日本の政府債務比率が急改善したのは、実は「家計の負担のお陰」だった【データを分析して判明】
「責任ある積極財政」とは
「日本の政府債務は90年代以降の積年の赤字の結果、対GDP比率で200%(2倍)を越え、主要先進国中で最悪だ。債務から債権を差し引いた純債務の同比率もイタリアより悪い」-こうした言説をほとんどの国民が耳にしてきた。その結果、高市内閣の「責任ある積極財政」も、さらに政府債務を増やす危険な政策と感じる人は、エコノミストを含め少なくない。
その一方で、「財政赤字も、政府債務もインフレ率が高進しない限り問題ない」と言う正統派の財政学の視点では異端視されるMMT(Modern Monetary Theory)に強く影響された主張も散見される。筆者には前者は悲観論への傾斜が過ぎ、後者は政府債務問題に無防備過ぎて、双方支持できない。
この点については今回の高市内閣の内閣改造で留任が決定した片山さつき財務相の9月18日の閣議後の記者会見が動画で公開されている。その中で片山財務相が強調しているポイントが、筆者には一番腑に落ちるのでそれをまず引用してみよう。
「責任ある積極財政、この下に強い経済を構築することと財政の持続可能性をしっかりと確保するという両立、これがタカイチノミクスであって、どちらも欠けてはならないということでございまして……(中略)……政府債務残高の対GDP比を安定的に引き下げることが財政運営の要(かなめ)、中核であって、その上で可能となるような財政規模に精査して、決定するんだ、そして通年の国債発行額も、それはマーケットとの対話を通じて可能な額になるんだと、それを具体化して行く、こういう方針について、粘り強く、ご理解を頂けるように、説明を常にして行くということにあると思います。」
高市内閣には「責任ある積極財政」の「責任ある」の部分が揺らぎかねない言動が散見される閣僚も御一人いるのだが、筆者は片山さつき財務大臣の唱える通りに進むことを期待している。
政府債務比率は劇的に改善している
そもそも一般に日本の政府債務残高が対名目GDP比率(以下「政府債務比率」)で2020年をピークに急速に低下していることを知らない方が多いようだ。図表1を見て頂きたい。これは日銀資金循環統計(以下「日銀データ」)によるもので、政府(中央政府と地方自治体)部門のグロス債務残高と純債務残高(債務から債権を差し引いた額)、並びにそれぞれの対GDP比率の推移を示した。なお、債務は残高も比率もマイナス値で表示してある。
債務の対GDP比率は2020年6月末がピークであり、その時のグロス債務は218.8%、純債務は167.8%だ。ところが直近の2026年6月末はグロス債務比率170.6%(48.2%ポイント減)、純債務比率114.3%(53.5%ポイント減)まで低下、つまり改善している。6年間に生じた変化としては「劇的な改善」と言っても良いだろう。
日本政府は主要先進国の政府の中でもバランス・シート上、金融資産の保有比率が高い特徴があり、その残高は26年6月末で387兆円もある。その残高は、外貨準備(176兆円)、政府関連機関等への株式(91兆円)や貸付金(28兆円)等で構成されている。
また、これとは別に日本政府には「社会保障基金」の純運用残高が26年6月末で449兆円あり、これは過去5年間に161兆円増えている。その大半を占めるのは公的年金の積立金の運用であり、帳簿上は純資産となっている。しかし、これは政府の将来の年金給付債務を見合いにしたものであり、純資産とは言えないので、ここでは別にしてある。
前掲の片山財務相の発言でも強調されている「政府債務残高の対GDP比を安定的に引き下げる」という高市内閣の方針は、政府債務のグロス残高を対象にしているのか、金融資産を差し引いた純債務なのか。昨年10月の高市内閣発足直後の片山財務相の発言では「政府純債務」が言及されたことがあるが、それ以降は「政府債務」とだけ言及されているので、グロス債務を主眼にしているのだろう。
内閣府の政府債務比率の将来シミュレーション
ちなみに内閣府は今年7月30日付で「中長期の経済財政に関する試算」(以下「試算」)を経済財政諮問会議への提出資料として作成、開示している。この「試算」では「国・地方の公債等残高対GDP比」の2013年以降の現在までの推移と、将来、2040年までの3通りのシナリオに基づくシミュレーション結果が示されている。
この「試算」はある程度の積極財政方針で経済成長を促進しながら、同時に政府債務比率を緩やかに漸減させることが、そのバランスを取る難しさはあるものの、決して絵空事ではなく可能であることを内閣府のエコノミストらが示したものだ。ご関心のある方はぜひ一読して頂きたいと思う。
この「試算」によると、グロスの政府債務比率は2022年度に202.8%となった後、25年度は188.4%まで低下しており、債務比率の大局的な変化は日銀データが示す図表1と同じだ。ただし次の2点で日銀データと異なる。
