たいていの人は毎晩、自分から進んで眠りに就く。当たり前のことだと思うかもしれない。だがこんな長い時間にわたって無防備な状態をさらすなど、生物としてはかなりのリスクを伴う行為だ。

 睡眠が生きていく上で重要なのは誰もが知るとおりだ。イルカは身の安全と十分な睡眠を両立させるために、脳を半分ずつ眠らせるというシステムを進化させた。

 では、人や動物はなぜそこまでして眠らなければならないのか。研究者や哲学者が長い間取り組んできたこの問いに、ついに答えが出たかもしれない。米ロチェスター大学医学センターの研究により、睡眠の背後にある科学が明らかになったのだ。

 昼間、さまざまな経験をするなかで脳は非常に大きなストレスにさらされる。脳は経験を取り込み、解釈し、分析し、項目分けし、かみ砕いたデータにしなければならない。脳にとっては大変な負担を伴う作業だ。

 そんな作業のなかで、脳には不要な老廃物がたまっていく。そうした有毒な物質を掃除し、片付けることに睡眠が大きく関与しているのではないか──ロチェスター大学の研究チームはそう考えている。

 研究チームは、特殊な染料をネズミの脳の周りを流れる脳脊髄液に注入し、覚醒時と睡眠時で染料の移動スピードがどう違うかを調べた。すると睡眠中、脳の活動自体は減少しているのに、脳脊髄液の中における染料の移動は覚醒時よりも多くなったという。

 実際には、人間の脳の周囲を流れているのは染料ではない。ベータアミロイドというタンパク質の一種だ。ベータアミロイドは長い年月の間に蓄積され、アルツハイマー病の原因となると考えられている。

 これが脳から除去されないと、だんだんと経路が詰まってニューロンの伝達システムが崩壊してしまう。そしてベータアミロイドの蓄積を防ぐ唯一の有効な手段が睡眠だ、というのが専門家の見方だ。

「覚醒時の脳は、車であふれるマンハッタンの昼間の道路のような状態だ」と、ハーバード大学医学大学院で睡眠を研究するチャールズ・チェイスラーは言う。「ゴミ収集車がゴミを運ぼうにも効率的に動けない。今回の研究によれば、覚醒時の『ゴミ収集』の効率は睡眠時のたった5%だという」

[2013.11.12号掲載]

クリス・ウェラー、イライジャ・ウルフソン