「ルクセンブルクが「小惑星資源の権利」を企業に与える新法制定、「宇宙のサプライチェーン」を支配できるか」の写真・リンク付きの記事はこちら

2012年にルクセンブルクの副首相兼経済大臣に就任したエティエンヌ・シュナイダー。彼の最初の外遊先のひとつが、米航空宇宙局(NASA)のエイムズ研究センターだった。

小国の経済大臣が宇宙分野の研究者たちとの会談を要請するというのは、奇妙な話に思えるかもしれない。だが、ルクセンブルクは常に、次なる大規模な投資先に目を光らせている。同センターのピート・ウォーデン所長が宇宙資源採掘について話し始めると、シュナイダーはじっと耳を傾けた。

「すべてがSFのように聞こえました」とシュナイダーは言う。だが、ウォーデンはシュナイダーを説き伏せ、月から火星に及ぶエリアに宇宙経済圏が構築されるのだということを彼に納得させた。

シュナイダーがエイムズ研究センターを訪問したのと同じ2012年、2人の人物がPlanetary Resources[日本語版記事]と呼ばれる宇宙探査会社を立ち上げた。2013年1月には、NASAのエイムズキャンパス内に本社を置くDeep Space Industries[日本語版記事]も誕生した。

シュナイダーはすぐに、彼らと同じ未来を見るようになった。「問題は、そのすべてが実現するかどうかではなく、いつ起きるのかということです」と彼は話す。「わたしはそこに、ルクセンブルクにとっての大きなチャンスを見ました」

そうした経緯から、ルクセンブルクは2017年8月1日、小惑星から抽出した資源の権利を宇宙採掘会社に与える新法を施行した。この新法の狙いは、宇宙採掘会社が採掘した富を処理・分配するうえで、ルクセンブルクを魅力的な場所にすることにある。

企業にとってのインセンティヴは何か?

ルクセンブルクについては、知っておくべきことが2つある。1つは、人口58万人足らずの小さな国だということ。2つ目は、世界銀行によれば、国民1人当たりの購買力平価ベースのGDPが世界2位だということである。つまり、ルクセンブルクは小さいが、力のある国だと言えるのだ。

これは偶然の産物ではない。「ルクセンブルクは、とても小さい国です。だからこそ成功するためには、常に改革に取り組み、ある程度のリスクをとらなければなりません」とシュナイダーは言う。ルクセンブルク政府は1980年代、欧州初の民間衛星事業者であるSESを法的面でも財政面でも支援し、有力な衛星通信事業者に育て上げた。国はただ投資するだけでなく、少なからぬ数のSES株も保有している。

SESを中心に、そのほかの宇宙関連企業も急成長した。現在では、そうした企業をすべて合わせると、およそ600億ドルに上るルクセンブルクのGDPの1.8パーセントを占めるまでになっている。

萌芽期にある小惑星採掘分野でも同じことを実現するためには、採掘企業がルクセンブルクに拠点を置きたくなるようなインセンティヴが必要だ。

宇宙関連法という点では、ルクセンブルクは米国に数年の遅れをとっている。米国の宇宙法[日本語版記事]では、宇宙資源を商業的に獲得した国民には「その権利が与えられ(中略)、所有、占有、移動、使用、販売の権利を有するものとする」とされている。Planetary ResourcesやDeep Space Industriesに加え、宇宙用住居を製作するBigelow Aerospace[日本語版記事]も、この法律を後押しするロビー活動を行っていた。

ルクセンブルクは、そうした企業を資金力によって誘致すべく、助成金や研究開発費、直接投資に2億ユーロ(約258億円)を投じて初期支援を提供していた[日本語版記事]。直接投資に加え、ルクセンブルクに移転したり支社を開設したりした企業は、ルクセンブルクの助成金だけでなく、欧州宇宙機関の助成金も申請できる。そう遠くないうちに、官民の連携するVCファンドができる可能性もある。

つまり、ルクセンブルクは大金をばらまいている。そして、その資金の恩恵を受けている企業や、受けたいと思っている企業は60社を超えている。

宇宙法の抜け穴をつく

こういった作戦も、宇宙採掘企業に採掘資源の権利がなければ、まったく役に立たない。1967年に発効した国連の宇宙条約によると、宇宙資源の権利は法的には誰にも与えられない可能性がある。この条約の第2条には、「月その他の天体を含む宇宙空間は、主権の主張、使用若しくは占拠又はその他のいかなる手段によっても国家による取得の対象とはならない」とある。

ルクセンブルクの考案した法律と米国の2015年宇宙法は、条約の抜け穴を突くものだ。どちらの宇宙法でも、基本的には、「企業は小惑星の領有権を主張しているのではなく、単に掘り出した鉱物の権利を主張しているだけである」とされている。つまり、全体を占有しているのではなく、切り落とした四肢を占有しているにすぎない、というわけだ。

これは複雑な問題だ。おそらく国連の条約は、国家にのみ適用されるもので、個々人に適用されるものではないだろう。さらにこの条約には、「あらゆる天体に自由に立ち入ることができ」、宇宙は「すべての国がいかなる種類の差別もなく、自由に探査できるものである」とも書かれている。それならば、小惑星の採掘を禁止するのは、そうした自由を制限することになるのではないだろうか? しかも、この条約の条文が書かれたのは、民間宇宙会社はもちろん、宇宙採掘でさえSFにすぎなかった時代だ。

それでもルクセンブルクと米国は、この古い条約が採掘を禁止するものと解釈され、宇宙資源開発の未来に立ちはだかることはないと確信している。したがって8月1日以降は、あなたがルクセンブルクから小惑星採掘の許可を得たのなら、そこから生まれる富はあなたのものだ。

そのためには、ルクセンブルクの発行する書面による許可を得ること、オフィスがルクセンブルク国内にあること、しっかりとしたリスク評価を行うこと、大株主や役員が会社の利益を不当に吸い上げていないこと、大株主や役員にテロリストグループの関係者がいないこと、などの制約事項をクリアする必要がある。ルクセンブルクといえども、誰であろうとやみくもに宇宙採掘に挑戦させたいわけではないようだ。

2030年代には「太陽系最大の重要国」になる?

そうとはいえ、いずれにしてもしばらくは、実際に採掘しようとする者は現れないだろう。シュナイダー自身も、民間企業が実際に小惑星に到達するまでにはあと20年はかかるだろうと見積もっている。つまりルクセンブルクは、同国の楽観的な見方からしても、2030年代に向けた準備をしているにすぎないということだ。

いずれは、採掘者たちがルクセンブルクのアルゼット河畔で暮らし(少なくとも、ときどきそこで働き)、富が天体の軌道から降り注ぐようになるだろう。ルクセンブルクがそうした小惑星資源採掘者の主要な支援者(さらに、一部のケースでは、部分的な所有者)だったら、どうなるだろうか? 地球でも屈指の小さな国は、太陽系最大の重要国になり、税収と投資収益を稼ぎ、未来の宇宙のサプライチェーンを支配するようになるかもしれない。

シュナイダーは、ルクセンブルクの野心を隠そうとしない。「いまから10年もすれば、ルクセンブルク語が宇宙の公用語になるでしょう」と彼は言う。その時点ではまだ、地球以外の場所での採掘は始まっていないとしてもだ。

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