「果物は、待ってくれない」──地震から1週間待った私たちと、熊本のぶどう農家の10日間

写真拡大

株式会社have

私たち食堂カフェpottoは、「はたらく女性」をコンセプトに掲げ、「カラダにイイ、ココロにイイ」をスローガンとして大阪で店舗を展開しています。素材をつくっている人の顔がわかること。その方の想いをお客様にお伝えすること。それが私たちの考える飲食店の仕事です。


2025年7月から、農林水産省の「農業女子プロジェクト」にパートナー企業として参加してきました。この1年で、鹿児島のさつま芋、知覧茶、愛知と北海道のとうもろこし--6回にわたって、女性の農業者の皆さんと商品をつくってきました。

そして2026年8月、7回目は熊本県宇城市の「のむちゃん農園」野村さんとの予期せぬ出会いとなりました。


今回の企画は、たった300杯です。フェアと呼ぶには小さすぎるかもしれません。それでもこの300杯にたどり着くまでには、1週間の沈黙と、3日間の即断と、そして野村さんからいただいた一言がありました。


「果物は、待ってくれない」



143617

1週間、待ちました

2026年7月28日16時27分、熊本県で最大震度7の地震が発生しました。


熊本に、知り合いの生産者はいませんでした。取引のある農園もありません。

画面越しに、崩れた家屋や、水も電気も止まったという報道を見ていました。大手の企業が大規模な支援に乗り出していく様子も、同じ画面のなかにありました。


大阪で数店舗を営む私たちに、何ができるのか。すぐに答えは出ませんでした。

それでも、その日のうちに動くことはしませんでした。


被害の全容がわからなかったからです。どこがどれだけの状況なのか、誰にもわからない。そして何より、まずは生活が先だと考えました。水が出て、電気が通って、家が片づいて。その前に「お手伝いできることはありませんか」と連絡を入れることは、相手の手を止めさせるだけになる。


だから、1週間、待ちました。

--この判断が正しかったのかどうかは、記事の最後に書きます。

1週間待って、3日で決めた

被害の状況が見えてきた8月4日、農業女子プロジェクトの事務局に連絡を入れました。熊本の生産者の皆さまの被害状況はどうなのか、また私たちにできることは何かないでしょうか、と。


事務局はすぐに動いてくださいました。8月6日、熊本県宇城市不知火町「のむちゃん農園」の野村早苗さんにおつなぎいただきました。


うかがったのは、地震の揺れでシャインマスカットの房に打ち身ができ、そのままでは出荷できなくなっているというお話でした。野村さんは傷んだ粒をひとつずつ取り除き、残った粒を小さなパックに詰め直して販売されていました。


8月7日、お譲りいただける分をすべて買い取ることに決めました。当社の代表は即決でした。


1週間待って、3日で決めた。そういう1週間と3日となりました。



143595


何をつくるか、決まっていませんでした
正直に書いておきたいことがあります。

買い取りを決めた8月7日の時点で、このシャインマスカットで何をつくるかは決まっていませんでした


当社のメインブランド「potto」では、複数の店舗で同じ品質のものをお出しすることを事業の柱にしています。レシピも仕込みも標準化されていて、店舗ごとに料理長を置くという形はとっていません。誰がつくっても、同じ一杯になる。それがpottoの商品のつくり方です。


この構造は、日々の運営には向いています。ただ、「いい素材が入ったから、今日はこれで一品」ということはできません。届いた素材を保存できる形に加工し、どの店舗でも再現できるレシピに落とし込む。そこまで設計して、はじめて商品になります。

まず、一粒食べました

届いた小パックを開けて、一粒食べました。

甘い。そして、驚くほど瑞々しい。

房として出荷できなくなった実です。でも、味は何ひとつ損なわれていませんでした。むしろ、こんなにおいしいものを扱わせていただいていいのか、と思いました。


問題は、この瑞々しさをどうやってお客様に届けるかでした。

シロップに漬ければ日持ちします。ピューレにすれば扱いやすくなります。でも、そのどちらも、いま口の中にあるこの味とは別のものになる。加工すればするほど、この一粒から遠ざかっていく。


結局、いちばん手を加えない形にしました。シャインマスカットを、そのままジュースにする。砂糖も、香料も、着色料も、保存料も使わない。

緑色では、ありませんでした

搾ってしばらくすると、色が変わりました。

あの鮮やかな黄緑色が、だんだん茶色みを帯びていく。ぶどうに含まれるポリフェノールが空気に触れて酸化するためだとわかりました。りんごを切って置いておくと茶色くなるのと、同じ現象です。


そして、味はまったく変わりませんでした。

色を保つ方法はあります。ただ、そのためには何かを足さなければなりません。


私たちはあえて足すことをしませんでした。

色が変わっていくのは、なにも入っていないからです。それを止めるために何かを加えるくらいなら、変わるままにしておこう。それだけの話です。


お客様も驚かれると思います。だから、店頭のメニューにも理由を書くことにしました。きれいな色にして黙って出すより、そのままの色で、なぜこの色なのかをお伝えするほうがいいと考えています。

