「お客さまは神さま」の営業職。夜は残業しない、とは言いにくいに違いない

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■営業マンが朝型勤務に「NO」の理由

早朝出勤を奨励したり、始業時間を早めて早期退勤を促したりする「朝型勤務」が徐々に広がっている。ご存じの通り、国家公務員の始業時間を早めた「ゆう活」も7月から始まっている。

しかし、問題も発生している。

始業時刻前に出社しても当然、時間外勤務手当は発生するにもかかわらず、実際は申告しない社員が多いことは前回述べた(「朝型勤務は、違法な「サービス残業」だった」http://president.jp/articles/-/15699)。会社からの業務命令ではなく、社員本人の自由意志なので申告しないことが多いのだが、実態は違法な“サービス残業”であることに変わりはない。

ただ、こうした違法残業状態を解消し、長時間労働を削減する方策として、始業時間そのものを早める朝型勤務は有効だ、と指摘する人事関係者も少なくない。食品業の人事部長はこう指摘する。

「たとえば始業時間を1時間早めて8時にすれば、これまで9時前に出社し、時間外勤務手当を申告しない社員に対する会社の法的リスクをカバーできる。また、その結果、所定労働時間の終業時間は1時間早まり、16時30分になるが、それ以降は残業代をつけるようにする。もちろん、8時前に出社してもきちんと時間外手当を支払うことを社内に周知・徹底します。よって、夕方から夜にかけて残業する社員もいるでしょうが、心理的に、朝だけでなく夕方以降も残業手当をもらうのはまずいかなと思うようになって、2時間30分後の19時ぐらいには帰るようになるのではないか。当初は時間外勤務手当が増えて人件費は膨らむだろうが、最終的には早く帰るようになり、総労働時間が減ると見ています」

始業時刻を早めることで朝型のサービス残業を解消し、終業時間が早くなれば、退勤時間もこれまでより早まるという予測だ。

この施策が本当にうまくいくかどうかは別にして、会社としては朝型勤務は、結果的に残業過多による労務問題の回避や、人件費コストの削減にもつながると考えているようなのだ。

▼朝型勤務の知られざるデメリット

早起きは三文の徳ということわざがあり、朝早くから働くのは脳科学的にも理にかなっている、といった意見が出るなど、猫も杓子も朝型勤務へシフトする傾向にあるが、その導入自体に反発する声が社内に渦巻くケースも少なくない。

ある中堅消費財メーカーの話だ。

社長の意向で始業時刻を1時間早める朝型勤務を提案したが、営業部から猛反発を受けた。説明にきた人事部員に対し、管理職から、

「量販店や卸問屋に営業に出向いているときに、取引先にうちは終業時間が4時半なので、これで失礼します、と言えるわけがないだろうが。人事部は何を考えているんだ!」

という意見が殺到した。

■「早く家に帰っても嫁に叱られるんだよ!」

人事部員が「もちろん、取引先に出向いているときは仕方がないとしても、内勤の日の場合は定時に帰ってもらうことがワークライフバランスの面からもよいかと……」と言う。

それに対して一部の管理職から「5時前に会社を出ても飲み屋がまだ空いていないじゃないか!」という本気とも冗談ともつかない声も上がった。中には「あんまり早く帰っても嫁に叱られるんだよ!」と、家庭の内情を暴露する中年社員もいた。

「そもそも、家に自分の居場所がないので、ストレスが強くなるだけで、夫婦げんかが増えた」「朝、あなたが早く家を出るようになったから、こっちも起床時間を早めなきゃいけないと妻から愚痴をこぼされる」

