猫、ウサギ、花、ドレス、キノコ、金魚……「好きなものをたくさん描いた」という描きおろしの表紙。グラフィック社刊『ヒグチユウコ作品集』/税込2415円。

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ユニクロのTシャツブランド「UT」や、資生堂「マジョリカマジョルカ」の広告、画材メーカー「ホルベイン」の文具シリーズなど、多方面で活躍している画家のヒグチユウコさん。

20〜40代の女性を中心に高い人気を誇るクリエイターの1人であり、その名前を知らなくても、絵柄を見ればピンと来る人は多いのではないかと思う。

ふんわりした毛並みや目つきなどがリアルな猫や、愛らしい魅力をたたえた少女などかわいらしいモチーフと、毒々しいフォルムや色使いのキノコやイカ、タコなどを組み合わせた作品には、タッチの細かさも含めて独特のインパクトがあり、見ていて飽きない。

先日発売された彼女初の作品集『ヒグチユウコ作品集』(グラフィック社刊、税込2415円)には、近年描かれた代表的な作品のほか、さまざまなブランドなどとのコラボで生み出された作品の原画などが満載。この不思議な魅力を放つ作品たちが生まれた背景について、ヒグチさんに話を聞いてみた。

--ヒグチさんの作品といえば、猫とキノコを描いたものが印象的です。この2つをよくモチーフに選んでいる理由は?
「特に強く猫を描きたいと思っているわけではないんですよ。でも、子どもの頃からずっと飼っているということもあって、すごく身近なテーマなんです。私の場合は総じて“生き物”っていうすごく狭い世界を描いていることと、あとは企業さんとのコラボでは“猫を描いてほしい”という要望が多かったりするので、そう見えるのかもしれませんね。キノコはあの造形や、不思議な感じがとにかく好きなんですよ。資料としてキノコ図鑑を使ったりもするんですけど、写真そのままではなくそれをモチーフにして変化させて描いているので、本物のキノコとはちょっと違った作品の中だけのキノコも出てきたりします」

--猫やウサギだったりかわいい生き物と、どちらかというとグロテスクなキノコやタコ、イカといった組み合わせがかなり強烈なんですが……。
「“かわいい”っていう感覚は幅が広くて、誰しも自分の好きなかわいさがあると思うんですけど、私の中ではこういう組み合わせがそうなんですよ(笑)。よくあるカレンダーに載っているようなかわいい子猫の写真とかには、私はあんまり魅かれなかったほうなんです。かといってグロテスクな方向に行き過ぎてしまうと違いますし、そのさじ加減が難しいですよね。私は『不思議の国のアリス』をテーマに描くことも多いんですけど、アリスの挿絵で有名なジョン・テニエルが描く世界観が子供の頃から好きだったんですよ。確かなテクニックがあって、実在しない生き物をあたかも存在するかのように思わせる説得力や、夢見がちすぎないテイストですとか。私も、モチーフを学術的に正確に描くというのとはまた違った感じの“リアルさ”を作品に持たせたいというのはありますね」

--アリスの中に出てくるウサギもそうですが、ヒグチさんの作品の中に出てくる生き物たちは二足で歩いていて擬人化されていますね。あれはヒグチさんの頭の中にある生き物たちのイメージなんですか?
「それについては、あまり考えたことがなかったです(笑)。でも例えば猫なら、ちょっと頭が悪かったりかわいらしい感じ、ずる賢い感じみたいなものを表現したいときに、絵の中で何かそれを示すような行動をさせたい。そのためには普通に四足で歩いているよりも、擬人化したほうがイメージにしやすいというのはあるかもしれません。例えばキノコと猫を組み合わせたシリーズがあるんですけど、その猫はずっとキノコをいじめてるっていう設定なんです。これも猫のもつ狡猾な感じを描きたいんですよね。基本的に動物とか赤ちゃんなんかを描くときには、無邪気に誰かに意地悪しちゃおうって考えているような、“かわいくて絶対的に強い”イメージがあります」

--ベビー服を着た猫の“赤ちゃんシリーズ”なんかも、かわいいけどきかん気そうな雰囲気を醸し出してますよね。赤ちゃんといえばヒグチさんには息子さんがいて作品のモデルになっていたりもしますが、お子さんができたことで仕事に変化が出たりしましたか?
「そうですね。作風もそうですが、仕事への取り組み方も変わったと思います。どうしても子供に時間を取られてしまうんですけど、何か制約があったほうがより仕事も頑張れるようなところがあって、産後のほうが精力的に描いている気がします。子育てしながらだとリアルの個展をやるのが難しくて作品発表の場をインターネットに移したんですが、それもスムーズに描けるきっかけになったかもしれません。あと若い頃は“やってやろう!”みたいな気持ちが強すぎて、作風もかっこよさを基準にしていた部分があったんですが、あまり背伸びや無理をしないものに変わってきました。背景にお花が咲き乱れているようなかわいさを出すような作品は、昔は描きたくなかったんですよ。若い頃には割とグロテスクなテイストのものも描いていたので、今はすごく爽やかになったんです(笑)」

--爽やか!? ……ブランドとのコラボ作品などではまたテイストが違うと思うんですが、すごくインパクトがあったのが、UT×Hello KittyのコラボTシャツ(リアルなタッチの白猫がキティちゃんのぬいぐるみを抱えているデザイン)で。
「声をかけていただいたときにはビックリしましたね。私は子供の頃にキティちゃんにハマらなかったクチなので、まさか大人になってかかわることになるとは!と。『リアルな猫にしてもいいですか?』とうかがったらあっさりOKが出たので、キティちゃんのパッと明るいイメージをベースに、割と自由に描かせていただきました。ほかにも『マジョリカマジョルカ』の広告では自分が1つ1つ描いたパーツを組み合わせたものが立体化されていたり、企業さんとのコラボにもいろんな形があるんですが、かわいいだけじゃなく毒のある感じを出してほしいという依頼が多いですね」

現在は「作品のテーマを無理に“探しに行く”のではなく、自然に自分の中にあるものを描く」ようになったというヒグチさん。彼女のTwitterに時々アップされる『ヒグチユウコ絵日記』にも飼い猫のボリスちゃんや息子さんが登場するのだが、日常生活とややシュールな設定・展開がクロスするものなどがあり、とても興味深い。
身近なモチーフの中に潜むストーリーを掘り下げ、見つめる視点からどんな作品が生みだされるのか。なんだかつい、ワクワクさせられてしまうのだ。
(古知屋ジュン)