2024年8月末にフジテレビを退社した元アナウンサーの渡邊渚さん(Instagramより)

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 2024年8月末にフジテレビを退社した元アナウンサーの渡邊渚さん(29)。2020年の入社後、多くの人気番組を担当したが、2023年7月に体調不良を理由に休業を発表。退社後に、SNSでPTSD(心的外傷後ストレス障害)であったことを公表した。約1年の闘病期間を経て、再び前に踏み出し、NEWSポストセブンのエッセイ連載『ひたむきに咲く』も好評だ。そんな渡邊さんが、「世界を旅することで得られること」について綴ります。

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 前回のエッセイで、「PTSDになったことで、何の疑いもなく未来を楽しみにする感覚を失った」と書いた。同世代が仕事や子育てで忙しくしているのに、今も私は心の乱高下によって寝込んだり涙が止まらなくなったりして、普通の生活ができない日もある。自分の未来に対してポジティブな想像が全くできないし、もういつ人生が終わってもいいと思っている。

 ただ、"3か月後に◯◯へ旅行する"と決まれば、その瞬間から3か月後までは生き生きしていられる。航空券をお得に買う。ホテルを手配する。マップに行きたい場所を保存する。その土地の歴史を調べる。建物、宗教を勉強する。

 旅行の予定を立てている時は、未来を楽しみに過ごすことができる。その日がやってくるまで、頑張って生きるという目標になる。だから、旅をすることは単なる趣味ではなく、生きがいだ。

 学生時代から、旅行は大好きだった。授業や教科書で出てきた歴史的建造物を肉眼で見て、知らない言語や知らない信仰、知らない食べ物を経験することで、知見が大幅に増えた。知らない土地へ行くことで、自分の中にある世界が一気に広がっていく感覚が好きだった。旅は、世界を知るための手段だった。

 しかし、今の私の"旅が好き"は、学生時代の"旅が好き"と少し意味が違う。今は、世界を知るためだけでなく、自分のいる世界から離れるための手段として好きなのだ。知らない国へ行けば、私はただの観光客。誰も私のことを知らない。それがとても心地いいのだ。

 見たことのない景色や、聞いたことのない言葉、食べたことのない料理。次々と入ってくる新しい刺激と、旅特有の高揚感の中にいると、頭の大部分を占めていたトラウマが一時的にどこかへ行って、ようやく心と身体の力を抜くことができる。旅に出る数日間だけ、苦しみから解放される。私にとって、旅先はすべて極楽浄土になる。

 何百年、何千年という歴史を持つ場所に立っていると、自分がとても小さな存在だと感じる。私が生まれるはるか昔から人々はここで暮らし、争ったり、泣いたり、死んだりしてきた。そして私がいなくなったあとも、同じように誰かがここを歩く。人類という途方もなく大きな流れの中で考えれば、私の人生はほんの一瞬だ。

"私は、ちっぽけな存在"--普通なら寂しく感じそうなことだが、私はこの感覚にホッとする。自分の人生を、そんなに重大なものとして背負わなくてもいいような気がするからだ。

 自分の人生だけを見つめ続けていると、目の前の苦しみが世界のすべてになってしまう。しかし、飛行機に乗って何千キロも離れれば、私が苦しんでいることとはまったく関係なく、世界は動いている。私の苦しみさえも、ちっぽけに思えてくる。

知らない土地に身を委ねていると息がしやすい

「海外に一人で行くなんて危ない」とよく言われる。確かに、海外には日本とは違う危険があるし、知らない土地だからこそ注意しなければならないこともたくさんある。しかし、私にとっては、少し皮肉な言葉でもある。路上で突然突き飛ばされたり、殺害予告が届いたりする日本での日常のほうが、私には怖くて危険に感じることがあるからだ。

「日本にいれば安全で、海外に行けば危険」という単純な線引きは、私にはない。むしろ知らない土地に身を委ねているときの方が、息がしやすいことさえある。だから、私は今も度々、旅へ出かけるのだ。

 ここまで書いた文章を客観的に読み直すと、旅で現実やトラウマから逃避をしているように思える。確かにそうなのだが、旅の効果はそれだけではない。旅行へ行くと、自然と「◯◯したい」が生まれてくる。

 この遺跡はどうしてこんな形をしているのだろう、この紋章にはどんな意味があるのだろう、と、"知りたい"が溢れてくる。名物料理を食べたい。ここで暮らす人の生活を見たい。異国の電車に乗りたい。ここにしかいない動物に会いたい。旅先では、朝起きた瞬間からやりたいことに溢れている。

 日本にいる時の私は廃人のようで、何にも興味を持てない日もある。やるべきことと調子の悪さの狭間で葛藤しては、できなかったことに目がいって落ち込むことばかりだ。不安定な心には、やりたいことを探す余裕も気力もなかった。

だから、旅に出て、やりたいことが溢れ出てくると、自分に好奇心がまだ残っていたことに驚き、嬉しくもなる。小さな「◯◯したい」をひとつずつ叶えていくうちに、自分の人生を自分で動かしている感覚が少しずつ戻ってくる。

 そして、私はまだ、自分で自分をどこかへ連れていけると思える。旅は、失っていた好奇心だけでなく、自分の人生の舵を自分で握る感覚も、少しだけ取り戻させてくれる。

旅によって自分を未来に繋ぎ止めている

 自分を知っている人たち、自分について語る人たち、自分に起きた出来事。そういうものに囲まれていると、いつの間にかそれが世界のすべてであるような錯覚に陥る。しかし飛行機で十時間も移動すれば、私のことを誰も知らない街がある。

 そこで暮らす人たちにはそれぞれの生活があり、それぞれの悩みがあり、それぞれの今日がある。私の知らない世界が無数に存在していることで、「私はここだけで生きなくてもいい」と思えるし、自分自身やトラウマもちっぽけに思える。

 帰国して、またトラウマに苛まれる日々に戻る。だが、行く前と帰ってきた後の自分には、差分がある。知見が増えただけでなく、失っていた好奇心や自信を少しだけ取り戻した。

 悪く言えば、旅=現実&トラウマ逃避だが、私は必ず戻ってくる。逃げっぱなしにはしない。ちゃんと戻って、自分の苦しみや弱さと向き合い、それでも生き続けている。旅は現実から逃げる手段であると同時に、現実に戻ってくる手段にもなっているのだ。

 私には明るい未来を思い描くことはできないけれど、それでも数か月後に旅が待っていると思えば、現実を生き続けられる。次の旅まで頑張って生きていこうと思える。私はそうやって、自分を未来に繋ぎ止めている。

【プロフィール】
渡邊渚(わたなべ・なぎさ)/1997年生まれ、新潟県出身。2020年に慶大卒業後、フジテレビ入社。『めざましテレビ』『もしもツアーズ』など人気番組を担当するも、2023年に体調不良で休業。2024年8月末で同局を退社した。今後はフリーで活動していく。2025年1月29日に初のフォトエッセイ『透明を満たす』を発売。同年6月には写真集『水平線』(集英社刊)も発売。渡邊渚アナの連載エッセイ「ひたむきに咲く」は「NEWSポストセブン」より好評配信中。