平均年収ランキング(1〜20位)

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母校の先輩、後輩の仕事ぶりが一目瞭然! 高収入を貰っている大学ベスト40はこれだ。

調査概要/大学別の就職先データは大学通信、「大学別就職先しらべ」(リクルート)を利用した。平均年収は厚生労働省「賃金構造基本統計調査」(2011年)を用いて算出した。

■バブル崩壊後でも内定10社超の理由

80年代に勢いを増した日本経済は、この10年間で出口が見えない暗闇に突入する。91年にバブル経済が崩壊し、不良債権を抱えた金融・不動産・建設業界などでは倒産する中小企業が続出する。構造的で深刻な不況はメーカーや外食、小売りなど多くの業界に広がった。

大企業も業績が軒並み悪化し、94年頃から大卒の新卒採用者数を大幅に減らした。だが、70〜80年代は横ばいだった大学進学率が90年代には上昇していく。その結果、大卒の就職率は92年の79.9%から97年には66.6%に落ち込み、「就職氷河期」と呼ばれるようになった。この頃から、20代の失業率は上がり、「フリーター」が増え始める。「ニート」の存在も社会問題となっていく。

企業は正社員の採用や賃金を抑制し、非正規社員を増やすことで不況を乗り越えようとしたが、一方で「リストラ」も行った。それに対抗し、92年には社外の労働組合・東京管理職ユニオンが結成され、企業内労組のあり方が問われるようにもなった。

企業人事に詳しい日本総合研究所の寺崎文勝氏(87年、早稲田大学第一文学部卒)はこう振り返る。「90年代後半に、一部の業界でITバブルと呼ばれる好景気があったが、不況は幅広い業界に広がっていた。採用では、優秀な人のみを正社員として採用するという選別志向が強くなった」。

■私立大、英語力の高い大学が躍進

図を見ると、国公立と私立がバランスよく並ぶ。私立大出身者が躍進していることがわかる。上位には東京外大、津田塾、上智など、入学の際、高い英語力を求められる大学が食い込む。卒業者は語学を生かすことができる企業を選び、活躍していることが考えられる。

80年代と同じく、早稲田はやや伸び悩む。学習院・成城・成蹊という「上流家庭のご子息が通う」と言われた大学が大健闘していることも見逃せない。

みずほ総合研究所の岡田豊氏(94年、慶應義塾大学経済学部卒)は大学卒業までに新聞配達員やコンビニの店員など、多くのアルバイトを経験。好景気でも生活の苦しい人が少なくないことを知る。景気は悪化すると察知し、就職活動を早めに始めた。

「就職に強いとされた“慶應の経済”でも有利に運ぶことはなかった。当時はクチコミが重要で、ゼミに入っていない学生などは、情報がなかなか得られないようだった」

岡田氏は、シンクタンクなどをメーンにしながらも、多くの企業にエントリーした。スタートは早く、3年の秋から。

最終的に、富士銀行系シンクタンクに入り、その後、みずほ総研に社名が変わる。当時としては珍しく、会社単位の採用ではなく、部ごとの採用だった。就社ではなく、就職を意識してきただけに希望通りの仕事に就くことができたという。

サイボウズ代表の青野慶久氏(94年、大阪大学工学部情報システム工学科卒)は自身を「バブル経済崩壊の直後組」と位置付けるが、松下電工から早いうちに内定を受ける。

「研究室の教授の推薦をもらえると、その企業に進むことができるが、推薦状がないと厳しくなる時代だった。同じ研究室の学生は、名が通った大企業に進むケースが多かった」

当初、自分で就職先を探そうと思い、ソフト開発の会社などの見学をしたが、入社の意欲は湧いてこなかった。松下電工を選んだのは、福利厚生が充実し、経営が安定している印象があったからだという。しかし、入社後はその社風に疑問を感じるようになる。

独立しようと思ったのは、役員らに商品企画のプレゼンテーションをしたときのこと。反応が鈍く、もどかしさを感じた。市場や世の中の動きを敏感に察知できていない、と思えた。

現在は、自らが経営する会社で面接試験に参加するが、「へりくだる必要はない。よく見せようとする学生がいるが、こちらが知りたいのは素の部分」とアドバイスを送る。

■学生は当時も今も変わらず「大手志向」

ベンチャー企業のプロ・フィールド代表の車陸昭氏(95年、法政大学法学部法律学科卒)はスタートが4年(94年)の春で、当時としては遅い。「マスコミでは就職氷河期と騒がれていたが、不安や焦りはなかった。進む道が明確だった」と語る。10代の頃からいつかは起業したいと思い、営業の仕事を選んだ。貿易に関心が強く、海外展開をしている企業に絞った。

大学のOBやリクルーターに頼ることはしなかった。早いうちに中小企業を受けて、内定。心に余裕を持ち、大企業を受験した。本命の音響メーカーのケンウッドから内定を得た。

周囲の学生は大手志向が強かったと見る。「秋になり、内定がないと落ち込んでいた。初めに中小企業を受けることをしていれば、状況が変わったのではないか」。

2001年に会社を創業し、ここ5年は新卒採用を行う。学生の半数は就職に臨むにあたり、明確な考えを持ち合わせていないように見えるという。

「90年代の学生の意識とさほど変わらない。今も、大手志向が強い。本当にやりたいことがあるならば、中小やベンチャーのほうがチャンスはある。採用意欲が強いから、就職はできるはず」と雇用のミスマッチを指摘する。

97年には、金融危機が発生し、北海道拓殖銀行や、山一証券などが倒産し、不況は一段と深刻になる。多くの企業はこれまでの採用や雇用のあり方を大胆に見直す。「成果主義」の導入が進み、賃金が抑え込まれる。「早期退職優遇制度」の下、リストラは加速度を増す。大卒の新規採用は一層に絞り込まれ、厳選採用となる。正社員になれない20〜30代があふれかえることになる。

(ジャーナリスト 吉田典史=文 読売新聞/AFLO=写真)