第1に「試算」における国・地方の債務としての公債等残高は、一般的な政策的経費から発生した長期債務を集計したものであり、財政投融資特別会計国債や外為市場での政府によるドル買い・円売り時に円資金調達のために発行される介入政府短期証券等は含まれてない。一方、日銀データは全ての政府債務・債権を対象にしている。
第2に、日銀データは債権・債務とも時価評価に基づいている。政府が発行した中長期国債は市場金利が近年のように上昇すると時価評価の債券価格が下がり、額目で計算したよりも、債務価値が減少する。
筆者の視点では日銀データの方が、包括的で一貫性が高く、誰でも手軽に日銀のサイトからダウンロードできるので、本論ではこれに基づいて議論を進めよう。
政府債務比率が改善した要因
2020年以降、大きな増税はなかった。2020年度の新型コロナ対策で特別に行われた歳出の停止を除けば、大きな歳出削減もなかった。それなのに、なぜ対GDP比で大きく政府債務比率が低下しているのだろうか。そこで年度ベースで、対GDP比率の前年度の変化を3要因に分けて示したのが図表2である。政府債務の対GDP比率の変動要因を、1)資金収支要因、2)GDP変動要因、3)債務価格変動要因に分けてある。
順番に説明すると、1)資金収支要因は政府の受取りと支払の資金収支だ。これは新型コロナ対策で財政支出の急増した2020年度の政府債務比率を10.1%、実額マイナス56兆円押し上げたが、25年度には同2.5%、マイナス16.5兆円に縮小している。これは国債の利息支払いも含んでいる。資金収支の赤字の縮小には、名目GDPの増加による家計部門と企業部門の名目所得の増加による税収増が貢献している。
2)は名目GDPの変動要因であり、政府債務比率を計算する分母である名目GDPが大きくなることで政府債務比率は低下する、つまり許容可能な債務は増加し得る。近年のインフレ率の底上げにより、足下の名目GDP成長率は前年同期比4%台で伸びている。その効果は2021~25年度の累計で政府債務比率を44.2%も押し下げている(改善している)。ちなみに「名目GDP変化=実質GDPの変化+インフレ率の変化」なので、これさらに実質GDPの変化とインフレ率の2要因に分けて考えることもできる。
3)債務価格変動要因については、国債は債券として流通市場での利回りが上昇すれば、債券価格は下がる。近年の国債利回りの上昇、価格低下は、時価評価すると債務価値の減少となるので、この効果はやはり2021~25年度累計で22.9%、政府債務比率を押し下げている。債権債務が時価評価されているのは日銀データの特徴であり、財務省の開示するデータは一般に額面ベースであることに留意願いたい。
政府債務比率改善の「負担」を誰が負っているのか
さてGDP比率で過去5年間のこれだけの目立った政府債務比率の低下は、民間サイドの大きなコスト負担なしには起こり得ない。そのコストを誰がどう負担しているのだろうか。この負担はストックとしての金融資産と、フローとしての所得面の双方で生じている。この点について経済の全部門にわたって分析するのは大作業となるので、家計部門の負担について限定して概説しよう。
まず金融資産面を見ると過去5年度の政府の支払い実効金利は平均約0.7%である一方、名目GDPベースのインフレ率は年平均+2.7%だ(2021/1Q~26/1Q)。政府債務比率を計算する分母の名目GDPはインフレ率の分だけ押し上げられる。
日本政府はプライマリー・バランス(政策的経費の支出と税収等が均衡している状態)も2020年度の対GDP比率マイナス9.1%から改善し、25年度は対GDP比で0%の近傍、26年度はマイナス0.2%程度と見込まれている。
プライマリー・バランスが均衡している場合、政府債務は支払い利子分だけ増える。ここで「支払利子率<インフレ率」の場合は、その分だけ政府債務率が低下する。つまり政府はインフレ率(2.7%)調整後の実質マイナス2.0%の金利(=0.7-2.7)で資金を調達できた結果、政府債務比率は低下したわけだ。
その見合いに、国債を保有している民間と日銀には、受取り利息では埋め合わせるできない保有国債の実質価値、つまり購買力の減少というコスト負担が生じたことになる。そのコスト規模を知るために大雑把に計算すると、過去5年度の政府債務残高は平均1397兆円なので年間27.9兆円分(=1397×2.0%)、5年間の累積は140兆円ものコストだ。
もっとも日本の家計の国債保有残高は25年度末でわずか20兆円に過ぎないので、家計が直接このコストを負担しているわけではない。1000兆円の規模がある家計の預金は、図表3に示した通り「家計→民間銀行→日銀」という債権・債務の連鎖を通じて国債の購入に充てられている。
図表3
家計の負担したコストを大雑把に計算すると、家計の預貯金総額は過去5年度平均1008兆円である。現金はそもそも利息ゼロなのでここでは外してある。過去5年度のインフレ率は消費者物価(総合)ベースでは平均年率2.4%であり、この間の平均預金金利を0.4%とすると、年間20.1兆円(=1008×2.0%)、5年累計で100.4兆円もの預貯金の実質価値(購買力)の減少が発生していることになる。