3種類つくりました

ひとつめは、砂糖不使用の「そのまんまシャインマスカットソーダ」。たっぷりのマスカットのベースに加えたのは炭酸だけ。

ベースは、凍らせたまま使います。そこに、凍らせたシャインマスカットの粒も入れました。

溶けても薄まらず、飲み進めるうちにスムージーのような口当たりに変わっていきます。粒は、本当においしいシャインマスカットをそのまま食べていただけます。


ふたつめは、pottoのレモネードと合わせた「シャインマスカット×pottoのレモネードソーダ」。pottoのレモネードは14年間の間に何度も試行錯誤と改良を重ね、いまも愛され続けている看板メニューです。


三つめは、アイスティーと合わせた「シャインマスカットアイスティ」。さっぱりとした甘みと紅茶の風味を感じられるメニューにしました。



143596


ここまで書いてきて、順番が逆だったことに気づきます。使い道を決める前に、買っているのです。

それでも即決したのは、何かできることがあるのなら、という気持ちのほうが先にあったからでした。


値段を叩くつもりは、はじめからありませんでした。行き先を失った実に、きちんとした値段をつける。そして、それをおいしい一杯にして、お客様にお届けする。


仕入れて、つくって、売る。私たちが毎日やっていることです。特別なことは何もしていません。ただ、その当たり前の仕事が、そのまま産地の力になることがある。


飲食店にできることは、思っていたより少なくないのかもしれません。

応援したい、をかたちにする

熊本を応援したいと思っている方は、たくさんおられます。私たちもそのひとりでした。ただ、大阪にいると、その気持ちを何に向ければいいのかがわかりにくい。


このドリンクが、その受け皿になればいいと思っています。


飲むことが、そのまま産地につながる。

難しいことを考えなくていい。

おいしいから飲む。

それだけで成立するようにつくりました。

果物は、待ってくれないので

今回の記事を書くにあたって、野村さんにいくつか質問をお送りしました。そのなかに、「私たちから連絡があったとき、正直どう感じられましたか」という質問を入れました。

返ってきたのは、こういう答えでした。


「震災があってからすぐにご連絡をいただき、また出荷先もすぐにご紹介いただいて嬉しかったです。果物は待ってくれないので、スピード感がとてもありがたかったです」


読んで、少し考え込みました。


私たちは1週間、待ったからです。

まずは生活が先だと考えました。水や電気や、住むところ。それが落ち着いてからでなければ、果物の話などできないだろう、と。


でも、それは私たちの物差しだったのかもしれません。

自分の暮らしよりも先に、畑のことを考える人がいる。手をかけて育ててきたものが、自分の生活と同じか、それ以上の重さを持っている。そういうことが、あるのだと思います。


畑の側から見れば、あの1週間のあいだも果実は熟していきます。傷みは進みます。待ってくれるものではありません。


あの1週間が正しかったのかどうか、いまもわかりません。

今も、終わっていません

7月28日、野村さんはお子さんの習い事で外出されていました。ご主人が山の上から見た対岸の八代には、白い煙が上がっていたそうです。異様な光景だった、と。その様子は、のむちゃん農園さんのInstagramのリール( https://www.instagram.com/p/DbVBhTbTUjm/ )

に残っています。



143597


シャインマスカットは、袋をかけて育てます。だから、揺れで打ち身ができても、すぐには見えません。時間をかけて畑を回り、房と房が隣り合っているところを中心に、傷んだ粒を落としていく。


この作業は、いまも終わっていません。


「時間が空き次第まわっています」と、野村さんはおっしゃられました。


房として出荷できなくなった実を、小パックに詰め直す。もともと小パックの販売はされていたそうですが、地震のあとはその量が増えました。そのときの気持ちを、こうおっしゃっています。


「なんとか残っているぶどうは売っていかないともったいないので、どんな形でどんな手間が掛かっても、美味しいのでお客さんに食べてもらいたいと思いました」


どんな形でも、どんな手間がかかっても。この言葉に、私たちが応えられているだろうかと自問は続きます。


143618

お客様も、仲間も、はたらく女性でした

私たちは「はたらく女性」をコンセプトに店舗をつくってきました。女性たちのゴールデンタイムに寄り添い、日常にちょっとだけイイモノをとりいれる、そういう場所と食事をつくりたいと考えてきました。


ただ、この言葉が指しているのは、お客様だけではありません。


当社の従業員は、70%以上が女性です。2023年、月経に伴う体調不良に対して、ピル処方の費用を会社が負担する制度をつくりました。1か月のうち1週間しか体調が良くない、という状態で働いている人がいる。それを知っていながら何もしないのは違うだろう、という想いから生まれた制度でした。


