なぜ指示を出しても部下がついて来ないか

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■自分が部下だったときを思い出せ

指示を出しても部下が言うことを聞かないと嘆く上司は多い。このような場合、原因は二つ考えられる。

一つはこちらの指示の出し方が下手なことだ。大量の仕事を抱えた部下に急ぎの仕事を命じたり、優先順位をあいまいにしたまま複数の仕事を頼んだりすると、部下はたとえ指示に従いたくても従うことができなくなる。だがこの場合は、上司としてのスキルを磨くことで解決できる。部下の現在の状況を把握するように努めたり、仕事の背景や重要度をていねいに説明したりすればいい。

問題はもう一つの原因の場合だ。すなわち部下との信頼関係が築けていない場合である。こうなると人間性の問題であり、小手先の技術でどうにかなることではない。人格を改造するくらいのつもりで、根本から自分を変えることだ。

まずは「部下は上司の命令を聞くのが当然」という思い込みを捨てること。自分が部下だったときを思い出してみるといい。上司の権力だけで部下が動くというのは完全な間違い。互いの信頼関係がない限り、部下は動かない。組織運営というのは全人格の勝負なのだ。

私はいつも、部下は家族に近い関係だと思っている。親は子供がどんな子であっても、無条件の愛情を注ぐ。それと同じような気持ちで部下に接することだ。そうすれば、こちらに少々欠陥があっても、部下は信頼してくれる。部下も子供と同じで、いろいろなタイプがいる。何も言わなくてもどんどん仕事をする人もいれば、性格的にひねくれた人もいる。どうしてもウマが合わないタイプもいるだろう。だがどんな部下でも、一人ひとりが貴重な戦力である。それに優秀な部下はあまり成長の余地がないが、出来の悪い部下はまだ3〜4割は伸びる余地がある。ということは、このグループの面倒を重点的にみることで、チーム全体の業績を大きく伸ばせるということだ。

もしどうしても手を焼く部下がいれば、本人に聞いてみればいい。

「俺は一生懸命やっているつもりだが、なぜ信頼してくれないのか」

聞かれれば部下も悪い気はしないので、教えてくれるはずだ。

「部長はあのとき、私の話をろくに聞きもしないで一方的に責めたじゃないですか」

などと過去の遺恨が出てきたら、そのときは謝ればいい。部下に頭を下げるなど言語道断と思うだろうが、それで関係がよくなれば業績が上がる。そして成果というフルーツを得て、幸せになるのは自分である。つまり部下との信頼関係を築くことで得をするのは、ほかでもない自分自身なのだ。こう考えれば、いくらでもこちらから歩み寄れるはずだ。

これは自分の気持ちを偽って、部下にゴマをすれということではない。会社なんてところでは、演技をしたって始まらない。長い時間を一緒に過ごすのだからすぐにボロが出る。地のままでいくのが一番だ。いつも明るく前向きであらねばと演技をするから、ウツなどメンタル面での問題が出てくる。人間は常に感情をコントロールすることなど不可能。私だってときには爆発するし、部下を怒鳴りつけることもある。しかし根底に、「この人を育てるために」という気持ちがあるから、叱られた部下も納得してくれるのだ。

部下は家族のようなものだと言ったが、本物の家族に対しては、もっと感情をむき出しにするだろう。夫婦ゲンカもするし、子供を叱責したりもする。しかし、根底には深い愛情がある。部下に対しても、できる限り同じように接することだ。本物の信頼関係を築くには、それしか方法はないと私は思う。

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東レ経営研究所特別顧問 佐々木常夫
1944年、秋田県生まれ。東京大学経済学部卒業後、東レ入社。プラスチック事業企画管理部長、繊維事業企画管理部長などを歴任後、2001年に同期トップで取締役就任。03年、東レ経営研究所社長就任。著書に『ビッグツリー』『こんなリーダーになりたい』など多数。

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(東レ経営研究所特別顧問 佐々木 常夫 構成=長山清子 撮影=キッチンミノル)