東北名物「ホヤ」の仲間から「血液の起源」を解明…2人の血液内科医が挑む「造血」の謎
ヒトの血は赤色、イカやタコの血は青色、昆虫の血は無色透明や淡い黄色と、色こそさまざまだが、動物の体内には「血液」が巡っている。では、この血液を流れる細胞は、いったいいつから存在するのか。
京都大学の河本宏教授と長畑洋佑博士らの研究チームは、7億年にわたる血液細胞の「家系図」を復元し、2026年5月、米科学誌PNASに発表した。両氏に、血液細胞の進化の物語を最新の知見とともに解説してもらった。
血液内科医が血液の進化を研究する
はじめに自己紹介をすると、私たちは二人とも血液学者であり免疫学者です。河本が師匠で長畑が弟子という師弟関係にあります。
二人とも血液内科医として、病院で白血病やリンパ腫の患者さんの診療に従事したあと、血液の病気や血液そのものについてより深く勉強するために、大学院に進学しました。一般的には、大学を卒業して学士号を取得したのち、一部の学生が直接大学院に進学して修士号を取得し、さらに一部の学生がそのまま博士号を取得するということが多いと思いますが、医師・医学部の世界は少し違います。
6年間の医学部の課程を修了して卒業し、国家試験を経て医師になり、病院で臨床医として数年勤務した後、大学院の博士課程に進学するという進路が多いのです。もちろん、大学院に進学せずに、臨床医として研鑽を積み続ける人もたくさんいて、大学院に進まないと良い医者になれないわけではありません。
河本が大学院に進んだのが40年ほど前で、血液を流れる細胞(白血球や赤血球など)が、体の中でどのようにして造られるのか(造血といいます)を研究してきました。そこに長畑が大学院生として河本の研究室に参加し、大学院卒業後も研究を続けて現在に至ります。いまは二人とも血液細胞の進化も研究するちょっと珍しい血液・免疫学者です 。
河本は幼少期より様々な動植物への興味が人一倍あり、自分の研究に進化学の視点を加えたいと常日頃から考えていましたので、ある意味自然だったのかもしれません。長畑も中学1年生の理科の最初の授業で、教師が生物の進化を2~3時間分使って熱く語ってくれたのが効いたのか、進化に興味を持ち続けていました。
血液は体を守るライフライン
私たちが血液について研究するようになった経緯を説明する前に、血液とはどういうものかを簡単におさらいしておきます。血液は液体(血漿)と細胞でできていて、液体成分である血漿には、糖や脂質、タンパク質などの栄養やグロブリンという免疫を担う特殊なタンパク質が含まれています。
血液を流れる 細胞は白血球、赤血球、血小板に分けられます。白血球が細菌などの病原体を攻撃し、赤血球が酸素を運び、血小板が止血(怪我をしたときに血を止めること)をします(図1)。
血液は、動物が体の機能を維持し、外敵から身を守るために発達させたライフライン(電気・ガス・水道)であり、警察・兵隊(もちろん専守防衛)でもあるわけです。血液細胞の数としては、赤血球が圧倒的に多くて、これが血液が赤く見える理由です(血漿は黄色いのです)。
私たちが研究していた「造血」というのは、これらの血液細胞(白血球、赤血球、血小板)の造られ方のことです。人間や血液学・免疫学の実験でよく使われるハツカネズミの場合、母親の胎内にいる時期には肝臓で血液が造られ、生まれてからは骨髄で造られるようになります。また、白血球の一つであるT細胞は胸腺という心臓の上にある臓器で造られます(胸腺を英語でThymusというので、T細胞と名付けられました)。
本庶佑先生も坂口志文先生もT細胞に関する研究でノーベル賞を受賞されたので、T細胞という名前を聞いたことがある人も多いのではないでしょうか。
特殊な血液細胞「マクロファージ」の謎
ではなぜ、白血病やリンパ腫の患者さんを治療していた医師が、大学院で造血(血液がどのように造られるか)の研究に力を入れるのでしょうか。
実は、白血病やリンパ腫というのは、血液を造る過程で、骨髄や胸腺、リンパ節の細胞が異常に増えて、他の正常な造血を邪魔してしまうことによって起こる病気なのです。ですから、造血を研究することは、白血病やリンパ腫の正体を解き明かすのに繋がりますし、長い目で見ると治療法の開発にもつながります。
河本は何十年も前から造血を研究していましたが、最初から進化を研究しようとしていたわけではありません。白血球や赤血球、血小板を造る元になる造血幹細胞という細胞から、どういう途中経過を経て、白血球や赤血球が造られるのか(分化といいます)を調べていました。その中で、マクロファージという細胞が少し特殊な細胞であることに気づきました。
赤血球になりかけた細胞がマクロファージになったり、T細胞になりかけた細胞がマクロファージになったりすることがわかったのです。特に「T細胞になりかけた細胞がマクロファージになる」という発見はインパクトが大きく、2008年にNature誌に掲載されました。さらにそのマクロファージになる能力を失ってT細胞にしかなれなくなるステップのメカニズムも解明し、2010年にScience誌に掲載されました。
これだけでも大発見だったのですが、河本の頭の中には、同時に、他の多くの動物がマクロファージを持っていることが浮かびました。多くの動物がマクロファージを持っているということは、それらの動物の共通祖先がマクロファージを持っていた可能性が高く、つまりそれはマクロファージが進化的に古い細胞であることを示唆しているのです。
ハツカネズミの遺伝子を調べて手がかりを発見!
