日本大学医学部精神医学系 主任教授 内山 真氏

写真拡大

■血圧が上がり血糖値が乱れる

テレビ番組などでは日本人の睡眠時間が世界的に見ても短いということを取り上げることがあるが、そのときよく使われるOECDの調査は「ベッドで過ごす時間」を調べたもので、文化の違いが考慮されていない。欧米ではベッドの中で新聞を読むなど睡眠以外にも長い時間を過ごすが、日本では眠る時間だけ床に入ることがほとんどだ。実際の睡眠時間を調べてみると、大差はない。

そうはいっても、日本の成人の5人に1人が睡眠不足を感じているとされ、昼間の眠気に悩まされる人は少なくない。何らかの病気を疑う人もいるだろう。杞憂に終わればいいが、その原因によっては重い病気に発展することもある。

昼間に眠くなる原因は大きく分けて4つある。一番の原因は、慢性的に睡眠の量が足りていないというものだ。世界的な調査により、健康な成人の平均睡眠時間は6時間から8時間程度だということがわかっていて、睡眠時間が5時間を割ると、1日、2日であっても、血圧が上がるなどの影響が出てくるし、4日間続けば、もともと健康な人であっても、血糖値のコントロールが悪くなる。

ただし、睡眠の「借金」はあとから返すことが可能だ。十分眠れなかった分を、多く睡眠をとることで返済するのだ。しかし、脳の自然な調整により長く眠るぶんにはかまわないのだが、まだ眠くないのに無理やり眠ろうとしたり、不必要なほど長く寝床に入るべきではない。むしろ不眠のきっかけになる危険性がある。

また、以前は「睡眠は8時間とるのがいい」とされていた時代もあったが、25歳では7時間、45歳では6〜5時間、65歳では6時間の睡眠で健康的な生活が送れることがわかっている。

昼間眠くなる原因の2つ目は、覚醒を保持するホルモンの低下だ。人の覚醒状態はさまざまな神経伝達物質により支えられるが、その全体を統御し覚醒を保持するのはオレキシンというホルモンだ。

突発的に眠ってしまうナルコレプシーという病気はオレキシンが低下し、覚醒を保てなくなるため起こる。世界的には1500〜3000人に1人の割合で発症するといわれ、いまのところ対症療法しか治療法がない。発症のピークは14〜5歳なので、社会人になってから急に居眠りしてしまうようになったとしても、ナルコレプシーである可能性は低い。

ただ、ナルコレプシーは、立って作業しているときには症状が出にくいので、軽度のナルコレプシーの場合は、管理職になって、机の前に座っている時間が長くなってから、病気を自覚するということはありうる。

そして3つ目は、目を覚ましておくのが困難になるような薬を使っていること。アレルギーを抑える抗ヒスタミン薬や抗不安薬、抗うつ薬、パーキンソン病の薬が該当する。

そして、4つ目の原因は、睡眠の質が悪いこと。睡眠の質を落とす代表的な原因は、むずむず脚と睡眠時無呼吸症候群だ。

むずむず脚はその名の通り、寝ているときに脚に不快感が生じるもの。睡眠時に限らず、じっとしているときに症状が出る。発症は人種によって差があり、白人では5〜10%ほど、黄色人種では3%前後だ。生活習慣の改善によって治まることもあれば、投薬治療を行うこともある。

■心臓病、脳卒中、糖尿病を引き起こす

そして一番怖いのが睡眠時無呼吸症候群。眠り始めて体がリラックスしてくると、舌が落ち込み、気道が狭くなる。気道が狭くなりすぎると、息苦しくなって睡眠が浅くなったり、目が覚めてしまう。気道が狭くなるためにいびきが大きくなる。それだけではなく、さまざまな疾患のリスクにもなる万病の元だ。

まずは不整脈や冠動脈疾患のような心臓病。健康な人であれば、睡眠中に心臓も休息するのだが、息苦しくなると酸素を送り届けようと、脈拍が上がる。つまり心臓が休めないのだ。結果、循環器系の問題が起こり、血圧も上がりやすくなるし、動脈硬化や脳卒中などの、より深刻な病気を引き起こす。さらには糖尿病との関連も指摘されている。

世界的なデータだと、成人男性で4%、成人女性で2%が睡眠時無呼吸症候群であるとされるが、この数字は年齢が上がるにしたがって増え、女性も閉経期以降は、男性とパーセンテージが変わらなくなる。

自覚症状として、朝起きたときに口がとても乾いている人や、朝、胸焼けがしている人も睡眠時無呼吸症候群が疑われる。治療には、まずCPAP(持続陽圧呼吸)療法が挙げられる。睡眠時に鼻に装着したマスクから空気を送り込み、気道が狭くなるのを防ぐ。ほかにもマウスピースを使用して気道を確保したり、肥満があるなら減量する、寝酒をしないという生活習慣の改善も効果がある。

睡眠時無呼吸症候群でなくても、夜中になかなか寝付けなかったり、睡眠が浅く、何度も目が覚めてしまったりする人はどうするべきか。こうした不眠にも注意が必要だ。

2000年以降、大規模な調査や長年の経過観察の結果、不眠があらゆる病気の悪化要因になることがわかってきた。たとえば、ある時点で寝つきが悪かったり、夜中に目が覚める不眠の症状がある人とそうでない人を比較すると、4年後には高血圧を発症する確率が2倍になる。また、企業の健診データを用いた働き盛りの男性対象の研究では、寝つきが悪い人は8年後に糖尿病になる確率が3倍高いというデータもある。

社会人に多いのが日曜にだらだらと遅くまで寝ていたせいで眠れなくなるというもの。睡眠のリズムが遅れてしまい、週の初めは寝つきが悪くなる。平日同じ時刻に起き続けていると、だんだん睡眠のリズムは整っていくが、土日にまた遅くまで寝てしまい、同じことを繰り返すのだ。

睡眠のパターンを正常に戻すためにまずやるべきことは「朝起きて陽の光を浴びる」こと。土日であってもいったん朝起きて、日光を浴び、体内時計が乱れないようにする。体の疲れが残っているなら、そのあと少しごろごろするのはかまわない。

しかし、どんな人でも、起きたらすぐに日光を浴びるべきかというと、年代によっても変わってくる。加齢によって睡眠時間は短くなる。朝の6時に目が覚めるようになった人が、起きてすぐに朝日を浴びると、さらに早く眠たくなって、朝の4時や5時に起きてしまうこともあるので注意が必要だ。

----------

日本大学医学部精神医学系 主任教授 内山 真
1980年、東北大学医学部卒業。国立精神・神経センター精神保健研究所精神生理部部長等を経て、2006年から日本大学医学部精神医学系 主任教授。厚生労働省による「健康づくりのための睡眠指針2014」作成の座長を務める。著書に『睡眠のはなし』(中公新書)。

----------

(唐仁原俊博=構成 村上庄吾=撮影)