「カラダにイイ、ココロにイイ」は、お客様に向けた言葉であると同時に、一緒に働く人に向けた言葉でもあります。


2025年、農林水産省の「農業女子プロジェクト」を知りました。女性農業者が登録し、企業と一緒に商品やサービスをつくっていく取り組みです。理念に共感して、パートナー企業として参画しました。


つくっている人も、はたらいている人も、食べている人も、はたらく女性だった。


--と書くと、きれいにまとまりすぎるかもしれません。参加を決めたときに、そこまで整理できていたわけではありませんでした。ただ、店の中で見ている景色と、畑で起きていることのあいだに、地続きのものがある気はしていました。


1年たって、それが少しわかってきた気がします。

はたらいている人は、自分の仕事の話をあまりしません。忙しいからです。こちらから聞かなければ、何も出てきません。畑でも、店でも、同じでした。

さつま芋を仕入れに行って、知覧茶を知りました

だから私たちは、聞くことにしました。


秋にさつまいものフェアをしたとき、鹿児島の黄金千貫を仕入れました。生産者の若松さんとやりとりを重ねるうちに、春は知覧茶に力を入れておられると知りました。鹿児島を代表する銘茶です。

また、北海道からとうもろこしを仕入れた徳永さんは、初夏に苺をつくっておられました。さくらんぼを探していたら、SDGsのりんごを提供してくれる青山さんと出会いました。


こちらがさつま芋を探して連絡すれば、さつま芋の話しか出てきません。でも、どんな1年を過ごしておられるのかをうかがっていくと、まったく違う季節の話が出てきます。その方がいちばん誇りに思っているものが、こちらの探していたものとは別のところにある。そういうことが、何度もありました。


知ること。知ろうとすること。そしてお客様に伝えること。

それが私たちの仕事なのだと、この1年で思うようになりました。



143599


今回、これだけ早く動けたのも、同じことです。


熊本とつながっていたからではありません。

先ほど書いたとおり、熊本に知り合いの生産者はいませんでした。つながっていたのは、農業女子プロジェクトのほうでした。だから、困っている生産者さんはいませんかと、事務局に聞くことができた。


特別なことは何もしていません。

ただ、聞ける相手がいた。それだけです。



143601

うまくいかなかったこともあります

とうもろこしのフェアでは、愛知の武ちゃん農場と北海道のとくながファーム、二軒をおつなぎして、旬をリレーのようにお届けする企画を立てました。愛知の早い時期のものから、北海道の遅い時期のものへ。


ところが、愛知は猛暑、北海道は記録的な雨不足と日照不足。収穫の時期が、想定から大きくずれました。


計画どおりにはいきませんでした。いちばんおいしい時期のものを、いちばんおいしいときにお届けする。思っていたよりも、ずっと難しいことでした。

天候のことなので、誰のせいでもありません。ただ、それを引き受けるのが産地と直接取引をするということなのだと、このとき知りました。

一年中、途切れないように

のむちゃん農園の野村さんは、市場に出荷せず、個人販売のみで営まれています。その理由をうかがいました。


「こだわって特別栽培で作っているフルーツなので、他のフルーツとは差別化をはかりたいこと。何よりも、もぎたてフレッシュな状態を1日でも早くお客様にお届けしたいからです。一年中出荷できるようにフルーツを作っているので、いろんな種類を味わっていただきたいからです」


野村さんの農園では、柑橘とぶどうを合わせて23種類を育てておられます。海に面した斜面の段々畑で、上からの日光、斜面の照り返し、海面の反射--3方向から光が当たるように畑がつくられている。肥料には魚、貝、珊瑚、海藻を使う。農薬で守るのではなく、病気に負けない木と土をつくるという考え方です。


一年中、途切れないように。

だから23種類なのだと、ここでようやくつながりました。

シャインマスカットは、そのうちの1種類にすぎません。不知火という品種の発祥地が宇城市だということも、今回はじめて知りました。

さつま芋を買いに行って知覧茶を知ったのと、同じことです。

次は、待たずに済むように

最後に、大阪のお客様にどう味わってほしいかをうかがいました。


「シャインマスカットのドリンクの状態を飲んでいないので分かりませんが、手間をかけて特別栽培規格で作っているマスカットなので、美味しく飲んでいただけたら嬉しいです。また、当園にも興味を持っていただけたら嬉しいです」


野村さんは、まだこのドリンクを飲んでおられません。


果物は、待ってくれない。


待たなくて済む方法は、ひとつしかないと思っています。何かが起きてから探すのではなく、その前から知っておくこと。どこで誰が何をつくっているのかを、平時のうちに聞いておくこと。


今回、私たちは1週間待ちました。次に同じことが起きたとき、待たずに済むかどうかは、これからの1年の過ごし方で決まります。


11月にはスイートスプリング。2月からは不知火。今回のドリンクは300杯ですが、これで終わりにするつもりはありません。

いつか野村さんにも、飲んでいただきたいと思っています。


143600