巷間、そんな夫たちの声もしばしば耳にする。朝型勤務は夫婦関係にも予期せぬ波紋を呼んでいるのだ。

前出のメーカーでは結局、始業時間を1時間ではなく、30分早めることで朝型勤務を始めることになった。

それでも営業など外回りの仕事はお客様あっての商売。こちらの都合で終業時間を決められない場合も多い。

最初から導入は無理、と語るのは外資系製薬業の人事課長だ。大半を占める営業職はドクターが相手であり、自分の都合で仕事を終わらせることができない。

「仮に会社の終業時間を17時30分にするにしても、その時刻に仕事が終わるドクターは1人もいません。営業担当者が『会社としてワークライフバランスを推進しているので、私はこれから家に帰って家族と食事をします』と言おうものなら『ふざけるな』と怒られるのは間違いありません。では本社部門だけをやるとしても、現場で問題が発生し、電話が入っても本部に誰も残っていなければ、今度は現場から『ふざけるな』と怒られるでしょう。うちのような業態では実施するのはほとんど不可能です」

仮に営業部門も含めて実施することになれば、取引先の納得と合意を取り付けておくことが必要になる。すべての会社ができるとは思えない。

▼朝型勤務は家族団らんの時間を奪う

朝型勤務の不都合を被るのは営業だけではない。ネット広告業の人事部長はこう語る。

「各部門では朝8時のミーティングを設定しているところも多い。子育て中の女性社員の中には、それに出席するためにわざわざベビーシッターに頼むケースが多いです。朝、女性社員は先に家を出て、子どもはシッターに保育園の開く時間に合わせて連れて行ってもらう。ベビーシッター代は会社が支払っていますが(オフィシャルな会議の場合)、遠距離通勤の人は家族と朝食も一緒にできません。週に1日ぐらいならまだよいかもしれませんが、毎朝8時出社となれば、社員にかなりの負担を強いることになります」

確かに通勤時間が1時間を超える子育て世代にとっては、朝型勤務によって、家族団らんどころか、食事も満足に取ることさえ難しくなってしまうかもしれないのだ。朝型は、家族を不幸せにする要素をはらんでいるのかもしれない。

■「朝型」が長時間労働を助長

そして、「朝型」の現場を取材した私が何よりも憂慮するのは、冒頭の食品業の人事部長の予測に反して、朝型勤務が長時間労働につながる可能性もあることだ。

ネット広告業の人事部長はこう指摘する。

「朝早く出勤しても夜遅くまで仕事をしないように担保しないと危険です。とくに外回りの営業社員は放っておくと、終電まで働いてしまう可能性もある。そうなるのが一番怖い」

社内で働く社員ならば、消灯して強制的に追い出すことも可能だが、外回りの営業には早く帰れといっても通じない。すでに始業時刻を30分前倒ししたサマータイムを実施している電器機器メーカーの役員はこう話す。

「いくら出勤時間を早くしても、部署によっては終電近くまで働いているところもあるようです。朝型勤務は労働時間削減の根本的な解決にはつながらない」

では、どうすればいいのか。

このメーカー役員は「定時に終われるように仕事のやり方を変えないとだめだ」と言う。

「アメリカの現地法人に長年赴任していましたが、同じ営業でもアメリカと日本では仕事の中身が違います。アメリカの営業職は商品を売って、売れたら商品の手配をするだけ。基本的に営業しかやりません。ところが日本の営業は売上金の回収までやるが、営業がお金の回収までやる国は他に知らない。そのうえ日本の営業職は取引先の冠婚葬祭までやっており、とても定時に終わる働き方ではありません。アメリカの営業職の3分1は女性でしたし、ほとんどが5時に退社していました。それで成り立つように働き方を日本でも考えるべきだし、社員の一律の朝型勤務導入よりはそっちが先だと思います」(同メーカー役員)

日本企業の営業職は“何でも屋”的な無限定な働き方が求められているのも確かだ。企業の女性活躍推進で最大の障害となっているのが、時間が不規則な営業職を希望する女性が少ないことだ。

朝型勤務という杓子定規の制度を導入する前に、仕事の与え方、働き方そのものを根本的に見直すことが先決だろう。そうしないと、育児と仕事の両立を目指すいわゆるワーキングママの負担ばかりが増えてしまう。そしてそのダメージはいずれ、夫や子どもを含む家庭全体にも波及するに違いない。

(ジャーナリスト 溝上憲文=文)