元横浜DeNAベイスターズの高森勇旗は、現役時代の2011年、恒例となっていた石井琢朗(現・広島カープ一軍コーチ)との自主トレで前田智徳と出会った。偉大な大先輩を前に緊張を隠せなかった高森だったが、徐々に打ち解けるようになる。「孤高の天才」「求道者」など、前田を形容する言葉は多いが、前田自身が発した言葉というのはじつに少ない。だが、高森は前田と生活をともにすることで多くの言葉をもらい、超一流の考え方を学んだ。高森が見た前田智徳とは、一体どんな人物だったのか。

 皆さんは、前田智徳と聞いて何を連想されるだろうか。多くの方は、「天才」という言葉を連想したはずだ。天才と称されることが多いイチローや落合博満をもってしても、「本当の天才は前田」と言う。

 イチローは、自らの考えを表現することに長けているため、その考えに触れる機会は多い。落合にしても、著書などでその考えに触れることは容易である。しかし、前田はあまり多くを語らないため、彼の考えに触れる機会というのは極めて少ない。「前田智徳は死にました」という名言を残しているものの、基本的には寡黙な男だ。今回は、そんな前田智徳という男について迫ってみたいと思う。

 2011年の1月、私は石井琢朗が恒例としていた伊豆の自主トレに参加した。その年は、石井氏の誘いもあって前田も参加することになっていた。同じプロ野球選手ではあるが、相手は雲の上のような存在。私は恐縮しきりだった。しかし、数日を経てなんとか話をすることができるようになった。

 前田は色々と誤解をされることが多いが、じつは話をするのが非常にうまく、ユーモアに富んでいる。ひとたびグラウンドに出れば、やはり噂通り寡黙な男ではあったが、その考えに触れる機会は何度かあった。野球の話をしてくれることはごく稀(まれ)であったが、何の話をするにせよ一貫していたのは、前田の口から発せられる言葉の多くが「マイナス思考」だったことだ。そして口癖は、「人生、平均の法則」だ。

 ある休日にゴルフに出かけた時のこと(余談だが、前田のゴルフの腕前が趣味の域を超えているのは野球界では有名な話である)。前半を終え、スコアが良かったとすると、途端に塞ぎ込んでしまう。「どうしたのですか?」と聞くと、「前半がええ時は、後半は悪いんよ。そういうもんなんよ。じゃけ、後半は最悪じゃのぉ。平均の法則なんよ」と言い、重い足取りで後半のラウンドへと向かって行く。

 それはグラウンドの中でも同じ。練習中、前田はしきりに首をかしげる。自らの動きに納得してプレイすることなど、ないと言ってもいい。練習中に口を開くことはほぼないが、「違う、こうじゃない」と言っている心の声は確かに聞こえてくる。口を開けば、「ええけぇ、ええけぇ」と言ってほとんど取り合ってくれない。何の話をしていても、前田の口から肯定的な発言を聞いた記憶はない。

 そんな前田がある時、突然、私にこんな質問をしてきた。

「おい、オマエはプラス思考の人間か?」

 焦った私はとっさに、「はい!なるべくプラス思考に考えるようにしています!」と答えた。

 すると、「そうか。それじゃあ一流にはなれても超一流にはなれんの」とだけ言い、会話は終わった。

 前田がプロ野球の世界で超一流であったことは、残してきた数字(通算2119安打、295本塁打など)を見ても明らかだ。この発言は、「結果を残したければマイナス思考であれ」と言っているようなものなのか。私は、そうではないと思う。

 前田流のマイナス思考とは、究極に自分と向き合い、突き詰めていく過程そのもののように思える。練習中、しきりに首をかしげるのは、ただ納得がいかないだけではなく、「こんなものじゃない。もっといいスイングができる」という向上心と探究心の表れではないだろうか。

 かつて、アキレス腱断裂という大ケガから復帰した後、なかなか足の感覚が元に戻らないことに絶望感を感じたのか、「もう片方も切れたらバランスが良くなっていいかもしれん」と言ったことがある。前田が残してきた数少ない言葉のひとつだ。この発言も一見投げやりの発言のように聞こえるが、前田にしてみれば大マジメな発言だったのかもしれない。突き詰めて考えた結果、バランスが良くなるためならもう片方も切れた方がいいのではないか、という結論に達したのかもしれない。

 前田の引退試合の日、試合前のバッティング練習。バッティングゲージを出た前田は、バットを見ながら何度も首をかしげていた。さらに、骨折から完治したはずの左手首を見つめながら、あるいはアキレス腱をしきりに伸ばしながら、やはり首をかしげている。最後の最後まで、理想を追い求め、前田智徳であり続けていた。こうした前田の姿は、もはや、ある種の美しさを感じるほどだった。

「試合はオマケみたいなもん。大事なんは、毎日同じ練習を続けること」

 数少ない野球の会話の中で聞くことのできた前田の考え。目の前の結果にとらわれることなく、いつまでも自分の理想を追い続けることが大事だと。この短い発言には、こうした意図があるのではないか。かつてはホームランを打っても、「理想の打球じゃない」と言って首をかしげていた前田。求めるのは結果ではなく、理想なのだ。

 決して妥協することなく、徹底的なマイナス思考で追い込み、自らと向き合ってきた24年間。おそらく、前田の描く理想には到達できなかったのであろう。しかし、前田の残してきた記録、ファンの心に残した記憶、そしてプロ野球の歴史に遺した前田智徳という生き方。これらすべては、後世に語り継がれていくに違いない。

「人生、平均の法則」――前田の持論からすれば、ケガばかりのプロ野球生活を送った前田の第2の人生は明るいものになるはずだ。そんな前田の「これから」が楽しみでならない。

高森勇旗●文 text by Takamori Yuki