『アニメ「サザエさん」公式大図鑑 サザエでございま〜す!』扶桑社
スタッフやキャストの姿は一切出さず、キャラクターを全面に押し出したのが特色。懐かしのエピソードやトリビアを満載するとともに、クイズやぬりえ、すごろくなどの付録もついていて、大人から子供まで楽しめる内容になっている。

写真拡大

テレビ番組、とくに人気番組ほどその放送時間の記憶と強く結びついていたりする。「8時だョ!全員集合」や「オレたちひょうきん族」は土曜8時の、あしたは日曜日というワクワク感とともにぼくらの記憶に残っているし、反対に日曜6時半の「サザエさん」は、「あしたからまた学校(あるいは仕事)かあ……」といった憂鬱な気持ちとともにある。そうした心理を指す語として、そのものずばり「サザエさん症候群」という言葉があるほどだ。

それだけに、「サザエさん」のなくなった日曜6時半というのを想像できないという人は多いはずだ。逆にいえば、べつにその時間にあってもなくても関心がないという人が増えたとき、その番組は終わるのだろう。最近になって打ち切りの決まった、月曜8時の「水戸黄門」もおそらくそうだったのではないか。なお、ここまであげた「全員集合」も「水戸黄門」も、そして「サザエさん」も1969年に放送が始まっている。いずれも長寿番組となったが、そのなかでも「サザエさん」がいまだに終わっていないどころか、週間視聴率ベストテンに入り続けるほど人気を保っているのは驚異というしかない。

『アニメ「サザエさん」公式大図鑑 サザエでございま〜す!』は、放映開始43年目にして初となるテレビアニメ版「サザエさん」の公式本だ。サザエさんをはじめ各キャラクターの紹介をはじめ、家の間取りといった詳細設定や思い出に残るエピソードなど、アニメ「サザエさん」に関するあらゆることがオールカラーで解説されている。なかには「サザエさん(秘)裏話」として意外な事実があれこれ明かされているページもあって面白い。たとえば、磯野家がいちど家を改装したことがあるなんて、あなたは知ってましたか? サザエ……いや、加藤みどりが思わず「なんということでしょう!」と驚嘆しそうなこのエピソードは、1997年にフジテレビが新宿・河田町からお台場に移転したのに合わせて放映されたもの。

また、オープニングで流れるサザエさんの旅は、もともとエンディングでサザエさんが京都を訪れたのが好評を博したのをきっかけに恒例化したのだとか。年代が明記されていないのが惜しいのだが、おそらく旧国鉄の「ディスカバー・ジャパン」キャンペーンを呼び水として、若い女性たちのあいだで国内旅行ブームが巻き起こっていた1970年代前半のことだろう。ちなみにオープニングの終わりに登場する、果物のなかからサザエさんたちが登場するおなじみのアニメも、当初はサザエさんが訪れた土地の特産物が使われていたという。本書には、シイタケや菜っ葉からサザエさんたちが登場するカットが掲載されていてなかなかシュールだ。

さて、「サザエさん」のオープニングでサザエさんの旅が始まるとともに、エンディングでは原作の4コママンガが流されることになった。このエンディング以外にも、アニメ版「サザエさん」には原作のエッセンスがふんだんに生かされている。『サザエでございま〜す!』の「タマが行く! アニメ『サザエさん』制作現場大潜入!」のページによれば、アニメ1話につき最低でも1本の4コマを使うようにしているという。アニメ「サザエさん」を制作する「エイケン」には、原作がキャラクターや歳時などのテーマごとにファイルに分けて保管されており、文芸担当者はそれを見ながらテーマを考え、使う4コマを数本選んだうえ脚本家にシナリオを依頼する。使用した4コマはその後2年以上は使わないという徹底ぶりだ。

『サザエでございま〜す』ではこのほかにも、原作の4コママンガがどうアニメ化されたか具体的な例もあげられるなど、アニメが原作をいかに尊重しているかが随所でうかがえる。「サザエさん」の原作とアニメはあくまで別物ととらえていたぼくには、これはちょっと意外だった。

