対象書籍(仕事の「辛さ」「つまらなさ」を扱う書籍)

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■TOPIC-2 仕事が辛ければ自分を変えろ

前回は、表に挙げた各著作において、何が仕事の辛さやつまらなさとしてとりあげられているかを整理しました。今回は、それらがどう解決されるのかを見ていくことにしますが、再び引用から始めてみたいと思います。

「会社を変わるのは簡単です。しかし、何度会社を変わっても、自分が変わらない限りは何も変わりません」(小倉、3p)

「『この世に楽しい仕事とつまらない仕事があるわけではない。すべての仕事は気の持ちようによって楽しくもなるし、つまらなくもなる』楽しい仕事がどこかに転がっているわけではないのです。仕事が楽しくなるかどうかは、自分自身の問題なのですから」(岩瀬、4p)

「長らく『ダメ社員』だった私でしたが、今はおかげさまで、その昔抱いていた目標はすべて実現することができています。(中略)私が変えたことは、ただ一つだけ。それは、『自分に起きたことをどう捉えるか』という、物事の受け止め方を変えただけです」(新田、2-3p)

「ほんの少し考え方を変えるだけで、精神的に肩の力が抜けて、効率的に結果が出せ、合理的に成功に近づくことができる」(西多、5p)

「仕事のできるできないは、『技術』や『能力』だけの問題ではありません。それよりもむしろ、その人の『性格』によるところが大きいんです。(中略)この本は、多くの人の中にある、そのような『仕事で損する性格』を変えたり、なくしたりすることがテーマです」(心屋、5-7p)

たくさん引用してしまいましたが、いずれもほぼ同じことを言っていることが分かると思います。小倉広さんの『僕はこうして、苦しい働き方から抜け出した。』の帯に端的にあるように、「仕事を変えるな、自分を変えろ」というメッセージは、今回の対象書籍のほとんどに当てはまるものでした。仕事の辛さやつまらなさの内実はどうあれ、それはすべて自分自身に起因する問題であり、自分自身が変わることでそれらは解決できるというのです。

もう少し具体的に見ていきましょう。小倉さんは、どんな仕事でも、「ふれくされて適当にこなす」か、「言われた通りにそこそここなす」か、「日本一の下足番」になるという気持ちをもって全力で取り組むかによって、自分自身のキャリアに「天と地ほどの差」(小倉、29-30p)が生まれると述べます。「頼まれごとは試されごと」(30p)という気概を持って日々仕事に取り組むようにすること。禅の修行のように「『今』やるべきことのみに全力を」(45p)注ぐこと。こうして小倉さんは、「会社を変える前に、自分を変える。それこそが、『働く苦しさ』から抜け出す唯一の方法なのです」(37p)と述べるのです。

岩瀬大輔さんの『入社10年目の羅針盤』ではより包括的に、仕事がつまらなくなる原因が整理されています。具体的には「コミュニケーションがうまく取れない」「自分のスキルが足りない」「モチベーションが上がらない」「キャリアプランがうまくいっていない」「プライベートに問題がある」「チャレンジしていない」という6点で、「仕事を楽しむにはこの6つの原因を1つずつ解消していけばいい」(岩瀬、11-13p)として、それぞれの自己改善法が述べられています。

西多昌規さんの『今の働き方が「しんどい」と思ったときのがんばらない技術』では、がんばりすぎること、完全主義を目指すことが時にストレスになるとします。そこで、自らの前向きな部分を尊重しつつも、「自分の行動や生活の中に、ほんの少しだけ『しっくりこない部分』をあえて導入していく」(23p)ことで、自らを必要以上に苦しくさせ、また失敗を恐れる心を生んでしまう「マイナスの完全主義」(西多、5p)の解消を主張します。

新田龍さんの『明日会社に行きたくないときに読む本』では、職場の環境、特に人間関係に注目がなされていました。具体的には、上司・同僚・後輩とのコミュニケーションをすべてポジティブに捉え、またその伝え方もより印象がよくなるように意識していくことで、自分自身が変わり、やがて職場が「案外居心地がいい場所」(新田、4p)だと気づくようになるとされています。

心屋仁之助さんの『仕事が「ツライ」と思ったら読む本』では、仕事ができる性格になるためには、過去の経験(トラウマ)の克服が必要だとされます。両親との経験に源流をもつ「イヤなできごと」(心屋、38p)が自分自身にとって無意識のブレーキとなり、仕事上のパフォーマンスを妨げているというのです。そのため、自己対話を通して、「しちゃダメ」と思っていたことを「してもいい」に書き換えていくこと――「心の『折り目』を折り返す」(86p)とも表現されています――で自らを解放すれば、自ずと仕事ができるようになり、成果も上がると心屋さんは述べます。

さて、これらが基本パターンです。仕事が辛い、つまらない、嫌だ、できないといった状態はすべて、自分の考え方や行動、性格を変えれば解決するというわけです。次は、もう少し俯瞰的な視点をとる著作についても見ていきましょう。

■マルクスの考えを説明しておきながら

フォルカー・キッツさんらは、著作タイトルにもある通り「仕事はどれも同じ」だと述べます。なぜなら、どのような職場でも上司は部下を拘束するものであり、どのような収入を得ている人物でも概してその収入には不満があるものであり、社会的地位を獲得した(皆がちやほやしてくれる)という優越感や「やりたいこと」をしているという興奮は慣れとともに醒めていくものであり、どのような職場でも顧客クレームのような悩みの種は尽きることがないためです。

