txt:ベン マツナガ 構成:編集部

奇跡的な出会いや出来事を引きつけながら生み出された作品

映画というものは、時に作り手の意思を超えて、様々な奇跡的な出会いや出来事を引きつけながら生み出されることがある。

まもなく公開がはじまるドキュメンタリー映画「世界でいちばん美しい村」も、そんな作品の1つかもしれない。この作品は2015年4月に起きたネパール大地震で、壊滅的な被害を受けた震源地近くの小さな村・ラプラックを追ったドキュメンタリー映画だ。監督は、写真家でありノンフィクション作家でもある石川梵さん。本作が初の監督作品となり、本編すべてをご自身で撮影されている。

■映画「世界でいちばん美しい村」【予告編】3月25日より銀座東劇にて公開

石川梵さんは、これまでもインドネシアの小さな島で槍一本で行う伝統捕鯨を守り続ける人々を追った「海人」という写真集や、東日本大震災直後の被災地を空撮した「The Days After 東日本大震災の記憶」など、写真家、ノンフィクション作家として数々の写真集やエッセイを残している。

その梵さんが今回はじめてムービーカメラを手にし、自身初のドキュメンタリー映画を完成させた。写真家であった梵さんがなぜ、この作品を作ることになったのか。どのようにこの作品を作り上げていったのか。個人的にとても興味があったので、その背景を監督の石川梵さんに伺った。

自分の居場所を求めてたどり着いた場所

梵さんの心を大きく動かしたアシュバドル少年(手前中央)とその家族。映画はこの家族を中心に語られていく

梵さんがネパールへ渡ったのは、大地震発生から3日後の2015年4月28日。震災から2日目、テレビから流れるネパールの映像にショックを受けた梵さんはすぐにネパール行きを決意し、その翌日には旅立ったという。到着して数日は国際緊急救援隊に帯同して、主にカトマンズ市内や世界遺産を中心に取材を続けていたが、自分が取材すべき場所はここではないと感じていた。取材範囲も限られており、他にも多くの報道陣も入っていたためだ。

そんな中、震源地に近いラプラックが壊滅的被害を受けた、というニュースが目に飛び込んできた。たった1行のニュースだったが、梵さんにはその場所が気になって仕方なかった。それまでラプラックに行ったことはなかったが、知人からの情報を頼りにラプラック行きを決意する。ラプラックへ戻るという村人を紹介してもらい村へ向かったが、ラプラックへの道のりは、土砂崩れなどで寸断されていて容易ではない。結局、徒歩で5日間かけ標高約2,200メートルの山岳地帯にある小さな村・ラプラックにたどり着いた。

ラプラックに着いて最初に目にした光景は、まさに東日本大震災のフラッシュバックだった。建物の多くは崩壊し、土砂に流されていた。梵さんが到着した時点ではジャーナリストはおろか、国の救援部隊すら到着していない状況。当初は報道写真だけを撮って帰るつもりだったが、とてもそういう状況ではなかったと梵さんは振り返る。梵さんはすぐさま日本から支援金を募り、そのお金を使って麓から救援物資を運びあげた。

ラプラックが過酷な状況であることには変わりなかったが、村人たちは決して悲観していなかった、と梵さんはいう。震災直後は悲しみに暮れていたそうだが、梵さんが到着した頃には、村人たちはすでに再建のために動き始めていたという。

そしてその中に一際、梵さんの目を引く少年がいた。その少年の名はアシュバドル。当時14歳の少年だった。家を失い、崩壊した村の中で、このアシュバドルはいつも笑顔で楽しそうに過ごしていた。アシュバドルの笑顔、美しい大自然、再建のために動く村人、その光景を見ていた梵さんは、この村は絶対にいい村に戻ると確信したという。そしてこの村をどうにかしたい、という思いが強くなった。

実は、梵さんは東日本大震災の際にも、震災後真っ先にヘリをチャーターし震災直後の被災地を上空から撮影し、被災地支援を目的に「The Days After 東日本大震災の記憶」という写真集を制作している。その後も被災地に足を運び復興を願いながら、5年後に「Years After 〜」というタイトルで写真集を出すつもりで活動を続けていたが、いつしか自分がやっていることに限界を感じたという。多くのメディアや現地在住の写真家が被災地の情報を発信していく中、自分だけにしか撮れないもの、伝えられないものは何なのか、その答えを見出せないままだった。

ラプラックを離れる際、梵さんはこの少年に「必ずこの村に帰ってくる」と誓った。そして、今後どういう形でこの村を支援できるのかを考えた時に出てきた答えは、映画を作ることだった。映画を作ることで、この地に繰り返し訪れることになり完成すれば映画を通じてより多くの支援を得られることができる。東北の時にやり残した復興までも考えた長期的な支援が可能になるのではないか。ラプラックでの映画作りを決めた背景には、梵さんのそんな思いがあった。

1年半に渡るラプラックでの撮影

映画の中で重要な意味を持つハニーハンティングのシーン。最も撮影が困難とされる撮影だが、ここでもドローンが効果的に使われた

ラプラックでの撮影は約1年半に及び、その間に梵さんは計6回現地へ足を運んだ。1回の滞在は約3週間。トータルで相当な日数、ラプラックで取材を続けたことになる。

ただ、映画を撮ると決めたものの、ラプラックでの撮影環境は厳しいものだった。たどり着くまでに何日もの日程を要し、震災後しばらくは電気もない状態。撮影するにもバッテリーを充電することすらできない。そのため最初はフィルムカメラも持参し、ムービーはiPhoneだけで撮影した。2回目に訪れた時は、ソーラーパネルなどで少しだけ電気の充電が可能になり、スチル用にも使っているEOS 5D Mark IIIでムービーの撮影を開始した。ただ、充電できる量も限られているので長回しもできず、短いショットを撮りためていったという。