ここで「インフレ・タックス(インフレ税)」という言葉を想起する読者もいるだろう。経済学で言うインフレ・タックスは、狭義には金利の付かないマネーの保有者がインフレ率の分だけマネーの購買力を失い、その分は税のような政府への所得移転が生じたと考えられることを言う。
しかしながら、過去の日銀の国債大規模購入によって生じた「国債利回り<インフレ率」による民間のコストは、「インフレ・タックスに準じたもの」と考えて良いだろうと筆者は思う。
政府債務比率急改善は家計の大きな負担のおかげ
仮に政府が財政健全化を目的に「政府債務比率を低下させるために5年間で100兆円規模の金融資産を対象にした増税を行う」と宣言したら、どんな政権でも選挙で大敗するに違いない。ところが「国債利回り<インフレ率」の結果、同規模の負担が実質で民間に生じ、政府債務率を引き下げているのだ。これはある意味で驚くべきことだ。経済学で言う「貨幣錯覚」の一種だ。
次に家計の所得(フロー)面で生じている負担を考えてみよう。内閣府の統計データ「家計可処分所得」で過去5年度の変化を見ると、2025年度の家計所得は395.5兆円で2021年度から14.3%、49.4兆円増加している。しかし経常的な税負担(除く消費税)は21.9%、7.1兆円の増加で、家計所得の増加率より高い。
税負担の増加率の方が高くなるのは、第1に所得税の各種控除や累進税率の構成が名目所得を対象に設定されているからであり、第2にインフレ率の底上げで株価や不動産など資産価格が上昇し、その譲渡益税が増加するからだ。
さらに家計が政府から受ける年金等の給付と負担を調整した25年度の名目可処分所得は341.8兆円で21年度比9.9%、30.8兆円増えている。ところが、この間のインフレ率(消費者物価指数)を調整した実質可処分所得は2.5%、7.8兆円減少している。
粗い描写だが、以上が過去5年間に日本の家計サイドに生じた実質コストの概況だ。この仕組みを知らない人も多いだろうが、そういう人でも物価上昇には強い不満を感じるので、政治的には無視できない声となって、「物価対策」が今年の衆院選の争点になったわけだ。
緊縮財政では景気の後退が
以上を踏まえて、筆者のメッセージは次の4点だ。
第1に、名目ベースでの政府の大幅な歳出削減や増税を掲げた政党は選挙で負けて政権が取れない社会である以上、比較的穏やかな「インフレ・タックスに準じた」プロセスは、政府債務比率を抑制・あるいは逓減させ、その持続可能性を担保する唯一の「現実解」ではなかろうか。
第2は、今の日本の政府債務比率は過去5年度の比較的急速な低下を遂げ、その代償に大きな実質コスト負担を家計に課して来た。この上、保守的な財政学者が唱えるようなプライマリー・バランスの黒字化を急ぐような緊縮財政に転じれば、景気の後退をもたらし、経済成長率の押し上げどころか、現状の成長率を維持することすら困難になるだろう。
第3に、家計にとって負(コスト)の側面を語ったが、この5年間に日本の家計の保有する金融資産は、グロス金融資産で520兆円も増加し、2519兆円となった(2021年6月~26年6月)。債務を差し引いた純金融資産でも468兆円の増加だ。この増加のかなりの部分が「株式+投資信託」の増加384兆円による。これは日本経済のデフレ脱却、インフレ率の底上げなしには実現しなかったことを強調しておこう。
要するに家計全体では、コストを上回る資産価値の増加を享受しているわけだが、その益は株式や不動産等の資産を保有する比較的富裕な層に傾斜し、所得の中下位層ではインフレのコストが勝っている可能性は否定できない。内閣が現在検討・準備している「所得連動型給付」は、そうした不均衡に対する対策として欠かせないだろう。
第4に、政府の「支払利子率<インフレ率」という構図は、今進行している金融政策の正常化に伴う国債利回りの上昇で今後は縮小し、最終的には消えると考えられる。ただし発行された国債の償還平均年数は10年弱であり、10年かけて国債は金利上昇後の利回りに置き換わって行く。内閣府の前掲「試算」も2040年までに政府の払う実効金利は3.6~3.9%に次第に上昇することを想定している(成長戦略実現ケース1)と2))。
従って、プライマリー・バランスがゼロ近傍から若干のマイナスでも、政府債務比率が安定的に低下する順風はあと数年以内に終わるだろう。その間に日本経済の設備投資を再活性化し、経済成長率の底上げを実現できるかどうかが、現内閣の基本課題だ。
仮に来年に「AIバブル崩壊」というような状況になると、現内閣は歳入の減少で財政的に苦しい局面を迎えることになる。バブル現象の転換点の予測はほとんど不可能なのでわからないが、あと3年程度は今のブームが持続することを期待している。
【あわせて読む】片山財務大臣は知っている…!インフレの今、「減税」と「財政再建」が両立する本当のワケ