では仕事への不満はどう解決されるのでしょうか。キッツさんらはこう述べます――「そのすべてを考慮せよ!」(キッツ・トゥッシュ、69p)。つまり、「さまざまな要素を少しずつ期待すれば、失望することはまれだろう。だがそうした要素のうち一つだけ取り上げて、それをとくに重視すれば、その一要素に対する期待は、達成できないくらい高くなってしまう」(73p)、だからすべてを考慮する必要があるのだ、と。このような、一つだけの動機を重視しない態度の維持をキッツさんらは「期待の危機管理」(75p)と呼んでいます。

このようなネガティブな感情の管理に加えて、キッツさんらはポジティブな考え方の習得も促しています。具体的には「『仕事があって、上司や同僚がいる自分の生活』を幸せと感じる」(174p)こと、「自己肯定(アファメーション)」(185p)することです。冒頭でも、「自分自身に注目しよう。自分の考えや動きに関心を持とう。そうすれば、いわば自力で自分を癒せるようになるのだ。それができるのはあなた自身だけである」(キッツ・トゥッシュ、11-12p)という文言がありました。このように、「そのすべてを考慮せよ!」と述べるキッツさんらも、最終的にはそのような考慮を行う自分自身の考え方の変革、つまり「仕事を変えるな、自分を変えろ」という結論にたどり着いているのです。

木暮太一さんの『僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?』における主張の基本線となるのは、カール・マルクス『資本論』の思想です。木暮さんは、現代の「しんどい働き方」(木暮、8p)は、資本主義経済の構造・仕組みから根本的に理解する必要があると述べます。そして、「現代の日本にいるかぎり資本主義経済からは逃れられない」(8p)とも述べます。

木暮さんの著書の前半では、私たちが「しんどい働き方」に陥ってしまう資本主義経済の構造について説明がなされます。木暮さんは、資本主義経済という企業中心の体制下で働いている以上、私たちは自分が生み出した利益に比べて格段に少ない報酬、つまり「成果を生むために費やした体力・精神力を『回復させる費用』」(174p)しか企業からはもらえないのだと述べます。そして、そのような状況下でただがむしゃらに働くだけでは、企業にいいように使われてただ疲弊し、しんどくなってしまうことは避けられないというのです。

さて、木暮さんは資本主義経済の構造と仕組みを説明したところで、映画『マトリックス』を引き合いに出しながら、「みなさんは、いま自分が住んでいる世界の『正体』を知りました」(179p)と述べます。そして次に、ただ必死に働くのは「間違った努力」(179p)なのだから、「新しい働き方・生き方」(180p)を目指すことを提案します。

ここで示される対案が「自己内利益」という概念です。その「方程式」は、「年収・昇進から得られる満足感−必要経費(肉体的・時間的労力や精神的苦痛)」(187p)として示されます。このうち前者の満足感については、キッツさんらと同様にやがて慣れて鈍化してしまうため、後者、とりわけ精神的苦痛に注目し、ストレスを感じない仕事を選ぶべきだと木暮さんは述べます。その理由は、「これは人によって大きく差があり、自分の考え方や態度、仕事の選び方次第では、世間相場よりも大幅に小さくすることが可能だからです」(217p)と説明されています。

私はこの木暮さんの提案に正直驚きました。というのは、マルクスの考えを滔々と説明しておきながら、最終的には「自分の考え方や態度」、つまり「自分を変えろ」というメッセージにたどり着いているからです。もちろん、木暮さんは極端に、自分の考え方が変わればすべてうまくいくと言っているわけではありません。しかしながら、資本主義体制の超克を目指したマルクスの主張を引きつつ、資本主義どころか自らの関わる労働環境の改善にすら触れず、「自己内利益」の調整を落とし所とする展開は、いささか驚愕してしまうものでした。

リンダ・グラットンさんの『ワーク・シフト』もこれに近しい展開を見せていました。グラットンさんは「テクノロジーの進化」「グローバル化の進展」「人口構成の変化と長寿化」「社会の変化」「エネルギー・環境問題の深刻化」といった巨視的な――少し意地悪に言うとやや通り一遍な――将来変化を概観したうえで、将来における働き方の3つの「シフト」に言及します。

そのシフトが端的に示されているのが、「仕事の世界で必要な三種類の資本」(グラットン、232p)についての言及です。第一の資本は「知的資本、要するに知識と知的思考力」(232p)として示されます。テクノロジーがますます進化し、グローバル競争もますます加速するなかで、ひとつの分野の専門知識でも、広く浅い知識でもなく、「いくつかの専門技能を連続的に習得」(233p)することが必要だとグラットンさんは述べます。

第二の資本は、「人間関係資本、要するに人的ネットワークの強さと幅広さ」(グラットン、233p)として示されます。端的なので引用すると、「そこには、生活に喜びを与えてくれる深い人間関係も含まれるし、さまざまなタイプの情報や発想と触れることを可能にする広く浅い人間関係も含まれるし(中略)未来の世界では、そういう人間関係を意識的に築く必要があると、私は考えている」(233p)というわけです。

そして私が興味深く思う第三の資本は「情緒的資本、要するに自分自身について理解し、自分のおこなう選択について深く考える能力、そしてそれに加えて、勇気ある行動を取るために欠かせない強靭な精神をはぐくむ能力」(234p)として示されます。そう、やはり自分自身の考え方、心の持ちようの重要性が示されるのです。第2テーマ「心」の回で、教育工学者・中原淳さんの「ポジティブ心理資本」という言葉を紹介しましたが、アメリカの経営学者であるグラットンさんもまた、内面のありようが成功やキャリアの資本となる社会の到来を論じているのです。

さて、今回の内容は非常に簡潔に整理できます。つまり、仕事の辛さやつまらなさは、どのような自己啓発書においても、自分自身の考え方、感じ方、性格――つまり「心」を変えることで解決できるとされていたのでした。次回はこのような解決法の有効性について考えてみたいと思います。

(牧野 智和=文)