フランスではなぜ源泉徴収が約100年遅れたのか? 所得税をめぐるフランス独自の事情【国際税務の専門家が解説】
フランスが所得税の源泉徴収を導入したのは2019年のことです。ドイツが1920年に導入していたことを考えると、実に約100年の開きがあります。なぜフランスでは、これほど長い間、源泉徴収が採用されなかったのでしょうか。背景には、所得課税に対するフランス独自の考え方があります。源泉徴収の歴史をたどると、現在の国際的な課税制度にもつながる、所得税の「2つの系譜」が見えてきます。
所得税には「総合課税」と「分類課税」があった
20世紀初頭の所得税には、大きく分けて2つの方式がありました。米国、英国、ドイツなどが採用していた「総合所得課税方式」と、フランス、イタリアなどが採用していた「分類所得課税方式」です。
前者は所得を合算して課税するのに対し、後者は所得を種類ごとに分類し、それぞれに比例税率を適用する方式です。
1928年に作成された国際連盟のモデル租税条約では、こうした2つの課税方式を考慮し、それぞれに対応する別々の租税条約モデルが作成されています。
現在の租税条約では、事業所得などについては総合課税を基本とし、配当、利子、使用料などの投資所得については、支払地で一定の税率による源泉徴収を行う方式が採用されています。特に後者の源泉徴収方式は、分類所得課税の系譜に位置づけることができます。
英国では、源泉徴収は18世紀から
源泉徴収による徴税方式は、英国では1692年に創設された土地税(Land Tax)ですでに採用されていました。借地人などが地代を支払う際に、税額相当分を差し引いて納付する仕組みです。この方式が、後に所得税にも取り入れられたと考えられます。
所得税については、英国のヘンリー・アディントン(Henry Addington、1757~1844)が制定した1803年の所得税法で、源泉徴収方式が導入されています。
米国では、1862年に成立した所得税法において、連邦政府の公務員や軍人の給与のほか、銀行などから支払われる利子や配当について源泉徴収が行われました。
日本では、利子所得については1899年(明治32年)から、給与所得については1940年(昭和15年)から源泉徴収が採用されています。
「分類所得税」でも源泉徴収を採用しなかったフランス
現在の租税条約では、配当や利子などの投資所得について、源泉徴収方式が採用されています。これは、所得の種類ごとに課税する「分類所得課税」の考え方と親和性のある仕組みです。
ところが、フランスは伝統的に分類所得課税を採用してきたにもかかわらず、源泉徴収制度の導入には慎重でした。個人の所得を政府が把握し、給与などからあらかじめ税を差し引く仕組みは、フランスでは長く受け入れられなかったのです。
所得税よりもVAT? フランスの税制に対する考え方
現在、日本でも消費税をめぐる議論が続いていますが、そのモデルとなった付加価値税(VAT)はフランスで生まれたものです。
フランスでは個人所得への課税を好まない国民感情を背景として、間接税であるVATが導入されたともいわれています。
フランスの現在の個人所得税の最高税率は45%で、これに付加税などが加算されます。一方、フランスが源泉徴収制度を導入したのは2019年1月のことです。ドイツが1920年に同制度を導入していたことを考えると、フランスはドイツから約100年遅れて導入したことになります。
フランスで20年以上続いた源泉徴収論争
源泉徴収を行わず、確定申告によって税額を確定する方式を採用していた国は、欧州ではフランスとスイスだけでした。もっとも、スイスでは、一時的に滞在する個人については給与から税額を差し引く方式が採用されています。スイスの居住者については、確定申告によって税額を精算する仕組みです。
フランスで源泉徴収の導入が20年以上にわたる議論を経て、2019年まで遅れた背景には、源泉徴収によって納税者の手取り額が減少することで、国民の支持を失うことを政府が懸念していたことがあるといわれています。
矢内 一好
国際課税研究所
首席研究員

