「勝手に庭の木を切るな!」 〈年金月16万円・81歳父〉、庭が荒れに荒れて苦情殺到でも、父が実家を去らないワケ
人生100年時代、長年住み慣れた「我が家」が、老後の安心を約束してくれるとは限りません。愛着による実家の維持、加齢に伴う身体機能の変化、そして災害時の避難リスクなど、高齢期の住まいを取り巻く課題は多様化しています。今回はある親子の事例から、実家の維持について考えていきます。
放置された大木と「近所迷惑」と化した実家
都内在住の会社員である佐藤剛さん(52歳・仮名)は、地方の実家で一人で生活する父、佐藤勝さん(81歳・仮名)の元を久しぶりに訪れた際、敷地の様相に言葉を失いました。
かつてきれいに整えられていた庭は、雑草が生い茂り荒廃した状態に陥っていたのです。敷地境界付近にある複数の高木は成長を続け、枝葉が隣家の屋根や外壁に達していました。
勝さんは数年前に妻を亡くし、現在は月16万円の公的年金のみで生活を送っています。80代に入ってから膝や腰の痛みが悪化し、自力で庭の手入れを行うことが困難となっていました。
秋になると大量の落ち葉が風に乗って隣家の敷地や前面道路に落ち、夏場には害虫被害も拡大しました。隣人からは何度も改善の申し入れがありましたが、放置が続いたため、市役所や警察に相談が寄せられる事態に発展していたのです。
こうした庭木の放置や管理不全に伴うトラブルは、個人の家庭にとどまらない社会問題となっています。総務省『「ごみ屋敷」対策に関する調査 結果報告書』(令和6年8月)によると、調査対象となった事案の82.3%で周辺の生活環境に支障が生じており、具体的には火災のおそれ(56.9%)や害虫の発生(47.5%)などが挙げられています。さらに、敷地内や敷地外まで放置・堆積が進んだケースでは、50.7%~73.3%が周辺住民からの苦情や情報提供を端緒として把握されていました。
ここで法律上の観点を整理しておきます。2023年4月に施行された改正民法第233条では、隣地の樹木の枝が境界を超えて侵入している場合の規定が改定されました。原則として所有者に伐採を求めますが、催告しても相当期間内に伐採されない場合や、所有者を特定できない場合には、隣地所有者が自ら枝を切り取ることが認められるようになりました。管理不全に起因する近隣トラブルの増大に伴い、被害を受けた側の権利保護が進められているのです。
事情を聞いた警察から連絡を受けた剛さんは、事態の深刻さを認識しました。剛さんは勝さんに対し、危険な大木を伐採した上で実家を売却し、高齢者施設へ入居することを勧めました。しかし、父の反応は強い拒絶でした。
「勝手に庭の木を切るな!」
勝さんは語気を強めて息子を一喝しました。
執着の陰に潜む孤独と地域からの孤立
剛さんにとって、勝さんの激しい反発は予想外のものでした。
「あとで分かったのですが、庭の木々は私が生まれたときに母と一緒に植えたものだったんです。それならそうと、教えてくれたらよかったのに。父は『思い出まで全部切り捨てろというのか』の一点張りで……」
しかし、「自分の体の衰えを認めたくない」というプライドや、「長年暮らした家を奪われる」という恐怖心が、実家への強い執着を生み出していました。
「『迷惑をかけている』と指摘されるたび、父は地域から責め立てられているように感じて殻に閉じこもってしまったようです。近所のお付き合いも完全に途絶え、ポストには匿名の手紙が入るようになっていました」
こうした高齢者の孤立は、決して一家庭の問題ではありません。内閣府『令和8年版高齢社会白書』によると、65歳以上の単身世帯は増加の一途をたどり、令和32(2050)年には男性450万5千人、女性633万4千人に達すると推計されています。
さらに、日常のちょっとした困りごと(電球交換や庭の手入れなど)で「頼れる人はいない」と答えた高齢単身者は15.3%に上り、「近所の人とのつきあいがない」と答えた人も17.4%存在します。孤立した高齢者が誰にもSOSを出せないままトラブルを抱え込む構造が浮かび上がります。
親子だけでの話し合いに限界を感じた剛さんは、地元の「地域包括支援センター」に相談を持ちかけました。これが大きな転機となります。
後日、担当のケアマネジャーとともに実家を訪れた剛さん。専門職の第三者が介在したことで、勝さんの態度に変化が現れました。優しく語りかけるケアマネジャーに、勝さんはぽつりと本音を漏らしました。
「本当は…ご近所に迷惑をかけたくないんだ。でも、身体が動かない。私の生きてきた証まで、すべてなくなってしまうと思って……」
その後、隣近所にかかっている高い枝の剪定と害虫の駆除だけを行うことにしました。勝さんの大切な庭を守りながら、近所とも上手くやっていく方法を一緒に考えることにしたといいます。
「第三者が入って父の気持ちを受け止めてくれたことで、頑なだった心が解けたのだと思います」
高齢の親が抱える住まいのトラブルは、単なる手入れ不足ではなく、孤立感や過去への愛着が複雑に絡み合っています。感情的な対立に陥る前に公的な支援機関を頼り、親の尊厳に寄り添いながら着地点を探ることが、トラブル解決につながります。