もちろん原作とアニメとでは違いもある。もっとも大きな違いは、原作は新聞連載という性格上、そのときどきの世相風俗を取り入れ、サザエさん一家のファッションやライフスタイルにも時代を追うごとに変化が見られたことだろう。それがテレビアニメではあらゆることがことこまかに設定され、基本的なところではここ数十年間ほとんど変化が見られない。おかげで、サザエさんは永遠の24歳(いまやAKB48の篠田麻里子より年下!)だし、磯野家の茶の間にはいつまでもブラウン管テレビが鎮座していたりする。炊飯器や冷蔵庫などの家電はその時代ごとに最先端のものに移り変わっていたというのだが、それもいまやぴたりと止まってしまったように思われる。

以前、『クレヨンしんちゃん大全』という本をとりあげたとき、本来ホームドラマであるはずの「クレヨンしんちゃん」が、劇場版ではSFにも時代劇にもどんな設定にも対応してしまうその理由を、しんちゃんというキャラクターの力にあると考えてみた。これに対して「サザエさん」では細かい設定が存在するがゆえに、「クレヨンしんちゃん」のようなことはちょっと考えられない。しかしだからといってサザエさんというキャラクターに力がないとはいえないだろう。むしろ「サザエさん」は設定ががっちりと決められているからこそ、キャラクターが生き生きと動きまわることができるのだと思う。

アニメのスタッフたちはおそらく、四コママンガだった「サザエさん」の世界観に奥行きを与えるべく試行錯誤を続けてきたに違いない。放映開始時はスラップスティック色の強かった「サザエさん」だが、ある時期を境にほのぼのとしたホームドラマへと転じた。こうなったのも、原作の古典的ともいえるユーモアは、2世帯同居の大家族という前時代的な設定を守ってこそ生きると、スタッフたちが気づいたからではないだろうか。

「サザエさん」をマンネリだと批判するのはたやすい。しかし単なるマンネリではすぐに飽きられていたはずだ。いちど使った原作は最低2年は使わないという決まりは、マンネリにならないようするための工夫ともいえる。そういえば去年の年末(それも「M-1グランプリ」の裏で)、「サザエさん うちあけ話」と題して、長谷川町子が「サザエさん」の着想を得て連載を開始し、ヒット作となるまでの軌跡が30分まるまる放送されたのには驚いた(このエピソードの原作は長谷川の同名の自伝)。視聴者を飽きさせないためにも、こういうサプライズはときどきあってもいいかもしれない。

アニメ「サザエさん」でいまひとつ特筆すべきは、いまだにデジタル技術を用いず、アナログな手法でつくられていることだ。作画に用いられるのはもちろん、コンピューターではなくセル。このセルに描いた絵を背景の絵とあわせて、1964年(エイケンの前身であるTCJ時代!)から使われている「アニメスタンド」という機械で1コマずつ撮影していく。「サザエさん」の1話は6分55秒、セル画では約1万コマになるといい、それを丸2日かけて撮るのだという。効果音も、映画『アトムの足音が聞こえる』で紹介されていたように、いまだにオープンリールのテープを切り貼りしてつくられている。このほか、シナリオを雪室俊一や辻真先といったテレビアニメ草創期から活躍する脚本家が担当し、声優も加藤みどりをはじめ永井一郎、麻生美代子などいうまでもなくベテラン陣が放映開始以来務めている。こうして見ると、もはや「サザエさん」は伝統工芸・芸能の域に達しているといえないだろうか。

おそらく、「サザエさん」が終わったとき、日本のテレビアニメの世界においてアナログな手法は途絶えてしまうのだろう。それを防ぐためにもいっそのこと、「サザエさん」のスタッフおよびキャスト陣を国で重要無形文化財、いわゆる人間国宝に認定してはどうだろう。オープニングでは当然ながら毎回「重要無形文化財認定」というテロップが出るのだ。こんなおおげさなことも、「サザエさん」だったら許されると思う。
(近藤正高)