《ご主人は“悪性リンパ腫”です》女優・椎名法子が表舞台から姿を消した「空白の10年」に何があったのか、結婚後に夫婦を襲った闘病2500日と現在の生活
スポーツ用品「アルペン」のCMやドラマ「伝説の教師」(日本テレビ系)に出演した女優であり、秋元康やつんく♂の楽曲で歌手としても活躍した椎名法子さん(43)。新人発掘オーディションでグランプリに輝き、10代で芸能界入りした彼女は突然、2012年に元プロサッカー選手と結婚していたことを発表。その後、2016年に出演したテレビ番組を最後に表舞台から姿を消した。
【インタビュー写真】〈10年ぶりにメディア出演〉現在の椎名法子さん(43)
あれから10年──、椎名さんがNEWSポストセブンの取材に空白の10年を語った。【前後編の前編】
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──1997年に「JUNONスウィート&スウィートガールコンテスト」で1万人の中からグランプリを獲得して、およそ30年になります。
「グランプリをいただいてから30年? そうなんですね、全然意識していませんでした。この30年は早くて、あっという間でした。今回もメディアに出るのは2016年に『爆報! THE フライデー』(TBS系)に出演して以来なので、10年ぶりです」
──椎名さんは2012年に元プロサッカー選手・斉藤紀由(きよし)さん(42)との結婚を発表されました。2011年8月に長女、2017年3月に長男を出産されていますが、現在はどんな生活ですか。
「主人は私の芸能活動について、『どうぞ』というスタンスなのですが、大阪出身の私は親きょうだいが近くにいないので、家のことや子どものことをほぼ全部私が一人でやらなくてはいけない環境でした。娘が中学受験をしたこともあり、塾の送り迎えをしたり、学校訪問したりもあって、中学3年になった今も毎朝5時起きで娘のお弁当を作っています」
──旦那さんとはどういう出会いだったのですか。
「出会った当時、私はニッポン放送で『椎名法子のシャキッとビタミンCな。』というラジオ番組をやらせていただいていまして、その番組のスタッフから『六本木でご飯を食べているからおいでよ』と電話がきて、出かけて行ったらそこに主人がいました。主人はサッカー選手を引退した後、六本木でエンターテインメントバー『UNION』を経営していたんです」
──「UNION」の公式サイトを拝見すると、最大で50人入れるとあり、とても大きなバーですね。旦那さんとは、出会ってすぐに結婚を意識したのでしょうか。
「いいなあとは思わなかったけど(笑)、楽しい人、面白い人だな、と。それからは『大好き!』と毎日のように言ってくれて、優しくて、何かすれ違うこととかがあっても『ちゃんと話し合おう』と向き合ってくれました。そういう人は初めてだったので……付き合って1年ぐらいで結婚しました」
──結婚後の2013年、旦那さんが29歳の若さで血液のがんの一種である「悪性リンパ腫」を発症されました。
「主人の仕事は夜なので、毎日家族で夕食をとってから21時に仕事場へ出かけ、帰宅は朝7時、ときにはお昼過ぎになることもあるんです。バーの仕事で飲んで帰宅するからか、『気持ち悪い』といって帰宅後、吐くことはよくあったんです。
でもあるとき胃薬を飲んでも良くならなくて、ただ酔っ払ってるだけじゃないのかもしれない、と。『胃カメラが怖い』と病院へ行こうとしないので、近所に鼻からカメラを入れて胃の検査をしてくれる病院を見つけ、『すぐ行って』と主人を連れて行きました」
──違和感を抱いたんですね。
「検査を受けたら、先生(医者)に『悪性リンパ腫です。命に関わることだから、午後にまた来てください。紹介状を書きますから』と言われました。診察室を出た後、調べてみたら、"がん"だ、と……。もう驚いて、どうしよう、って。なのに、主人はいつもの仲間とサッカーしに行っちゃったんです。私はどの病院が悪性リンパ腫の治療例が多いか急いで調べて、サッカーから戻った主人を連れてまた病院へ行き、紹介状をもらいました。大きな病院で改めて検査を受けたら、診察室に入ってすぐ、先生から『がんです』と告知を受けたんです」
──胃を切除するなどの大手術をされたのでしょうか。
「いえ、主人のがんは悪性リンパ腫が胃にできたもので、胃がんとは違うので切ったりはせず、抗がん剤で治療をしました。入院中、私は2歳の娘を抱っこしながら毎日病院へ通いました。主人は『病気になってごめん』と言っていましたが、『絶対、治るから大丈夫』ってずっとポジティブで。がんと聞かされても、相変わらずサッカーのスケジュール優先で、入院日を遅くしてもらったりしていましたね」
ミスチル桜井も愛用ギター持参でお見舞い
──旦那さんの明るさは救いだったと思いますが、妻としては心配だったでしょうね。
「不安で心配でしかたがなく、悪性リンパ腫とはどんながんなのか。ネットで闘病された方の書き込みなどを検索して読んだりして……めっちゃ泣きました。幸い、主人は頭髪は抜けましたが、それ以外の抗がん剤のつらい副作用はなかったんです。それでも、髪が抜けると悲しむかなと、金髪とか長髪とかアフロヘアのかつらを渡して励ましていました。
ありがたいことに、毎日25人ぐらい、サッカー選手や芸能界の方たちが本当にたくさんお見舞いに来て励ましてくれました。『Mr.Children』の桜井和寿さんは愛用のギターを持って来てくださったんですよ」
──その後、旦那さんの体調はどうでしょうか。再発などはなく寛解されたのですか。
「再発もなく、2020年に寛解となりました。今では本当に病気だったの⁉︎と言いたくなるくらい元気です。悪性リンパ腫の原因はわからないので、食事もお酒もタバコも制限はなく、病気になる前と同じ生活に戻っています。今も、朝帰宅すると吐いています。心配ですけど、検査に行ってくれないんです。
私は若くてもがんになるんだ、と不安になって、毎年人間ドックを受けるようになりました。子どもについても、遺伝はないということなんですけど、すごく怖くなり、熱を出したら『大きな病気かもしれない』と思い、すぐ病院に連れて行っています」
──大病を乗り越えて、夫婦関係は変わりましたか。
「う~ん……ラブラブとかではないですね(笑)。結婚記念日を祝ったりもしないですけど、『どっか行こうか?』と言ってくれます。私は息子が『ママ、大好き』と言って花束を買ってくれるので十分です(笑)。わが家は、主人がいつも人を笑わそうとボケてばかりなので、私も子どもたちも『また言ってる』とシラッ……とする感じです。
でも、主人は娘や息子のお友達には大人気で、主人が授業参観などで子どもたちの学校に行くと『あ、キヨシだ!』『キヨシ~!』と子どもたちに手を振って歓迎されるんですよ(笑)」
椎名さんの"10年間の空白"は、夫の闘病と大切な家族を支えるためにひたすら向き合った10年だった。続編では椎名さんが女優を目指した理由、デビュー当初にあまり笑顔を見せなかったワケ、ママ友たちに"椎名法子"時代を隠しつづけた過去などについて語っている。
(後編につづく)
取材・文/中野裕子(ジャーナリスト) 撮影/山口比佐夫