しかし、その可能性を実証する術がありませんでした。そこへ、長畑が参加します。長畑も最初は分化の研究をしていました。
昔も今も、生物学者は遺伝子が大好きで、自分が興味のある現象に関係がありそうな遺伝子の機能を調べることが一般的です。どうやって遺伝子の機能を調べるかというと、その遺伝子をわざと取り除いて(ノックアウトと言います)どういう変化が生じるかを検証します。
河本と長畑は、いろいろな遺伝子の発現を広範に抑制する働きを持つ遺伝子に着目しました。そして、その遺伝子をノックアウトしたハツカネズミを準備して、どのような変化が生じるかを調べました。
すると、このハツカネズミの血液がマクロファージだらけになってしまったのです。私たちは「抑制が解かれたら全血液細胞がマクロファージになったという現象は、マクロファージが血液細胞の原型・基本型である事を表しているのではないか? ひょっとしたら、マクロファージが進化的に古い細胞であることの鍵を握っているかもしれない。」と、胸を躍らせました。
このハツカネズミの血液がマクロファージだらけになった理由を探ってみると「Cebpa」という遺伝子が鍵を握っていることが分かりました。
Cebpaは転写因子の一種です。転写因子は、多くの他の遺伝子に影響を与えて、細胞の性質を決めるという、親分や司令塔のような遺伝子です。さらに、ほとんど全ての動物がこのCebpaとよく似た遺伝子(相同遺伝子、ホモログといいます)を持っていることもわかり、Cebpaを手掛かりに血液細胞の進化を本格的に研究することになりました。
ホヤは血液の起源を知るにはぴったりの生物
血液学・免疫学の研究というのは、基本的には人間やハツカネズミの細胞を使って行うのですが、進化を研究するにあたっては、別の生き物を使って研究しなければなりません。なぜなら、人間とハツカネズミを調べて同じ細胞が見つかれば、人間とハツカネズミの共通の祖先がその細胞を持っていたことがわかりますが、それはせいぜい数千万年~1億年前の祖先のことまでしかわからないからです。
もし、数億年前の祖先のことが知りたければ、ハツカネズミよりもっと人間から遠縁な生き物を調べて比べなければならないのです。そこで、私たちが選んだのが、ホヤやウニでした(図2)。
ホヤといえば、東北地方などを中心に食べられるオレンジ色のちょっと独特の風味のある食材を連想されると思いますが、あれはマボヤという種類で、私たちが研究で使ったのはカタユウレイボヤという種類です。
ホヤは、私たち人間とは似ても似つかない見た目をしていますが、幼生(赤ちゃん)の時期には脊索という背骨に似た構造を持っていて、昆虫やエビ・カニ、タコ・イカなどの動物よりは人間に近いと言えます。人間とホヤの共通の祖先は5~6億年前まで遡ることができ、血液の起源を知るにはぴったりの生物なのです。
ついに解明⁉ 血液細胞の起源
私たちが研究を行っていた京都大学には、ホヤのエキスパートで、カタユウレイボヤのゲノム(遺伝情報)を解読した佐藤ゆたか先生がおられたので、非常にスムーズに研究を進めることができました。
長畑は人間とホヤ、ウニの三者から採血したことがある、世界唯一の医者なのではないでしょうか。(ホヤやウニには赤血球がないので、血液は無色透明か薄い橙色をしていました。)
また研究を進めていく中で、カプサスポラという単細胞生物もCebpaの相同遺伝子を持っていることにも気づきました。そこで、日本国内でカプサスポラ研究の第一人者である県立広島大学の菅裕先生にも協力してもらいました。
その結果、まだ我々の祖先が単細胞生物だった頃から、Cebpaとともにマクロファージという血液細胞が引き継がれてきたと証明するに至ったのです。この研究をまとめた論文は、血液学で世界一の科学雑誌である「Blood」に掲載されました(Blood. 2022;140:2611-2625)。
この論文も自信作であったのですが、当時の研究手法の限界で解明しきれていないことも多く、もどかしさもありました。
そこで、長畑がスペイン・バルセロナの進化生物学研究所のIñaki Ruiz-Trillo先生の研究室に留学して、残されていた課題も解決し、血液細胞の進化を7億年にわたって解明するに至りました。(Ruiz-Trillo先生は菅先生と一緒にカプサスポラのゲノムを解読した方でもあります。)
上記の研究をまとめた論文が米国科学アカデミー紀要(PNAS)という総合科学雑誌に今年掲載されました(PNAS. 2026;123:e2528110123)。この研究によって、血液細胞の起源は何で、最初の血液細胞はどのような細胞で、その後どのようにして様々な種類に多様化していったのかが明らかとなりました。
いわば、血液細胞の家系図が明らかとなったわけです。
後編『動物は血液細胞とともに進化した…病原体との戦いの「7億年の歴史」を辿る』では、血液細胞の家系図がどのように復元されて、どういった発見があったのかを紹介したいと思います。
