6回ウラの打席へ向かう野口

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捕手というポジションの重要性がクローズアップされるようになって久しい。90年代、野村克也監督のもとでヤクルトの躍進と古田敦也の台頭があって以来、その果たすべき役割の重さについて盛んに議論されるようになった。

捕手の特質をあげればきりがない。しかし、プレーする選手の立場からみて常に直面するのは、最も潰しがきかないポジションだということだろう。
内野手や外野手であれば、例えば三塁手の他に一塁手、中堅手の他に右翼手、などいくつかの守備位置を並行してこなす選手が多く、他の選手と守備位置が競合した場合、比較的容易に鞍替えすることが出来る。

しかし、捕手というポジションは高い専門性が求められるが故、試合に出場するためには、たった1つの出場枠をチームメイトたちと争うことになるのが定めだ。
もちろん、かつての田淵幸一(西武)や、現在の阿部慎之助(巨人)のような打力に秀でた選手であれば一塁手や外野手として併用される場合もある。また、昭和50年代の近鉄で梨田昌孝と有田修三の「ダブル正捕手システム」が機能した例もあるのだが、それらは余程高いレベルで実力が拮抗した場合の例外的なケースといってよいだろう。

改めてこんなことを考えたのは、5月5日に横須賀スタジアムの二軍戦でプレーする野口寿浩(横浜)を観たからだ。彼ほどここで挙げた捕手の特質というものに直面し続けてきた選手はいないかもしれない。

野村克也氏が監督時代に指導し、正捕手として起用したのが古田や矢野輝弘(阪神)であり、二人は平成を代表する名捕手としてチーム優勝の原動力となった。そして野口は、ヤクルト・阪神所属時代、それぞれ両捕手の後塵を拝する形で、ひたすら二番手捕手に甘んじつづける宿命を背負ったのである。

彼が頭角を現したのはヤクルト入団5年目の94年シーズンから。この年野口は、故障で長期戦線離脱を余儀なくされた古田の代役として出場機会を得る。打力、肩、リード、どれをとっても他球団に移れば即レギュラークラスと評されたが、大捕手古田という壁は厚く、翌年以降はベンチを暖める日々が続いた。その後98年、城石憲之とのトレードで日本ハムへ移籍し、正捕手として毎試合起用されるようになると彼の能力が開花する。2000年には自己最多の134試合に出場し、打率.298。"恐怖の8番打者"と呼ばれ、強気のリードとあわせて、その実力を証明することとなった。

去る5月5日の横須賀スタジアム。6回に左翼芝生席へ飛び込む本塁打を放ち、さらに3回と延長10回には巨人・田中、藤村の盗塁を阻止した野口の活躍ぶりは、さながら当時の姿を思わせた。

2002年オフ、今度は坪井智哉とのトレードで阪神へ移籍する。これはこの年阪神の監督に就任した星野仙一氏の強い希望によるもので、同年阪神が金本知憲、伊良部秀輝、下柳剛らを獲得する大型補強の中、星野氏は「矢野と同等の実力をもつ野口こそ最高の補強」と評し、キャンプのミーティングでは、野口が「矢野を押しのけてレギュラーを獲る」と宣言したことを喜んだ。野口自身はこの時、再び二番手捕手になりさがるつもりはなかったはずだ。
しかし、実際に正捕手として起用され続けたのは矢野。以降毎年のようにトレード要因として名前があがる中で、矢野が故障した際、あるいは北京五輪でチームを離れた時期などには、代役として期待以上の務めを果たしてきた。

数多のスタープレーヤーが存在した影で、守備位置が競合したチームメイトの中には、出場機会に恵まれず実力をもちながら埋没していった選手も多い。彼らの人生を、勝負運やめぐり合わせのひと言で結論づけてしまうのは、あまりに惜しい気がする。
果たして野口は不運な男だったのだろうか。2008年オフ、出場機会を求めてFA移籍を果たした横浜で、最後のチャンスをつかもうとしている彼の敵は、39歳という年齢からくる衰えである。

横須賀スタジアムの試合は同点の延長10回ウラ。22歳の高森勇気が犠打でつくった一死二塁の好機で、打席に野口を迎える。カウント2-2から巨人・土本の直球を打ち返した打球はライナーでレフト線を破り、それはチームの連敗を止めるサヨナラヒットになった。

おそらく最後となる所属球団でひたすらに闘志を燃やす39歳の姿を、横須賀ではなく横浜スタジアムでみられる日は近い。

(写真:6回ウラの打席へ向かう野口。この後左翼席へソロ本塁打を放つ)

2010年5月5日(祝)
湘南 5x−4 巨人
勝利投手 杉本 (2勝)
敗戦投手 土本 (1敗)
本塁打 湘南  6回 野口1号ソロ

※毎週月曜日更新

■筆者紹介
松元たけし
野球は観るのもプレイするのも大好き。そしてビールが生きがいの20代後半。
好きな球団はV9巨人と広岡監督時代の西武、そして野村監督時代のヤクルト。
最近平日昼間の飲酒に抵抗を感じなくなってきた。

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