ファンドをはじめとする主要な株主も「勝久氏の戦略は古く、久美子社長が主張する新しい戦略に転換することで、大塚家具はさらに大きな市場を取り込むことができる」と考えていたようだ。

実際、国内市場では「カジュアル路線」のニトリが急成長している。ニトリの直近の業績は売上高5130億円、純利益600億円で、純利益だけで大塚家具の売上高を上回っている。投資ファンドも「狙うべき市場はそこにある」と考えたのだろう。

■久美子社長の戦略はすべて裏目に

しかし、久美子社長のもとで「カジュアル路線」に舵を切った大塚家具は、2期連続となる大幅な減収減益に落ち込んでいる。売り上げ減少の大半は「入りやすくなったはずの店舗」での結果だ。そして決算説明会での資料を見ると、久美子社長の戦略が結果的にすべて裏目に出ていることが開示情報で裏付けられている。

簡単に言えば、ニトリと競合する郊外大型店は来店件数が半分に落ちている。主力の商業立地路面店の来店件数は増えているのだが、経営陣によれば来店成約率が落ちているという。つまりニトリと競合する顧客セグメントやエリアでは勝てず、一方で主力店舗では来店客が増えたのだが、販売員によるクロージングが甘くなってしまい売り上げは逆に減っているわけだ。

■要は「戦略仮説」が間違っていた

これは企業経営にはよくあることで、要は「戦略仮説」が間違っていたのだ。競合企業をニトリやイケアだと考え、「競争に負けているから成長できないのだ」という仮説をたてた。そして、より大きい市場を取り込もうと、接客スタイルや商品において「カジュアル化」を推し進めた。

しかし大塚家具の競争相手はニトリではなかったのだ。ニトリは大衆消費者の圧倒的な支持を得て成長したが、大塚家具の顧客層はそこではなかったというわけだ。

大塚家具の主力顧客は、私が知っている限りふたつある。ひとつが「新婚家庭の背伸び買い」。もうひとつが「富裕層の高級家具購入」。どちらもニトリとは直接競合するわけではない。

私は過去に大きな買い物という意味では2回、大塚家具を利用した経験がある。一度目は新婚のとき。出身地である名古屋の習慣に沿って、高額な婚礼家具を購入した際だ。ある水準を超える家具を一覧しながら探すには、大塚家具はとても便利な店だった。

購入した商品は、「熟練の職人が作った」という現代風の桐たんすだ。とても精巧につくられているため、引き出しを閉めると別の引き出しが空気で押されてひょいと開いてしまう。販売員から「ここがウリなんですよ」と説明されて、納得して買ったことをおぼえている。これは、おそらく人生最初の大きな買い物で、たぶん大塚家具のように、販売員から背中を押されなければ購入しなかっただろう。これはペルソナ(ターゲット顧客セグメントにおける典型的な顧客行動)としては、大塚家具の主力セグメント顧客の行動とかなり合致しているはずだ。

■とにかく「いいもの」がそろっていた

もう一回は、久美子社長が経営戦略を変更して直後のことだった。当時、『戦略思考トレーニング』という著作がシリーズ累計20万部というヒットになり、まとまった印税が入った。そこで家具をひとつ買い替えようということになった。

数十万円の予算をたてて、銘木から作った一枚板ないしは二枚に開いた木目のテーブルを探した。お目当ては、ほかにはない「一点物」だった。

まず、東京・自由が丘の手作り家具の工房に出掛け、手持ちのテーブル素材を見せてもらい、次に新宿の輸入家具店でテーブルの在庫を見せてもらった。どちらの店でも販売員がバックヤードから「掘り出しもの」を取り出してきて、美しい天然木の木目の手触りをアピールしてくれた。

そして3件目に行ったのが新宿の大塚家具だった。受付では「店員をお付けしましょうか?」と聞かれ「いや、今日は下見なので自分で見ます」と答えたところ、天然木のテーブルのフロアを教えてもらい、自由に店内を見ることができた。

大塚家具の品ぞろえは最高だった。天然木のテーブルは、端が木の表面のままの形になっているものが多く、その自然の造形を楽しむものなのだが、テーブルの形や木目の模様など、とにかく「いいもの」がそろっていた。

ところが、結局、テーブルを買った店は、大塚家具を出て4件目に行った別の家具店だった。購入したのは、タモの天然木のテーブルだ。

■富裕層の顧客は「わがまま」

いま振り返ってみると、私が大塚家具でテーブルを購入しなかったのは、大塚家具のボーンヘッド(野球用語の凡ミスのこと)だと思う。私は2店を下見して、いよいよ買う気満々だったのに、大塚家具は私を放置してしまった。その結果、お客を逃がしたことになる。

私は家内と一緒にふらりと店を訪ねたのだが、ほかの3店は販売員が積極的にそばにつき、詳しく商品を説明してくれた。私が高価な商品をいくつも比較して見ていることが明らかなのに、誰も声をかけてこなかったのは大塚家具だけである。

そしてこれは「富裕層の購買ニーズ」に全く合致していない。富裕層の顧客はわがままなのだ。

「自由に見たいので放っておいてくれ」と宣言していても、いろいろ見ていると「このテーブルの材質は何だろう?」と気になってくる。そうした雰囲気を察知して、スーッと客に近づいてきて、「これはトチです。この大きさのトチはなかなか手に入りません。貴重なテーブルです」と説明してほしいのだ。

■来店数ではなく成約率に問題がある

細かいデータが開示されているわけではないので詳細はわからないが、大塚家具の店舗での売り上げ減少の理由の多くは来店数ではなく成約率に問題があるはずだ。富裕層にしても新婚層の背伸び買いにしても、マンツーマンでついている店員が背中を押してくれることによるアップセル(ちょっと予算よりも高いものを買って帰る)の効果が大きいはずだ。

ニトリは「カジュアル路線」を進めるために、徹底したコストダウンを図っている。同じ路線では、大塚家具は勝てないだろう。一方、路線変更で富裕層の顧客も取りこぼすようになっている。戦略仮説の誤りに気付いた時点で、プロの経営者ならば、過去の「お家騒動」などなかったかのように「しれっと」方針転換をして、勝久氏のやりかたのよいところを復活させるべきなのだろうと私は思う。

だが、会社説明資料を読むと、大塚家具の経営陣は逆を向いているようだ。ECサイトでの販売に力をいれ(本当にいい家具をECサイトで買う富裕層はいない)、店舗面積や人員を減らし固定費の適正化を進め(つまりコンシェルジュ的な店員はますます減り)、アウトレットのような新業態を積極開店している(安いのはうれしいが、富裕層が求めるのは「価格」より「ほしい家具かどうか」だ)。

大塚家具には、まだ富裕層を満足させるだけの豊かな品ぞろえがある。だからひとこと言っておきたい。「方針を変えるか、それか社長を替えたほうがいいですよ」と。

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鈴木 貴博(すずき・たかひろ)
経営コンサルタント
1962年生まれ。東京大学工学部卒業。ボストンコンサルティンググループなどを経て2003年に独立。過去20年にわたり大手人材企業のコンサルティングプロジェクトに従事。人工知能がもたらす「仕事消滅」の問題と関わるようになる。著書に『アマゾンのロングテールは、二度笑う』(講談社)、『戦略思考トレーニング』シリーズ(日本経済新聞出版社)などがある。

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( 経営コンサルタント 鈴木 貴博 写真=ロイター/アフロ)