撮影の環境が劇的に変わったのが、震災から半年を過ぎた4回目の撮影だった。それまでは5D Mark IIIや70DなどのDSLRを使って撮影を続けてきたが、音声やフォーカスの問題など課題も多かった。そこで4回目からは、Cinema EOS C100 Mark IIを導入した。撮影時の様々な問題が解消し、撮れる絵が劇的に変わったと梵さんは振り返る。またラプラックでもそれに合わせるかのように発電環境が整い、シネマカメラを自由に使える環境が整った。それからは、カメラを肌身離さず持ちながらひたすら被写体を追い続ける日々が続いた。これまで何度も世界中の秘境で撮影を経験してきた梵さんだからこそ、続けられた撮影だと感じた。

今回の撮影でもう1つ大きな武器となったのは、ドローンだった。今でこそ手軽にドローンで空撮ができる時代だが、もともと梵さんは空撮写真を得意とする写真家。これまでもヘリを使って世界中の空を飛び回り、自分の作品を撮影してきた。空撮は、より壮大に見せられるという視覚的な効果だけでなく、神の視点に立つという演出上重要な要素をもつ。本作品を語る上で、ラプラックでの空撮は梵さんにとって不可欠だった。扱いやすいドローンが出てきたことも、いいタイミングだったと梵さんは語っていた。

ラプラックでの撮影は奇跡の連続だったという。まったく筋書きのないところから始まった映画作りだったが、復興までの葛藤と家族の絆、美しい大自然と自然の猛威、神への祈り、祭り、そして失った命とあらたに生まれた命。撮影前までは想像もしていなかった様々なドラマが生まれた。そして登場人物も、梵さんの写真活動の中でも最高のキャラクターと言わしめたアシュバドル少年のほかにも、純粋で奥深さのある素晴らしいキャラクターが次々に登場した。まさに神のキャスティングだったと梵さんはいう。

自分の30年間がつまった作品

村人から祝福を受ける監督の石川梵さん。梵さんと村人の絆の深さが、この作品を一層深いものにさせている

映画「世界でいちばん美しい村」は、クラウドで資金を募り制作された。梵さんの思いとラプラックの復興を願う多くの支援者や協力者に支えられながら、昨年末にようやく完成した。本作で、はじめてドキュメンタリー映画を手がけた石川梵さんだったが、実はもともと映画監督志望だったとインタビューの最後に初めて聞かされた。きっかけは、若い頃に見た「2001年宇宙の旅」。ただ、映画をたくさん見て映画監督になろうとは思わなかったと、梵さんは言う。

石川氏:映画というのは、疑似体験の世界。その疑似体験を参考に映画化するのは、自分的には違うなと思っていました。映画監督になるためにいろんな体験をしたい、そう思って写真家を目指しました。

写真家になった梵さんは、常に「人」にフォーカスをあててノンフィクションの作品を撮り続けてきた。前出の「海人」もそうだが取材先に何年もあしげく通い、被写体と向き合い、関係性を作るところから梵さんの作品作りは始まる。映画になってもそのスタイルは変わらない。また、なぜ空撮をするのかと尋ねたところ、それは生きた地球のダイナミズムを捉えるためだと梵さんは説明してくれた。高い山脈も上空から眺めれば、それは皺のような模様に変わり、それは生きた地球の姿そのもの。自分が人に向き合うのと同様、生きた地球への向き合い方の1つだと話してくれた。そして、その「人」と「地球」をつなぐのが、「祈り」だと梵さんは言う。

石川氏:自分が30年間やってきたことは、つきつめれば「祈り」がテーマ。まさかラプラックでも祈りの世界に入っていくとは、思っていませんでした。写真は、象徴的な世界。例えば、シルエットの女性が山の前に立っているとか。ある意味、外側。個人の世界に踏み込むには、言葉が必要になる。映像ではそれができる。写真の世界ではあるけど、自分がこれまでやってきたことが、この作品で全て出すことができたと思っています。そういう意味でも、呼ばれたような気もするし、全てが込められていると思っています。

梵さんが全霊をかけて制作したこの作品は、太秦での配給が決まり、個人制作としては異例の銀座東劇での劇場公開が決定した。完成までの間に、ものすごいエネルギーを要した作品だがこの作品の本当の船出はこれから。すでに海外の映画祭からオファーもあり、東劇を皮切りに全国各地での上映も予定されているという。この作品を通じて、ラプラックに1つでも多くの笑顔が戻ることを望まずにはいられない。

■映画「世界でいちばん美しい村」【予告編】3月25日より銀座東劇にて公開
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【石川梵監督プロフィール】
映画監督、写真家、ノンフィクション作家AFP通信のカメラマンを経て、1990年よりフリーの写真家となる。1984年から伊勢神宮の神事を初めとして祈りをテーマに世界各地で撮影を行う。また、ヒマラヤ空撮など、世界各地で空撮を行う。その作品はLife、National Geographic、Paris match、Geo、New York Times、Washington Postなど世界の主要新聞、雑誌で発表されている。

写真集「海人」(新潮社)で写真協会新人賞、講談社出版文化賞、「The Days After 東日本大震災の記憶」で写真協会作家賞このほか写真集に「伊勢神宮、遷宮とその秘儀」(朝日新聞)著書「祈りの大地」(岩波書店)「時の海、人の大地」(魁星出版)ほか。